第21話 虐殺事件の正体
さくさくと、エルフの家を目指すキュア達の雰囲気は最悪であった。
と言うのも、キュアとシャサールが喧嘩をしたからだ。
事の発端は、テントを片付け、出発の準備を整え、再びエルフの家を目指して歩いていたその数十分後に遡る。
「本当に、獰猛な動物はいないのですね」
今日だけではなく、昨日の夜も全く出現しなかった森の危険生物達。
それを不思議に思ったスノウが、何気なくそう呟いてしまったのである。
「最近、急激にお肉の物価が上がったでしょう? クマやイノシシなど、食用として狩られていた魔物が、この森で急に姿を消した事が原因だと聞いていましたが、本当に一匹もいないのですね」
「はい、最近、獰猛な動物の大量虐殺があったんです。私達の家があるところ付近までは浅い森と呼んでいるのですが、その浅い森に生息していた動物や魔物達が、何者かに殺されてしまったんです。おかげで浅い森での狩猟は禁止。狩猟をするなら、森の奥、深い森まで行かなければならなくなったんです」
「キュア。何故お前は、オレの服の裾を握りながら話しているのだ?」
スノウの疑問に、何故か自分の服の裾を握りながら答えているキュアに、カガミは怪訝そうに眉を顰める。
何故って、そんな事は決まっている。
何かを握っていないと、緊張でまともにスノウとお話が出来ないからである。
「そうでしたか。その深い森には、食べられる生物はいないのですか?」
「深い森にいるのは、毒性が強い魔物とか、攻撃的な植物性の魔物しかいませんので、基本的には食べられない生き物ばかりなんです。浅い森にもたまにクマやイノシシなんかを見掛けますが、生態系の問題から、しばらく狩猟が禁止されています」
「なるほど。安全に森を歩けるのは有難いですが、生態系に問題があるのならば、一概には喜べませんね」
「さすがスノウ姫! 分かっていらっしゃる!」
「その、大量虐殺をした犯人や、その目的はお分かりなんですか?」
「いえ、何も分かっていません。殺戮が趣味のキチガイ野郎かとも思いましたが、殺されているのは獰猛な動物ばかりで、ウサギやリスといった、比較的大人しい動物達は殺されていないんです。なので犯人像も、その目的も、全く分からないんですよね」
「確かに殺戮が趣味のキチガイ野郎であれば、大人しい動物を先に狙うハズですものね。一体何が目的なのでしょうか」
(スノウ姫の口から、キチガイ野郎なんて単語が聞けるなんて! 口の悪いスノウ姫様……萌え)
「……」
真実の鏡族とは、人の心までも読めるのだろうか。
フニャリと口角を緩ませるキュアに、カガミが白い目を向けて来たが、それについては無視を決め込もうと思う。
「大量虐殺との言い方は心外だな」
「え?」
しかしそんな時だった。
これまで黙々と歩いていたシャサールが、不機嫌そうに口を開いたのは。
「オレは危険な生物を排除しただけだ。動物を殺す事に快楽を得ているわけじゃない」
「え? え、ちょっと待って」
シャサールのその反応に、キュアは戸惑いに瞳を揺らがせる。
シャサールのこの言葉。
と言う事はまさか、森の生き物達の大量虐殺の犯人は、シャサールなのだろうか。
「まさか、シャサールがやったの?」
「ああ。この浅い森にいた危険生物を殺したのはこのオレだ」
「はあっ!?」
悪びれた風もなくそう言い切ったシャサールに、キュアは驚愕の声を上げる。
そしてカガミの裾から手を放すと、キュアは代わりにシャサールの服を乱暴に掴んだ。
「ちょっ、どう言う事? 何でそんな事したの!?」
「アルシェのためだ」
「またアルシェ!? 何? アルシェがこの森の動物達を殺して回れとでも言ったの!?」
「無礼だな。アルシェがそんな恐ろしい事言うわけがないだろう」
「じゃ、何なのよ?」
ギロリと、鋭くシャサールを睨み付けてやる。
しかしそんなキュアの視線にも怯む事なく、シャサールはしれっと答えた。
「この森に住む危険な動物が、街に下りて来たら怖い、とアルシェが不安がっていたから始末したんだ」
「は? え?」
どうしよう。
ちょっと意味が分からない。
「この森は比較的王都に近いからな。万が一危険な動物達がこの森から街にやって来て、街で暴れ回ったり、人に危害を加えたりしたら困るだろ? だからその前にオレが危ないヤツらを始末してやったんだ」
「は……?」
「さすがアルシェ。街に起こり得る危険を事前に察知して、それを未然に防ごうとするとは。兄としてオレも鼻が高い」
「はあああああああっ!?」
つまりシャサールは、アルシェが一言「怖い」と言っただけで森の動物達を殺して回ったのだ。
動物達はまだ、森から出て街に下りた事もないと言うのに!
「ちょっと、あんた、ふざけてんの!?」
「は? ふざけていなどいない。オレは危険を未然に防ぐために、危険な動物達を排除しただけだ」
思わずシャサールの襟首を掴み、キュアは怒鳴り声を上げる。
それにも全く動じる事なく、シャサールは鋭く睨み付けて来るキュアの瞳を、呆れたように見下ろした。
「それによって街が襲われる心配もなくなれば、今だって危険生物に襲われる事なく安全に森を歩けている。それなのに、何故そんなに怒る必要があるんだ?」
「怒るに決まっているでしょ! あんた、アルシェが「怖い」って言っただけで、森の生態系ブチ壊しているのよ! どう責任取るつもりなのよ!」
「生態系など何年かすれば勝手に元に戻る。放っておけば良い」
「何年じゃないわよ! 何百年、或いはそれ以上よ! 何考えてるの!?」
「別に世界中のクマが絶滅したわけじゃない。この森にいる動物がいなくなっただけだ。大した問題じゃない」
「そういう考えのヤツが世界を滅ぼすのよ!」
「何だと? お前、オレ自身を否定するつもりか?」
シャサールにとって、その言葉は許せたモノではなかったのだろう。
シャサールはキュアの手を力づくで外すと、鋭く彼女を睨み返した。
「ならば聞くが、危険な動物達が街に下りて来て甚大な被害をもたらすのと、この森の動物が絶滅するのと、どっちがマシなんだ?」
「それは、森の動物達が絶滅する方がマシかもしれないけど! でも、この森に住む危険な動物達が街に下りて行ったという事例は過去にも一件もないし、その兆候だって見られない。可能性が限りなくゼロに近い状況になる事を心配し、無駄に命を奪うのは、やっぱりおかしい!」
「環境は年々変わっている。過去に一件もなかったとしても、それがこれからの未来でも起こらないとは限らない。それに可能性が限りなくゼロに近いと言うが、それは決してゼロじゃない。ならば、それを未然に防いだところで何の問題もないハズだ」
「でも、それは近い未来じゃないわよ! そんな兆候見られていないんだから!」
「状況は突然変わるかもしれないだろう。今から防いでおいて損はない」
「損はなくはないでしょう! お肉が高くなったんだから! おかげで家の食卓魚か野菜ばっかりよ!」
「はっ、肉は高くなっただけで、全く食べられなくなったわけじゃない。高くても買えば良いだろう」
「高いから買えないって言ってんのよ!」
「だったら働いて収入を増やせば良いだろう。金がないと言い訳ばかりするのは、その努力を怠っているヤツが言う事だ」
「何ですって! 庶民の税金を吸って生きているヤツがナマ言ってんじゃないわよ!」
「ははっ、庶民の税金を吸う、か。しかし、それはこの国の王女であるスノウ姫にも当て嵌まる事だが……。切ったその啖呵に後悔はないんだな?」
「うぐっ! やっぱなし! 今のなし!」
……とのやり取りを得て今に至るわけだが、当然の如くそれ以降二人の間に会話はない。ただ無言で、エルフの家を目指して歩いている。
そんな気まずい空気の中、スノウは隣にいるカガミにだけ聞こえるくらいの小さな溜め息を、そっと零した。
「私のせいですね。余計な事を聞いてしまったから」
「そんな事はありませんよ。二人が勝手に喧嘩をしただけです」
「でも……」
「姫が気にする必要はありません。シャサール様とキュアの事です。どうせ、「言い過ぎた」とか、「姫の前でやらかした」とでも思って落ち込んでいるだけでしょうから」
「?」
放っておけば良いと割り切るカガミに、スノウは訝しげに首を傾げる。
無言で殿を歩くシャサールが何を思っているかは定かではないが、先頭を歩くキュアは、カガミの言った通りに落ち込んでいた。
(悔しい! スノウ姫の前でシャサールに言い負かされた!)
絶対自分の方が正しい事を言っているハズなのに!
それなのに最終的にはシャサールに言い負かされてしまった。
しかもスノウ姫の見ている前で!
(でもあそこでスノウ姫の名前を出すなんて卑怯だわ!)
そうだ、シャサールのヤツ、自分がスノウ姫を好きだと分かっていて、あんな事を言ったんだ。
そんなの狡い。卑怯だ。
生態系とも、動物が街を襲う可能性とも、全く関係がないじゃないか。
(でもシャサールの言う通り、私、スノウ姫に「庶民の税金を吸って生きている」って言ったのと変わりない事を言ってしまったんだ。どうしよう、絶対に嫌われた!)
せっかく昨日は友達と呼んでくれたのに。それなのにその数時間後に嫌われてしまう事になるなんて。
どうしよう。謝ったら許してくれるだろうか。
(ううっ、全部シャサールのせいだ!)
と、落ち込んでいたキュアが、見当違いな殺意をシャサールに向けた時だった。
「キュア」
「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 違うんです! 私、そういうつもりで言ったわけじゃないんです! 本当にごめんなさい! 酷い事を言って、本当に申し訳ございませんでしたっ!」
「え、ええ!?」
ただ彼女の名前を呼んだだけなのに。
それなのに突然頭を下げ、謝罪して来たキュアに、スノウは戸惑いの声を上げる。
すると、だいたいの事を察したカガミが、呆れたように溜め息を吐いた。
「そうじゃない。あそこに見えるのがエルフの家ですか、とスノウ姫は聞きたかっただけだ」
「え?」
カガミにそう指摘され、キュアは顔を上げ、振り返る。
視界に入ったのは、赤い屋根の小さな家。
どうやらいつの間にか、エルフの家に帰って来たようだ。
「そ、そうです、そうです! あそこがエルフの家です!」
「そうですか。一先ず無事に着けて良かったです」
「何だかんだありましたが、シャサール様のおかげでもありますね」
「そ……そうだ、そうだ! さすが、真実の鏡族、分かっているじゃないか! おいキュア、お前も少しはオレに感謝しろ」
「ぐ……っ!」
何故だろう。絶対自分の方が正しいハズなのに。それなのに何なんだ、この敗北感は……っ!
言いたい事は山ほどあるが、さっきの事があるので怖くて何も言えない。
言葉を詰まらせ、悔しそうにシャサールを睨み付けるしか出来ないキュアであったが、そんな彼女に、スノウが不安そうに声を掛けた。
「今更なのですが……あの、本当にご家族に頼ってもよろしいのですか? 世間的に見れば、私は女王殺しの重罪人。そして私があなた方の手を借りて脱獄した事は、おそらくもう世間に知れ渡っているハズです。そんな私があなたの家に行っても、本当に良いんでしょうか?」
(自分の身よりも私の心配をしてくれるなんて! さすがスノウ姫! シャサールとは大違い! すきーっ!)
スノウの気遣いに内心で悶えながら。
キュアは心配する必要はないと、ブンブンと首を横に振った。
「心配無用です! 確かに私の仲間は性格に難はありますが、話せば分かってくれる人達ばかりです。事情を話せば、きっと力を貸してくれるでしょう。大丈夫です、レオンライト王子に会うまでは、私が必ず姫をお守りします」
「えっと、何故レオンライト王子を推して来るのかは分かりませんが……。でも、そう言ってもらえるのはとても心強いです。ありがとう、キュア」
(心強い、心強い、心強い……)
柔らかく微笑んだスノウの言葉が、ジンと心に染み渡る。
しかし、スノウから貰った言葉にキュアが一人で感動していた時だった。
カガミがそれを指差したのは。
「浸っているところすまない。キュア、あれは何だ?」
「あれ?」
ふと、戸惑いを含んだカガミの声が聞こえ、キュアは視線を『あれ』とやらに向ける。
彼が戸惑うのも当然だろう。
だってその家の庭には、大きなクマがデンッと構えていたのだから。
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