第28話 密かな対立

 ギャンギャンと、リビングではファイとミズが言い争っている。


 二人が喧嘩をする時は、大抵がくだらない内容なのだが、今回はそうでもなく、その内容はアルシェとキュアについての事であった。


 どう考えてもアルシェの方が正しいと思うダークであったが、ミズはどうやらそう言うわけでもないらしい。

 何でミズがそんな事を言うのかはよく分からないが、とりあえずダークは、二人の言い争いを黙って傍観する事にした。


「じゃあ何だよ! ミズはアルシェちゃんが嘘を言っているって言うのかい!?」

「そうとは言ってねぇだろ! オレはただ、本当にキュアを弓矢で射って大丈夫なのかって言ってんだよ!」

「アルシェちゃんが大丈夫って言ってんだから、大丈夫に決まっているだろ! それなのに不安に思うなんて、どうかしてるよ! アルシェちゃんを信じてないって言っているようなモンだろ!」

「だから信じてる信じてない以前に、普通に心配だろ! 心臓を弓矢で貫くんだぞ! 普通は死んじまう! そりゃ、アルシェは悪しき者にしか効かないって言っていたけど……でも、万が一キュアが死んじまったらどうするんだよ! 取り返しが付かねぇんだぞ!」

「だーかーら、そんな事は起きないって、何で分からないんだよ! このポンコツ頭!」

「だっ、誰がポンコツ頭だ! お前こそ、キュアの事が心配じゃねぇのかよ! 冷たいヤツだな! お前なんかリーダー失格だ! 辞めちまえ!」


 事の発端は、ミズが「なあ、本当にキュアを弓矢で撃って大丈夫なのか?」と呟いた事だった。

 何故アルシェを疑うような事を言い出すんだ、と眉を顰めたダークであったが、それに間髪入れずに反論したのが、ファイであり、その後、二人はいつも通り口喧嘩を始め、今に至るのだが……。


 そんな事を言い出すなんて、ミズは一体どうしてしまったのだろうか。


「いつもは、そんなのどっちでも良いだろと思うけど……今回に限ってはファイに同意見かな。アルシェを疑うなんて、ミズは正気じゃないよ」


 なんて台詞がファイやミズに聞こえたら、二人の喧嘩に巻き込まれてしまうので、ダークは二人には聞こえないようにポソリと呟く。


 しかしダークと共に二人の喧嘩を眺めていたライとアースは、ダークの予想に反して、困ったように眉を顰めた。


「自分で撃っておいて何なんだが……オレはさっき、浄化の矢がキュアに当たらなくて良かったと思っている」

「え?」

「ボクも正直不安かな。キュアの胸を弓矢で貫くのは」

「どういう事?」


 絶対に自分の意見に頷き、ミズがおかしいと言ってくれると思っていたのに。


 何で? 何で二人共アルシェを疑うんだ?


「アルシェが嘘を吐いているって言いたいの?」

「そうじゃない。そうじゃないんだ、が……」

「ボクもよく分からないんだけど……。確かにさっきまでは、早く浄化の矢でキュアを助けてあげなくちゃって思っていたんだ。だけど今になってちょっと思ったんだよ。本当にそれで大丈夫なのかって」

「ファイも言っていたけど、不安になるって事は、アルシェを信じてないって言っているようなモノなんだよ? 何で? どうしてアルシェを信じてやれないんだよ?」

「ち、違うよ! アルシェの事は信じているよ! けど、やっぱり不安じゃないか! もしもキュアの胸を貫いて、キュアがそのまま死んじゃったらって考えると! ねぇ、他に方法ってないのかな? もっと安全に魔女を祓う方法ってないのかな?」

「キュアは死なないよ。死ぬのは魔女だけだ。アルシェがそう言ったんだ。それなのに他の方法を探すなんて、逆にアルシェに失礼なんじゃないの?」

「だ、だけど、でも……」


 確かにアルシェがそう言うのであれば、確実に大丈夫なんだろう。

 しかし万が一、それでキュアが死んでしまったらどうする?

 やはり他に方法を探せば良かったと、後悔するのではないだろうか。


「キュアは死んだら、もう戻って来ないんだよ? ダークはそれでも良いの?」

「良いわけが……」


 と、そこでダークは言葉を詰まらせる。


 良いわけがない。

 キュアは大切な仲間なのだ。

 死んで良いなんてあるわけがない。


 そう、思うのが当然のハズなのに。


 それなのに何故だろう。


 そうしたらそうしたで、仕方ないんじゃないかと思ってしまったのは。


(アルシェが言う事は正しいに決まっている。でも、それでも駄目だったとしたら、それはきっと手遅れだったんだ。キュアが死んでも、仕方がないんじゃないだろうか……)


 そう思う自分の心は正しいハズ。

 ああ、そうだ。

 キュアが死んだら嫌だって言うアースやミズがおかしいんだ。


「あのさ」


 不意に、ライが言葉を零す。


 大きめに発せられたその声にファイとミズも停戦すると、彼らはその視線をライへと集めた。


「浄化の矢って悪しき者にしか効かないんだよな? だったらどうして、クマにも効いたんだ?」


 キュアを狙って撃った浄化の矢。

 しかしそれは、彼女を庇うようにして身を乗り出した、クマの腕に突き刺さった。


 あの時、クマは怪我をして悲鳴を上げていたように見えたが……。


 何故、悪しき者にしか効かないハズの浄化の矢が、クマにも怪我を負わせたのだろうか。


「クマだって、時として人を襲うんだ。悪しき者だよ」


 何でそんな事疑問に思うんだよ、とファイは訝しげに眉を顰める。


 そうか、と頷くライが本当に納得しているのかしていないのか。


 それはきっと、ライを含めた誰にもよく分からない。

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