第32話 心強い味方
ヒカリとクマはスノウ達と、ウィングはキュア達と合流し、南の方角にある花畑で落ち合う。
それが、ヒカリとウィングの交わした約束であった。
しかし実際に花畑へと向かったウィングは驚いた。
そこにいたのはヒカリとクマ、スノウとその従者に加え、三頭の馬と三人の人間の姿があったからである。
(もしかして敵か!?)
もしかしたら、アルシェの仲間かもしれない。
しかしそう思い戦闘体勢に入ろうとしたウィングであったが、彼はすぐにその矛を収める事となる。
「お願いです、どうか私に力をお貸しください!」
彼を止めたのは、見知らぬ男にそう懇願するスノウの声。
え、何?
何がどうなっているの?
「ヒカリ!」
「あ、ウィングさん!」
「ガウガウガウ」
到着するなりその名を呼べば、ヒカリがこちらを振り向き、クマが猫なで声を上げながら擦り寄って来る。
そんなクマの頭を撫でながら、ウィングはヒカリに状況説明を求めた。
「ヒカリ、これはどういう状況だ?」
「それを言うならウィングさんこそ、キュアさん達はどうしたんですか?」
何で一人なんだと眉を顰めるヒカリに事情を説明すれば、ヒカリは「なるほど」と頷いてから、彼女達の方の状況を説明してくれた。
「私達は何とかダークさんを撒く事に成功しました。それで、予定通りこの花畑に到着したのですが……そこに現われたのが、そちらにいらっしゃる隣国の王子殿下ことレオンライト様と、その二人の従者の方だったんです」
「え、お、王子様ぁっ!?」
「それでその王子様が、何故かスノウ姫に一目惚れしてしまって……それで彼の好意を利用して、スノウ姫が自分達に協力してもらえないかと、頼んでいるところなんです」
「いや、だからって、何で隣国の王子様に協力を申し出ているんだよ?」
「それが、どうやら隣国の王子様がキーパーソンらしいんですよ……そうですよね、カガミさん?」
スノウがレオンライトに協力を求めているその理由。
それにヒカリが同意を求めれば、スノウの従者ことカガミは、その通りだと首を縦に振った。
「ああ、そうだ。隣国の王子、レオンライト王子はスノウ姫に一目惚れをするから、彼に協力を求めれば全て上手く行くと、オレの目に映ったんだ」
「オレの目に映った? え、お前、何者なんだ?」
「オレはカガミ。真実の鏡族だ」
「真実の鏡族!? マジか!? 初めて見たわ!」
「そうだろうな。何故ならオレ達は、誇り高き希少種だからな」
初めて目にする真実の鏡族に驚くウィングに、何故かカガミが得意気に鼻を鳴らす。
と、その時であった。
助けを求めるスノウに、レオンライトが首を大きく縦に振ったのは。
「もちろんです、スノウ姫様! 私があなたのお力になりましょう!」
「本当ですか、レオンライト様! 何と感謝したらよろしいか分かりませんが、本当にありがとうございます」
「礼には及びません、姫。困っている女性をお助けするのは当然の事なのですから。おい、野郎共……じゃなかった、お前達、早速姫を我が国にお持ち帰……じゃなかった、姫様御一行を我が国で保護させよ」
「いや、待て待て待て待て」
何だか色々と不安な王子だが、その分従者がしっかりしているのだろう。
不安しかない王子の命令に、似たような顔立ちをした金の髪と銀の髪の従者のうち、金色の髪の方が異論の声を上げた。
「失礼ですが殿下、その方の言葉を鵜呑みにするのは如何なモノかと思います。確かにその方が無罪であるのならば協力するべきかと存じまするが、万が一彼女がヤミィヒール女王陛下殺害事件の犯人だったとしたら、どうされるおつもりなのですか。あなたは黙って隣国に遊び行った先で、罪人に騙され、その罪人を国で匿ったというバカ王子の名を、一生着せられるのですよ? そうなったらもう終わりです。国民には見放され、諸外国からも軽視されます」
「何を言う。こんなにも可憐で美しい姫君が犯人なわけがないだろう」
「もう終わりかもしれません」
「いや、待て、兄上。その方の言葉を鵜呑みにして良いか否かを確認する方法があるぜ」
謎の言い分を主張するレオンライトに金髪が項垂れれば、諦めるのはまだ早いと、銀髪が声を上げる。
そうして金髪を励ましてから、銀髪はレオンライトに両手を握られたままのスノウへと向き直った。
「無礼をお許し下さい、スノウ姫様。私はレオンライト殿下の専属従者、アルジャンと申します。ビーストマスターです」
「ビーストマスター?」
「はい。私はここにいる三頭の馬を始めとする動物を使役して戦う事を得意としているのですが、私はビーストマスターの中でも得に優秀でして、何となくですが動物の言葉が分かるのです」
(コイツ、自分で自分の事を優秀って言ったぞ)
(普通言いませんよね、自分では)
銀髪の従者、アルジャンの自己紹介にウィングとヒカリが小声と共に白い目を向けるが、そんな二人には構わず、アルジャンは更に言葉を続けた。
「人は嘘を吐く生き物。しかし他の動物は違います。恐れ入りますが姫、そちらのクマさんにお話しを伺ってもよろしいですか?」
「もちろんです。ですが、本当にそんな事が可能なのですか?」
「当然です。私は優秀なビーストマスターなのですから」
高らかにそう答えると、アルジャンは次いでクマへと恭しく礼をした。
「初めまして、クマさん。私はレオンライト王子殿下の専属従者、アルジャンと申します。あなたの事をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
(なあ、コイツ、人語でクマと話してるぞ。大丈夫なのか?)
(怪しいですね。もしかして最初から私達に協力する気などないのでは?)
「ガウ、ガウガウガウ。ガウガウガ」
疑いの眼差しを向けるウィングとヒカリには構わず、アルジャンはクマとの会話を始める。
そしてクマの声に耳を傾けながら、ふんふん、と首を縦に振った。
「なるほど、なるほど……「私はクマ美。ウィングさんが大好きだから、彼らに協力をしているの」ふむふむ、では、あなたは女性なんですね」
「ガウ。ガウガウガウ、ガウガウガウガウガウ」
「ふんふん……「ええ、そうよ。でもアルジャン、悪いけどあなたは私のタイプじゃないわ」」
そう通訳するや否や、アルジャンは金髪の背後に移動し、その場で蹲りながら激しく落ち込んでしまった。
(アイツ、自分で言って、自分で落ち込んでるぞ)
(どうやら、動物の言葉が分かると言うのは本当らしいですね)
どうやらアルジャンは、クマ……もとい、クマ美の証言次第では協力してくれるようだ。
「アルジャン、早く通訳を続けてくれ。まだ肝心なところが聞けていないぞ」
「兄さん、酷い!」
女の子にフラれたばっかりなのに、と泣き言を連ねながら、アルジャンはクマ美との会話を再開する。
するとその直後、スパーンッとクマ美に平手打ちを食らわされた。
「アルジャン!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「一体どうしたんだ!?」
「「ウィングさんの仲間を疑うなんて酷い! 全部本当の事に決まっているじゃない! そんなんだからあんた達モテないのよ!」と、言われました」
「ほら見ろ! だから言っただろ! こんなに可憐で美しいスノウ姫が人を殺すわけがないのだと!」
「え、その『あんた達』って言うのは、オレも含まれてるの?」
どさくさに紛れてレオンライトがスノウの肩を抱き寄せれば、金髪が軽くショックを受ける。
するとスノウの肩を抱いたままのレオンライトが、その真剣な眼差しを彼女へと向け直した。
「そういうわけです。姫、どうかもっと詳しい話をお聞かせ願えませんか?」
「あ、ありがとうございます、レオンライト王子。でもその前に少し離れて頂いてもよろしいでしょうか?」
徐々に距離を詰めてくるレオンライト王子と一定の距離を開けてから。
スノウはヒカリやウィングも交えて、これまで手に入れて来た情報や、それを踏まえての事情や状況を説明する。
クマ美の証言から、金髪――オールと言うらしい――とアルジャンもスノウ達を信じてくれる気になったのだろう。
三人は、真剣に彼女らの話を聞いてくれた。
「なるほど……。姫を連れ帰り、結婚してオレの妻にしてしまえば良いかと思っていたが……どうやらこれは、そういうわけにもいかないみたいだな」
「王子、あんたそんな事考えていたんですか?」
「何とかして姫の無罪を証明し、真犯人であるアルシェ嬢の犯罪を証明しなければならない、という事ですね?」
「はい。ですが、具体的にはどうしたら良いのかが分からなくて……。真実の鏡族であるカガミに言われた通り、私達にはレオンライト王子殿下に頼るしか術がなかったのです」
「そんな、見ず知らずの私をこうして頼って下さるとは……っ! 何と言う歓喜の極み! 姫、どうぞ思う存分この私を頼って下さい!」
「……王子、具体的にどうするべきか、良い案でもあるんですか?」
「何を言う。それを考えるのがお前達の役目だろうが」
「……」
この王子、キーパーソンの割には、さっきからスノウの手を握るしかしていないな、とウィングやスノウ、カガミは白い目を向ける。
しかし、本当にこの王子を頼って大丈夫なのか、とウィング達が疑い始めた頃、金髪の従者、オールが「それなら」と声を上げた。
「では、こういうのは如何でしょうか?」
「こういうの、とは?」
「そちらの真実の鏡族であるカガミ様の信頼がないのであれば、我が城にいる真実の鏡族の一人を連れて行き、彼にカガミ様がアルシェ嬢に脅されていた事を証言させるのです」
「なるほど。事件には無関係である第三者の真実の鏡族の話であれば、カガミ殿がアルシェに脅されていたという話が証明が出来るという事か」
「はい。それからスノウ姫様。こちらの国にも、動物の言葉が分かるビーストマスターはいらっしゃいますか?」
「ええっと、それはどうでしょうか……?」
「おそらく、探せばいるのではないでしょうか。事が事ですから、国に依頼すれば、各ギルドに所属している者の中から探してくれるかと思います」
その質問には、スノウに代わってカガミが首を縦に振って答える。
するとオールが、ならばそれは我々から国に依頼しよう、と頷いた。
「我ら他国の重鎮が間に入り、女王陛下殺人事件の再調査をこちらの国に依頼します。そしてその際に、信用ある我が国の真実の鏡族と、そちらの国のビーストマスター、更にはクマ美様を同席させれば、双方にとって納得の行く結果が出るのではないかと思いますが……如何でしょうか、王子?」
「うん、それで良い。ですよね、スノウ姫?」
「はい。ご協力、感謝致します」
信用のないカガミに代わって、他国の真実の鏡族が改めて真実を証言し、更には自国のビーストマスターが、嘘を吐いても何の得にもならないクマ美の言葉を通訳する。
そうすればスノウの無実が証明され、代わりにアルシェの悪事が暴かれるハズだと、オールは提案する。
しかし何とか上手く行きそうなその案に、一行がホッと胸を撫で下ろす中、それを提案した張本人であるオールが、怪訝そうに眉を顰めた。
「ですが、一つだけ気になる点が……」
「気になる点?」
「何ですか?」
それは何だろうと、一行はオールへと視線を向ける。
するとオールは眉を顰めたまま、その気になる点を口にした。
「ウィング様やヒカリ様の仲間であるエルフの方々が、アルシェ嬢の味方に付いた事です」
「ああ、それはオレも気になっていたけど……。アルシェを招き入れて、歓迎会をして……。あの時の事はあんまり覚えてねぇんだけど、アイツら全員、アルシェにはデレデレだったよな?」
「どうせ、ああいう女が好きなんでしょう? どいつもこいつも、鼻の下伸ばしてデレデレデレデレと……。ああ、もう、我が友人ながらキモ男ばっかりです!」
「まあ、そうなんだけど……でも、ヒカリやキュアに刃を向けるなんて、やっぱりちょっとおかしいよな」
「それからシャサール様についてですが、シャサール様はキュア様にデレデレだったと?」
「デレデレと言うよりは、メロメロでしたわね?」
「はっきり言われたわけではありませんが、シャサール様は絶対にキュア大好きですね、あれは」
仲間の様子を思い出しながらウィングが眉を顰めれば、ヒカリが憤り、更にはスノウとカガミが何度も首を縦に振って頷く。
そんな彼らの様子から、オールは少しだけ考える仕草を見せた後に「もしかして」と声を上げた。
「魅了の魔女……?」
「魅了の魔女?」
聞いた事のないその通り名に、一行は揃って首を傾げる。
しかしそんな彼らの反応など気にする由もなく、オールは焦ったようにして声を上げた。
「もしもそうであれば、マズイです、こちらの話は聞いてもらえない可能性がある。ウィング様、キュア様は今どちらに? 彼女と話をする事は出来ますか?」
「あ、ああ、それはもちろん……でも、どうしたって言うんだ?」
「おそらくキュア様は、浄化の能力を持っている、彼女がいなければ、この作戦は成功しない」
「じょ、浄化の能力?」
「何なんだ、それは?」
「ガウガウ!」
「「詳しく説明してちょうだい!」って言ってる」
「もちろんです。それも踏まえて、スノウ姫の無実を証明するため、我々がすべき事も説明します」
オールの頭の中で構成された、それぞれの役割。
それが果たされた時、事件は解決する。
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