第26話 元仲間達との攻防戦

 再びエルフの家。

 何故、自分の家なのにこんなにコソコソと様子を窺わなければならないのか。

 全て、我が物顔でエルフの家に居座っているアルシェのせいである。


 一見、シンと静まり返ったエルフの家。

 しかし中には、キュアに誘惑の魔女が取り憑いていると信じ込まされているエルフ達と、その元凶であるアルシェ、そして囚われているヒカリと、妹大好きシャサールがいるハズだ。


 今回、自分が家に戻って来たのは、囚われているヒカリを救出するためだ。

決してシャサールの様子を見に来たわけではない。

 彼の事だ。どうせアルシェの傍でデレデレとだらしない顔をしているに決まっている。

 彼の事など気にするだけ無駄だ。

 彼の事など気にせず、さっさとヒカリを見つけ出し、とっとと愛しのスノウのところに戻ろうと思う。


(でも、ヒカリはどこにいるんだろう? ヒカリの部屋か、物置か、もしくはみんながいるリビングかな?)


 ここは予想を付けた場所に忍び込み、ヒカリを連れてこっそり出て来るに限る。

 敵はアルシェを含め、六人。シャサールが敵に回っていたとしたら七人。

 その中の誰かに見付かって、仲間を呼ばれたらさすがにキツイ。

 見付かる前に脱出する、そう、時間との勝負だ。


 そう、時間との勝負なのだ。

 だからシャサールの事を気にしている暇などない。

 彼の事は、潜入経路にいたらちょっと様子をチラ見するだけにして、視界に入らなければ特に探さず出て来るべきだ。


(アルシェの傍でデレデレしているシャサールを見たって、どうにもならないもの)


 フンだ。シャサールなんて、アルシェに埋もれて死んでしまえ。


 そんな呪いの言葉を唱えながら、キュアはそっと家に近付く。


 目指すはトイレ。

 まさか年頃の女子が、便所から家に侵入するとは誰も思うまい。


 ここに記述し、悪用されると困るので詳しい方法は割愛するが、特殊な方法で静かに窓を破り、鍵を開け、これまた特殊な方法で小さなその窓を外せば、キュアが一人通れるくらいの入り口が出来る。


 さて、そこから上手く家に帰る事は出来たが、問題はここからだ。

 誰にも見付からず、且つシャサールの様子を確認するルートでヒカリを救出するには、どう行動するべきだろうか……。


「あ」

「え?」


 しかしその時だった。

 ガチャリと扉が開き、まさかの用を足しに来たライが姿を現したのは。


 瞬間、キュアはライの襟首を掴むと、力任せにライを引き寄せ、その体を便座に叩き付ける。


 まさか、キュアがトイレにいるとは思わなかったのだろう。

 突然の事態に反応出来なかったライを、キュアは簡単に捕らえる事が出来た。


 そして誰かが来る前にトイレの扉を閉め、鍵を掛けると、体を打ち付けられた痛みに蹲るライの口を右手で塞ぎ、その他全身を使ってライの体を押さえ付けた。


「うぐっ!」

「あんた、さっきはよくもやってくれたわね。おかげで死ぬところだったじゃないのよ」

「ぐぐっ、うううっ!」

「は? 何? 浄化がどうのこうのって話? 何でそんな話信じてんのよ? そんなの嘘に決まってんでしょ。普通に死ぬわ」

「ぐぐっ、ううううっ!」

「それよりも、ヒカリはどこ? 部屋? 物置? それともリビング?」

「う?」

「は? じゃないわよ。アルシェに立て付いたヒカリが拘束されているって事はウラが取れてんのよ。大人しく白状しろ」

「うう! うぐぐぐぐっ!」

「逃げた? ははっ、それで私を誤魔化されるとでも思ってんの? 良いから教えなさいよ。大人しく白状すれば、ラクにイカせてやるわ」

「ううーっ! ううううーっ!」

「煩い! トイレぐらい我慢しろ!」


 目を離した隙に逃げられたなどと誤魔化そうとするライを、キュアは鋭く睨み付ける。


 しかしキュアがライへの尋問に気を取られている時だった。


 カチャッと、頭上で嫌な音がしたのは。


「そこまでだよ、キュア。大人しくライから離れて」

「………アース」


 ゆっくりと視線を頭上へと上げる。


 扉に鍵を掛けたからと油断した。

 そうだ、自分は窓を壊してそこから侵入したんだ。

 だったら、敵もそこからやって来る可能性もあったハズなのに。


 ゆっくりと顔を上げた先。

 そこではアースが、拳銃を油断なくキュアに向けていた。


「背、小さいクセに。何で窓に届いてんのよ」

「ダークに踏み台になってもらっているからだよ。ダークと一緒に見周りしていて良かったよ」

「見回り?」

「キュアがここに様子を見に来るって情報があったんだ。でもまさか、トイレでライを襲っているとは思わなかったけど」

(情報? くそっ、ウィングか!)


 キュアがここに来る事をを知っていたのは、ウィングだけだ。

 つまり、その情報はウィングが流した事になる。


 くそっ、やっぱりアイツ、敵だったか!


「じゃあ何? ヒカリが逃げたって話は本当なわけ?」

「本当だよ。キュア達とひと悶着やっている隙に、逃げられちゃったんだ。縛っておいたハズなのに、よく逃げられたよね」


 困ったように溜め息を吐いてから。

 アースは獲物を狩る時に見せる冷酷な眼差しを、キュアへと向けた。


「それよりもキュア、さっさとライを離して、大人しく捕まって。キュアが何かする前にボクが引き金を引くのが早いと思うし、万が一銃弾を躱したとしても、こっちは三人。大人しくしないと怪我するよ」

「……」


 確かにアースの言う通りだ。

 こちらは素手、あちらは拳銃。

 例えこちらに人質がいたとしても、こちらが人質を絞め殺す前に、あちらに撃ち殺される方が早いに決まっている。

 そして万が一銃弾を避けて逃げようとしたとしても、トイレの扉を開けて逃げる前に今度はライに取り押さえられるだろうし、ライと揉み合っている間に窓からアースに撃たれてしまう。


 どう考えても逃げられない。

 選択肢は怪我をせずに捕まるか、怪我を負って捕まるかのどちらかしかない。


 ならば、前者を選ぶしかないだろう。


「ねぇ、一つお願いがあるんだけど」

「何?」

「ちょっとだけアルシェと話をさせてくれない?」

「何を企んでるの?」

「別に? アルシェと話がしたいだけ。私がアルシェと話がしたいって言ってたって、アルシェに伝えてくれるだけでも良いから」

「まあ、それくらいなら別に良いけど」


 アルシェはおそらく転生者だ。

 キュアがそう気付いているように、彼女もまた、キュアの正体に気付いている可能性がある。


 もう一人の転生者が対話を望んでいる。


 そう伝えれば、相手もまた、それを望むかもしれない。


(ただで捕まってやるもんか。せめて明確な情報は聞き出してやる)


 そう決意しながら。

 キュアは大人しく、エルフ達に捕縛された。

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