第29話 直接対決
後ろ手に縛られた手と、アルシェに危害を加えないようにと縛られた足が痛い。
いや、それ以上に、思いっきり蹴り付けられた腹が痛い。
ここはエルフの家にあるキュアの部屋。
アルシェと話がしたいと希望するキュアに、エルフ達は反対したらしいが、アルシェが承諾したため、キュアの希望は叶う事になったのだ。
それでもアルシェに危害を加えないようにと、キュアはファイ達に手足を拘束され、キュアの部屋に押し入れられた。
そしてその後、エルフ達と共にキュアの部屋へとやって来たアルシェ。
「初めまして、キュアさん。アルシェと申します」
「……どうも、キュアです」
おそるおそる入って来たアルシェは、怯えた目を向けながらも律儀に自己紹介をする。
そんな彼女にキュアもまた自己紹介を返してやれば、アルシェは扉のところから心配そうに顔を覗かせているファイ達へと視線を向けた。
「アルシェちゃん、本当に一人で大丈夫?」
「オレ達も一緒にいようか?」
「心配してくれてありがとう。でも魔女に指名されたのは私だから。だから頑張って話してみるわ」
「そう? でも何かあったらすぐに呼んでね。すぐに助けに来るよ」
「うん、ありがとう」
心配そうなエルフ達に笑顔を見せて見送ると、アルシェは扉を閉めて、キュアへと近付く。
そして動けないキュアの腹を思いっ切り蹴り付けて……今に至る。
「あんた、さっきはよくもやってくれたわね。女の子の顔を殴るなんて信じられない」
「女の子の腹を蹴り付けるあんたに言われたくないわ」
痛みに蹲るキュアを冷たく見下ろすアルシェを、キュアもまた鋭く睨み付ける。
ファイ達と自分への態度が違いすぎる。
何となく予想はしていたが、こういうタイプの女か。
「女の子? はっ、あんた、本当はオバサンなんじゃないの?」
「は? そう言うあんたこそ、本当は婆さんなんじゃないの?」
「あんた、転生者でしょ?」
「そう言うあんたこそ、転生者でしょ?」
一触即発の状態に、部屋の空気がピリリと震える。
まあ、本当に一触即発となった場合、どう考えても自由に動けるアルシェが有利なんだけれど。
「シャサールを誑かすなんて中々やるじゃない。あの男は私に惚れ込んでいたハズなのに。一体どんな手を使ったのかしら?」
「別に誑かしてなんかいないけど。それよりあんたこそ、よくも私の仲間に適当な事を吹き込んでくれたわね。誘惑の魔女って何よ?」
「仲間? はっ、セフレの間違いでしょ? 私程じゃないにしても、それなりに可愛く生んでもらったみたいだし。それで毎晩男を取っ替え引っ替えして楽しんでいたわけだ?」
「はあ? 何で私がそんな事しなくちゃなんないのよ? それで私に何の得があるわけ?」
「何それ、マウント? ああ、これだから勘違い女は痛いから嫌なのよ。私が好きでやっていたわけじゃない? あっちから迫って来たから応えただけ? はっ、何様のつもり?」
「何? あんた、前世は宇宙人? 何喋ってるか、よく分からないんだけど」
「そうやって男六人と寝といて、今度はシャサールとまで寝たわけね? どんだけ強欲な女なのよ。このどちゃくそクソビッチが」
「ホント、いい加減に人語で話してくれない? 妄想嘘吐き女にビッチ呼ばわりされる筋合いはないんだけど」
「あら、随分と余裕なのね。もしかして誰かが助けに来てくれるとでも思ってんのかしら? 残念だけど、もうあんたを助けに来てくれる人なんていないわよ。あんたの蝶よ花よの逆ハー生活はもうお終い。シャサールもエルフ達も、みんな私の物なんだから」
「ねぇ、そんな事より、女王陛下を殺したのはあんたね? その上、スノウ姫に罪を擦り付けるなんて、よくもバカげた事をしてくれたじゃない」
アルシェが何を言っているのかはよく分からないが、とりあえずキュアは話題を変えてみる。
しかし、その話はアルシェにとっては触れられたくない地雷だったのだろう。
ギロリとキュアを睨む目が鋭くなったかと思えば、アルシェはガンッとキュアの頬を踏み付けた。
「うぐっ!」
「あ、ヤバ。ごめんなさい、イラついてつい。顔に傷を作るのはマズかったのに。気を付けなくっちゃ」
「っ、この、ヤロ……っ」
痛みに生理的な涙を浮かべながらも睨み付けてやれば、今度はアルシェの足が、キュアの頬をペチペチと軽く叩いて来る。
コイツ、絶対に許さない!
「それについては、あんたこそよくも余計な事しをてくれたわね。せっかく邪魔なスノウを豚箱にブチ込んでやったっていうのにさ。まあ、シャサールにでも頼んで、あんたもスノウもブチ殺せば良いだけだから別に良いんだけど。でも何? もしかしてあんた、今度はスノウを使ってレオンライト様を落とすつもりだったわけ?」
「言っている事の一ミリも分からないんだけど……。でも、私にとって今一番邪魔なのは、あんたの足の方だわ。いい加減退かしてくれない? 臭くてしょうがないんだけど」
「本当に苛立たせるしか能のない女ね。あんたがこれまでの行いを謝罪し、レオンライト様は諦めると誓うのであれば、生かしてやろうかとも思ったけど。でもやっぱりバカには期待しない方が良いみたいね」
「レオンライト様を諦める? バカじゃないの? 誰が諦めるモンか」
(この女、やっぱり狙いはレオンライト様との結婚か)
(レオンライト王子を諦めろですって? それってレオンライト王子の命を諦めろって事? やっぱりこの女、レオンライト王子を使って、この世界を手に入れるつもりなんだわ!)
(冗談じゃないわよ! レオンライト様と結婚するのはこの私。こんなバカ女に取られて堪るもんですか!)
(レオンライト王子にはスノウ姫と結婚して、生きて幸せになってもらうの。こんなクソ女に良いようにされてなるもんか!)
自身の目的のため、互いに鋭く睨み合う。
しかしどう考えても、優勢なのはアルシェの方だ。
だってアルシェはエルフ達もシャサールも味方に付けているし、何よりキュアは縛り付けられて動く事が出来ないのだから。
これはどう考えても自分の勝ちだ。
この女には予定通り消えてもらおう。
「ヒロインは私一人で十分。悪いけどあんたにはここで消えてもらうわ。何か言い残す事ある?」
「例えここで死んだとしても、あんたなんか絶対に呪い殺してやる」
「あんた、呪いなんて信じているの? 思ったよりもロマンチストなのね」
ハッとバカにしたように鼻を鳴らしてから。
アルシェはスウッと息を吸うと、そのまま吐き出すようにして大きく悲鳴を上げた。
「きゃあああああああッ!」
「アルシェッ!?」
バタバタと走って来る音がしたかと思えば、血相を変えたエルフ達が勢いよく飛び込んで来る。
そしてその中にいたダークに、アルシェは思いっ切り抱き着いた。
「ごめんなさい! キュアさんから出て行ってくれるように魔女にお願いしましたが、やっぱり駄目でした!」
「それよりもアルシェ、今の悲鳴は!?」
「魔女が怪しい魔法を使おうとしたから、思わず……」
「何て事を……っ!」
震えるアルシェを抱き締めながら、ダークはキュアを鋭く睨み付ける。
するとファイが、ライへと促すような視線を向けた。
「ライ、浄化の矢を。早く魔女を祓うんだ」
「いや、でも……」
「ライ、私からもお願い。浄化の矢でキュアさんの胸を貫くしか、彼女を救う方法はありません。お願いです、今すぐ浄化の矢でキュアさんを助けて下さい」
「でも、その……」
「ライ、貸して」
アルシェの体を引き離すと、ダークは戸惑うライから浄化の矢を引っ手繰る。
するとライが慌てたように声を上げた。
「何するつもりだ、ダーク!?」
「これをキュアの胸に突き立てれば良いんだろ? だったら弓を引く必要はないよ。このまま直にキュアの胸に突き刺してやる」
「バカ! もしもの事があったらどうするんだ!」
「まだそんな事言っているの? もしもの事なんかないよ。オレが今証明してやる」
「止めて、ダーク!」
ミズやアースが引き止めようとするのも構わず、ダークは浄化の矢を握り締めながら、冷酷な眼差しをキュアへと向ける。
しかし、ダークがキュアへと襲い掛かろうとした時だった。
部屋にあったクローゼットの扉が、勢いよく開け放たれたのは。
「えっ?」
「な、何ッ!?」
突然音を立てて開いたクローゼットに、全員が驚いて視線を向ける。
驚愕の眼差しを浴びる中、そこから現れたのは、アルシェの兄で狩人ことシャサールであった。
「シャ、シャサール!?」
「え、何してんの!?」
「何でクローゼット!?」
どうしてクローゼットの中からシャサールが出て来るんだと不思議がる中、一人だけ顔面蒼白で震える人物がいる。
言わずもがな、アルシェである。
「お、おにいさま? え、まさか今の話聞いて……?」
何故、シャサールがクローゼットの中から飛び出して来たのかは分からない。
けれども今までずっとこの中にいたのだとしたら……?
今の話、聞かれていたのではないだろうか。
「ち、違うんです、お兄様、今のはその……魔女にそう言えと脅されて……?」
「アルシェ?」
「え、どうしたの?」
急に怯えだすアルシェに、エルフ達はどうかしたのかと心配そうに声を掛ける。
しかしそんな彼女らには構わずキュアに近寄ると、シャサールはキュアの体を軽々と抱き上げた。
「逃げるぞ」
「え、わ……っ!?」
何がどうなっているのか聞く暇もなく、シャサールは素早く行動に移す。
そしてまさかの状況に驚き狼狽えているアルシェ達の隙を突くと、シャサールは体当たりで窓ガラスを割り、そのまま外へと飛び出した。
「シャ、シャサールッ!?」
「大人しくしていろ」
ようやく我に返り、状況を問おうとするキュアにそれだけを返すと、シャサールは窓から外に着地した後、そのまま振り返らずに全力で走り出す。
エルフの家から聞こえるのは、「違うの、違うのーッ!」と取り乱すアルシェの悲鳴と、突然の出来事に戸惑うエルフ達の声。
しかしその声も風を切るシャサールの音と共に、すぐに聞こえなくなってしまった。
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