第25話 前世からの運命

 森の南の方にある花畑。

 そこでヒカリとクマは、無事にスノウとカガミと合流していた。


 軽い自己紹介の後、双方は情報交換を行う。


 女王殺しの犯人はアルシェである可能性が高い事。

 その罪を、スノウはアルシェに着せられてしまった事。

 キュアが誘惑の魔女に取り憑かれていると、アルシェが言い張っている事。

 エルフの仲間達を言い包めて、キュアを殺そうとしている事。


 そしてヒカリが、ヤミィヒールのガチオタクであった事……。


「つまり、私の生きがいを奪ったのは、あのクソ女で間違いないと言う事ですね?」

「間違いないと言うか、可能性が高いと言うか……」

「いや、そのクソ女で確定だ。だってオレの目にそう映ったんだからな。女王陛下殺害の犯人は、そのクソ女だ」

「ゆ、許せません! 私を殺そうとしたばかりか、私の崇拝する女王陛下のお命を奪うだなんて! これは並程度の制裁では気がすみません! 公開処刑です! もちろん、ギロチンなんかでサクッとは死なせません! みなさん、ご存知ですか? 人って絶え間なく水を飲ませ続けると死……」

「や、止めてくれ! 詳しい処刑方法は説明しなくて良い!」

「ガウガウ!」


 事細かに処刑方法を口にしようとするヒカリを、カガミが身を震わせながら制する。


 そうしてから、ヒカリはその不機嫌そうな表情を、スノウへと向けた。


「あのクソお……ではなく、アルシェさんとは、何者なんですか? 何故ヤミィヒール様を殺害し、私達の家に来て、嘘を吐いてまでキュアさんを殺そうとしているんですか?」

「ごめんなさい、アルシェがお義母様を殺した理由は分からないんです。カガミはアルシェに脅されて、証言を偽装するように命じられたんですよね? 彼女の動機は知っているのですか?」

「いえ、私も何も聞いていません。ただそう言えと、強く命じられただけでしたので」

「そうでしたか……」

「アルシェが何者かというのも、城仕えの狩人であるシャサールの妹である事と、シャサールを雇用する時に、共に城仕えの狩人として彼女も雇用したという事しか、私は知らないのです」

「狩人? ああ、あの人、浄化の矢とか持っていましたもんね。弓矢が扱えるんですね」

「そうだと思いますが……でも実際に彼女が弓矢を放っていたのは見た事がありません。カガミ、あなたは見た事がありますか?」

「いいえ? 私もありませんが?」

「え? じゃあ、お城では何をしていたんですか?」

「さあ? 強いて言えば、私の話し相手でしょうか? そんなに頻繁には話しておりませんけれども……。カガミ、あなたは知っていますか?」

「陽キャ男性従業員や、可愛い子好きのおばちゃんと、いつも楽しそうに雑談していました」

「とんだ給料泥棒じゃないですか!」

「ガウガウ!」


 どうやら誰かと雑談するのが、彼女の仕事だったようだ。


「何なんですか、あの子。何で私の推しを殺して、家に来て、中を滅茶苦茶にしてくれてんですか。意味分かんないです」

「ガウガウ! ガウガウ!」

「え、何ですか?」


 さっきからガウガウガウガウと隣で吠えているクマに、ヒカリは眉を顰める。

 見れば、カガミを指差しながら、何かを伝えようとしているクマ。

 一体何なのだろうか。


「あ、そっか! そうだわ! カガミに聞けば良いのよ!」

「ガウガウ!」


 クマの言いたい事が分かったのか、スノウは納得したようにポンと手を打つ。


 そうしてから、スノウは早速とばかりにカガミに向き直った。


「カガミよ、カガミ。アルシェの目的はなーに?」

「ああ、そっか。カガミさんは真実の鏡族。聞けば真実が得られるってわけですね」

「ガウガウ!」


 クマの提案やスノウの行動に、ヒカリはなるほどと頷く。


 するとカガミは、「その手があったな」と感心しながら、瞳に映ったその事実を、二人(と一匹)へと告げた。


「はい、アルシェの目的は、隣国の王子、レオンライト王子と結婚する事です」

「結婚?」


 予想にもしなかったその返事に、二人と一匹は不思議そうに首を傾げる。


 アルシェの目的がレオンライトとの結婚?

 え? 何で?


「アルシェは王子と知り合いだったのですか?」

「姫。そこはきちんと手順を踏んで質問して頂かないと」

「相変わらず面倒臭い一族ですね」

「酷い!」

「ガウガウ。ガウ、ガウガウ、ガウガウガ?」

「はい、アルシェは転生者です。彼女の前世は、この世界を客観的に観る事の出来る存在。そこで観たレオンライト王子を気に入り、転生したこの世界で、彼と結婚する事を目的としています」

「え、クマ語もイケるの?」

「とても有能なクマさんなんですね」

「ガウガウ」

「アルシェが女王陛下を殺したのは、「世界一美しいのはアルシェ」と言うオレの答えに納得しなかった女王陛下に腹を立てたからです。彼女の怒りを買った女王陛下は、アルシェに殺されてしまいました。そしてアルシェの目的のために邪魔だと判断されたスノウ姫に罪を着せる事でこの世から排除し、同じく邪魔だと判断されたキュアも排除するべく、エルフ達を使って彼女を殺そうとしているのです」

「はあああ? 世界一美しいのはアルシェぇ? そんなのヤミィヒール様が納得しないのは当たり前じゃないですか! だって世界一美しいのはヤミィヒール様なんですから! よくあのビジュアルでそんな事が言えますよね! やはり死んで償うべきです!」

「と言うか、クマさんは一体何と質問したんですか?」

「さあ。私は瞳に映った光景を述べているだけですので。クマが何と言っているかまでは分かりません」

「ガウガウ!」


 その後も、カガミの話は続く。


 アルシェは人間ではなく、魅了の魔女である事。

 彼女はシャサールの実の妹ではなく、二人は義兄妹である事。

 エルフの家に行ったのは、エルフ達と親密な仲になり、彼ら全員と恋愛フラグを立てるためだった事。

 エルフにしていた誘惑の魔女の話は、全くの出鱈目である事。

 そしてヒカリとウィング、キュアを除くエルフ達は、アルシェの術に掛かり、彼女の言いなりとなってしまっている事……。


 それらの話を聞き終わった時、二人はこう思った。

 とにかくカガミに何か質問する時は、全部クマにやってもらおう、と……。


「何なんですか、その誘惑の魔女って! 何でみんな、あんな女の魔法に掛かっちゃうんですか!」

「言われてみれば、シャサールを始めとする城の多くの従業員達も、アルシェの言いなりだった気がします」


 あの女が来なければ、自分の仲間がこんなにバラバラになる事はなかったのに、とヒカリは悔しそうに拳を握り締める。


 そんな彼女の傍で、アルシェを溺愛していたシャサールや城の多くの者達を思い返していたスノウは、ふと思い付いたようにして、カガミへと問い掛けた。


「でもそれは、アルシェの術なのですよね? では、その術を解く方法はあるのですか?」

「そうですよ! みんなをこのままにはしておけません! 早くその術だか呪いだかを解いてやらないと!」

「ですから二人共。そこはちゃんと手順を踏んでもらわないとー……」

「クマ!」

「お願いします!」

「ガウガウ!」


 しかし、再びクマに質問をさせようとした時だった。


 背後に、人の気配を感じたのは……。


「っ!」


 しまった、話に夢中で気配に気付くのが遅れたと、ヒカリは慌ててスノウを庇いながら背後を振り返る。


 城の騎士だろうか。

 馬に乗って現れたその男を、ヒカリは油断なく睨み付けた。


「カガミさん! 姫とクマをお願いします!」

「姫! お下がり下さい! 追手です!」

「え? でも隊服が違……」

「ガウ! ガウガウガウガウ!」

「追手!? い、いや、違う! オレはただ、クマを交えて話をしているあなた達に興味があって……」


 今にも飛び掛かって来そうなヒカリに、男は慌ててブンブンと首を横に振る。


 しかし、彼女らに近付いた言い訳をしようとした時だった。


 その男が、ある一点を見つめたまま固まってしまったのは。


「貴様ら! 何をしている!」

「この方を、どなたと心得る!? 無礼者! 控えろ!」

「えっ!?」


 と、その直後、男の向こうから馬に乗った別の二人の男が、物凄い勢いでこちらに走って来る。


 すると、その声で我に返ったらしい最初の男が、物凄い勢いでやって来る男達に向かって、咎めるように声を張り上げた。


「娘さん達に乱暴な口を利くな! 無礼者はお前達の方だ!」

「はあ? 何を言っているのですか、王子!?」

「貴方こそ、勝手な行動は困ります! 慎んで下さい!」

「え?」

「王子?」


 駆け寄って来た二人の男達と、最初に現われた男の会話に、ヒカリ達は訝しげに眉を顰める。


 すると何かに気付いたらしいカガミが、ハッとして声を上げた。


「思い出した! この人、オレの目に映った王子……レオンライト王子だ!」

「えっ!?」

「レオンライト王子!?」


 スラリと高い長身に、程よく付いた男らしい筋肉質の体。

 輝くような金色の髪に、燃えるような赤い瞳。

 そして彼が跨る、美しくて気高い、凛とした白馬。


 間違いない。

 この方こそ、スノウを救い出して下さるキーパーソン、レオンライト王子その人である。


「突然すみません。驚かせるつもりはなかったんです」


 突然の王子の登場に驚く一行にそう声を掛けると、男……否、レオンライトは白馬から下り、ニコリと柔らかな笑みを浮かべた。


「ただ、クマを交えて親しそうに話をするあなた方に興味が湧きました。私も少し、一緒に話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 そして戸惑いを隠せない一行の中の、明らかにスノウに視線を向けると、彼は爽やかな笑顔を彼女へと向けた。


「申し遅れました。私は隣国の第一王子、レオンライトと申します。本日は見聞を広めるため、お忍びでこちらの国に視察に参りました」


 そしてスノウの前で跪くと、彼はそっと姫の手を取った。


「失礼でなければ、お名前をお聞かせ願えますか? 麗しいお嬢さん」

「え……?」

「えっ?」

「ええっ!?」


 ヒーローとヒロインの出会い。


 突然現れた王子の行動に一行が戸惑う中、事態は確実に好転する。

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