第20話 馬鹿の末路

『白雪姫脱獄。共犯者は城仕えの狩人と真実の鏡、そしてエルフの女』


 今朝届いた新聞の見出し。

 その見出しだけで、もう嫌な予感しかしないその事件。


 あまり読み進めたくはないその記事だが、その新聞を受け取ったミズは、表情を引き攣らせながらも、一応その続きに目を落とした。


「えーと、『昨夜未明、ヤミィヒール元女王陛下殺害の容疑で拘束されていた白雪姫ことスノウ容疑者が、城内にある宮から逃亡した。これはスノウ容疑者単独の逃亡ではなく、彼女の逃亡を手助けした者がいると見られている』」

「それで、その手助けした者というのが……」

「『……襲撃を受けた兵士達の話によると、その共犯者は長年女王陛下や王女に仕えていた狩人と、女王陛下に仕えていた真実の鏡族の男、そして桃色の髪をした見知らぬ女エルフの三人。突然兵士達に襲い掛かった三人は、スノウ容疑者と共に城内から逃走。そのまま逃亡を続けていると見られている』」

「……」

「ねぇ、その桃色の髪のエルフって……」

「どう考えてもキュアちゃんだね!」

「いや、待て待て待て待て! もしかしたら他人の空似かもしれないだろ!」

「いいや、どう考えてもキュアちゃんだよ! もうキュアちゃんしか有り得ないんだよ!」

「落ち着け、ファイ! 桃色エルフの女なんて、その辺にもいるだろ! 何でキュアだって決め付けるんだよ!」

「でもキュアちゃんなんだよ! 絶対にキュアちゃんなんだよ! ねぇ、そうなんだよね、アルシェちゃん!?」


 桃色のエルフがキュアではないと信じたいミズ達とは違い、それがキュアであると決め付けるファイに、ミズ達は一体どうしたんだと眉を顰める。


 しかしそれには理由があるんだ、とファイがアルシェに同意を求めれば、アルシェはその通りだと首を縦に振った。


「残念だけど、それはキュアさん……いいえ、誘惑の魔女の仕業だと思う」

「誘惑の魔女?」

「どういう事だ?」

「実は……」


 何の話なんだと首を傾げるエルフ達に、アルシェはファイやダークにした『誘惑の魔女の話』を同じように説明してやる。


 誘惑の魔女が世界を手に入れようとしている事。

 スノウと繋がっている事。

 そして仲間であるキュアに取り憑いている事……。


 そしてその(架空の)話を全て話し終えると、アルシェは涙が一滴も流れぬ目を両手で覆いながら、ワッと声を上げて泣いた。


「ごめんなさいっ! 昨日、キュアさんがみんなの仲間だと知った時にこの話をすれば良かったのに! それなのに私は嫌われるのが怖くて、真実を話すのを躊躇ってしまったの! 昨日の内に話しておけば、まだ何か手を打てたかもしれないのに! それなのに私が躊躇ったせいでキュアさんが……っ!」

「自分を責めないで、アルシェ。キミのせいじゃない」

「ダークの言う通りだよ! だってキュアは既に誘惑の魔女に取り憑かれていたんでしょ? だったら昨日の内にこの話を知っていたとしても、この事態は避けられなかったハズだよ!」

「そうだな、アルシェに非はない。むしろずっと一緒にいたのに、キュアの異変に気付けなかったオレ達の責任だ」


 泣き崩れるアルシェに、ダークとアースが慰めの言葉を掛ければ、仲間の危機に気付いてやれなかった、とライが悔しそうに拳を握り締める。


 するとミズが、真剣な眼差しをアルシェへと向け直した。


「それで、アルシェ。キュアに取り憑いている誘惑の魔女を、彼女から引き剥がす方法はあるのか?」

「信じて、くれるの……?」


 カラカラに乾いた目から手を放し、アルシェは上目遣いでミズを見上げる。


 するとミズは、もちろんだ、と大きく首を縦に振った。


「当たり前だろ。いくらキュアとて、こんな無茶をしてまでスノウ姫を助けに行くとは思えないし、それに何より、お前が決死の覚悟で話してくれたんだから。信じないわけがないだろ」

「嬉しい、ミズ……ありがとう」

「っ!」


 ふわりと、頬を赤らめ、安堵の笑みで微笑んでやる。


 それだけでミズは、ひゅうッと息を飲んでから、頬を真っ赤に染めた。


「おい、アルシェ、オレだって信じているぞ」

「そうだよ、ミズばっかり狡いよ! ボクだって信じているのに!」

「待ってよ。最初にアルシェを信じたのはオレだよ」

「ちょっと! 最初にアルシェちゃんを信じたのはキミじゃない! この僕だっ!」


 ミズばかり狡いとライが声を上げれば、アースやダーク、そしてファイもまたアルシェを信じると声を上げる。


 そんな子供じみた反応をする仲間達に溜め息を吐くと、ミズは改めてアルシェへと向き直った。


「それで、アルシェ。キュアを助ける方法はあるのか?」

「ええ、もちろんあるわ。 私の矢には浄化の力が込められているの。だから私の矢でキュアさんの胸を貫けば、誘惑の魔女を彼女から引き剥がす事が出来るわ」

「キュアの胸を貫く?」

「ええっ、でもそれって、キュアは大丈夫なの!?」


 キュアの胸を矢で貫いたら、キュアは死んでしまうんじゃないだろうか。


 しかしそう不安がるエルフ達に、アルシェは大丈夫だと首を横に振った。


「それは大丈夫。私の浄化の力が込められた矢は特別で、悪しき者しか貫かないから。だから例えキュアさんの胸を貫いたとしても、刺さるのは彼女に取り憑いている悪い魔女だけで、キュアさんが怪我を負う事も、ましてや死ぬ事もないわ」


 もちろん嘘である。

 キュアの胸に矢が刺されば、キュアは普通に死ぬ。

 でもその時は、「予想以上に誘惑の魔女に体を侵食されていたのね。手遅れだったんだわ」と言って泣くから別に良いや。


「誰か弓を使える人はいる? 親しい人が撃った方が浄化の力は高くなるから。だから私ではなくて、キュアさんと親しいみんなにやってもらいたいんだけど……」


 嘘である。

 一応アルシェは、狩人と言う職業に就いてはいるが、そんなモノは形だけで、彼女は弓など扱えない。

 だって弓なんか扱ったら、手がボロボロになるし、そのために変な筋肉も付けないといけないし。だからシャサールに泣き付いて、そんなモノさっさと辞めてしまったのだ。

 それに自分には魅了の力があるから困らない。何かあったらこの力を使って、他人に解決してもらえば良いだけなのだから。


 自分で動くなんて愚の骨頂。

 他の人が何とかしてくれるから、弓なんか使えなくても問題はないのである。


「弓ならライが得意だよ」

「ああ、オレがやろう」

「ありがとう、ライ。キュアさんを助けてあげてね」

「ああ、任せろ」


 嘘まみれの言葉に、誰かが気付く様子もない。

 今のところ、思い通りに事が進んでいる。


 その事に心の中でニンマリとほくそ笑みながら、アルシェはライの手に浄化の力が込められた矢(嘘)を差し出した。


「ちょっと待って下さい」


 しかしそこで、怒りを含んだ呆れの声が響く。


 いつからそこにいたのだろうか。

 見れば、これでもかと眉を顰めたヒカリの姿がそこにあった。


「キュアさんが誘惑の魔女に取り憑かれている? 浄化の矢でキュアさんの胸を貫けばキュアさんは助けられる? バカバカしい。あなた達、それ本気で信じているんですか?」


 魅了の力の弱点。

 それは、アルシェに嫌悪感を抱く者、もしくは一ミリも興味がない者には全く効果を発揮しない事。


 同性であるヒカリは、そのどちらかだったのだろう。

他のエルフ達は簡単に信じてくれたのに、ヒカリは冷静にそれが嘘だと見抜いてしまう。


 まあ、ヒカリなんて、掛かろうが掛かるまいが、どっちでも良いのだけれど。


「ヒカリ、この記事見て! さっきミズに読んでもらったんだけど、キュアが大変なんだよ!」

「知っています。ファイさんの「呑気に欠伸している場合じゃないよ!」くらいから聞いていましたので」

「割と最初からいたんだな、お前……」


 全く気付かなかったと、ライがポツリと呟く。


 そんなライの感想などはさておき。

 それなら何でそんな事を言うんだと、ミズが厳しい目を向けた。


「聞いていたんなら分かるだろ? キュアは誘惑の魔女に取り憑かれている。じゃなきゃ、さすがのキュアとて、スノウ姫を逃がしたりなんかしないハズだ」

「どうですかね、白雪狂のキュアさんなら分かりませんよ? それに何より、キュアさんは昨日までここにいて、私達と共に生活を送っていました。彼女に、何かおかしいところなんてありました? 普段と何も変わらない、白雪狂のキュアさんだったではありませんか」

「でもヒカリ。相手はキュアに取り憑けるような悪い魔女だよ? ボク達にバレないように身を潜める事くらい出来るんじゃないかなあ?」

「そもそもその記事のエルフって、本当にキュアさんなんですか? ウィングさんから聞きましたけど、キュアさんは男性とお泊りに出掛けたらしいじゃないですか。スノウ姫を脱獄させたエルフがキュアさんだってところから、もしかしたら間違っているんじゃないですか?」

「それ! その男性! それって、アルシェちゃんのお兄さんだよね!?」


 その証言に、ファイは声を荒げる。

 そしてアルシェに同意を求めれば、アルシェはその通りだと首を縦に振った。


「ええ、キュアさんと共にいたのなら、それはおそらく私の兄、シャサールだわ。誘惑の魔女は、男の人を誑かすのが上手なの。だから魔女はキュアさんの体を使ってお兄様を誑かし、スノウ姫の救出に向かったのよ」


 尤もらしい事を言って、自分の意見が正しい事を主張する。


 しかしそんなアルシェに対して、ヒカリは失礼にもバカにしたように鼻を鳴らした。


「キュアさんの体を使って、お兄さんを誑かした? はあ? じゃ、何でウィングさんは無事に帰って来たんですか? その話が本当なら、ウィングさんも取り込んだ方が効率が良くないですか?」

「そ、それは……」

「そもそも、あなたのお兄さんを誑かす意味あります? 私が誘惑の魔女とやらなら、お兄さんよりも、キュアさんと一緒に住んでいる六人の男エルフの方を狙いますけど。だってお兄さん一人より、人間には使えない魔法を使えるエルフ六人を仲間にした方が、どう考えても戦力は大きいじゃないですか。それなのにお兄さん一人を狙うなんて、あなたの話が真実だとしたら、その誘惑の魔女とやらはよっぽどのアホですね」

「ひ、酷いわ、ヒカリ! 私はただキュアさんを助けたいだけなのに! それなのに、そんな言い方しなくたって……っ!」


 立て続けに繰り出されるヒカリの口撃に、反論の言葉が見付からなかったのだろう。

 アルシェはカラッカラの両目を手で覆い、ワッと声を上げて泣き崩れてしまう。


 そんなアルシェの肩を支えると、ダークは怒りを含んだ咎めの眼差しを、ギロリとヒカリへと向けた。


「ヒカリ。アルシェはキュアを助けようとしてくれているんだ。それなのにそんな言い方はないんじゃないか?」

「……ちっ」

「おい、今舌打ちしただろ」

「そりゃ情けなくて舌打ちくらいしますよ。あなた達こそ、何をそんな簡単に言い包められているんですか。彼女の話は絶対におかしいです。誘惑の魔女の目的は、この国の王の座を手に入れ、ゆくゆくはこの国と世界を手に入れる事なんでしょう? だったらヤミィヒール様を殺す意味ってありました? 私だったらスノウ姫と手を組むより、ヤミィヒール様と手を組もうとしますけどね」

「そ、それは誘惑の魔女にとって、スノウ姫の方が相性が良かったからよ!」

「それにしたっておかしいでしょ。だってスノウ姫は次期女王様なんですから。放っておいても、時が来れば女王の座に就けるんです。だったら今は手だけ組んでおいて、時を待った方が穏便且つ確実に世界が手に入ったんじゃないですかね?」

「それは違うわ! だってヤミィヒール様はスノウ姫の美しさに日々嫉妬していたんだから! 放っておけば逆に、姫はヤミィヒール様に命を狙われていたハズよ!」

「ア? ざけんな、ヤミィヒール様がンなゲスい事するわけねぇだろ……と言うか、何であなたにそんな事が分かるんですか」

「そ、それは……っ、い、言ったでしょ!? 私は悪しき者を見分ける事が出来るって!」

「アア? つー事はテメェ、ヤミィヒール様が悪しき者だってのかよ?」

「そ、そうよ! ヤミィヒール女王陛下は悪い魔女よ! このまま放っておけば、スノウ姫様の美貌に嫉妬して、姫を殺そうとするのよ!」

「よくもまあペラペラと回る舌だな。姫を殺そうとしてンのは、ヤミィヒール様じゃなくてテメェだろうがよ」

「な、何ですって……じゃなかった、私はただ、キュアさんを助けたかっただけなのに……だから、勇気を出して本当の事を話したのに……。それなのに、そんな言い掛かり、酷い……っ!」

「ヒカリちゃん! いくら何でも言い過ぎだよ!」

「そうだよ、ヒカリ! アルシェに謝って!」


 再びカラカラの両目を覆いながら泣き出すアルシェに見兼ねたファイとアースが、厳しくヒカリを咎める。


 しかしそんな二人にも怯む事なく、ヒカリは苛立ったようにギロリと二人を睨み付けた。


「何を謝る必要があると言うんです? ヤミィヒール様を侮辱した上に、嘘を並べてあなた方を取り込み、キュアさんを殺そうとしている。そんな人相手に、何故こちらが謝らなければならないんですか!」

「オレ達はアルシェに取り込まれたわけじゃない。自らの意志で彼女を信じ、力を貸そうとしているんだ。それなのにオレ達の行動まで否定されるなんて、心外もいいところだよ」

「そうだよ! それにアルシェを嘘吐き呼ばわりするなんて酷いよ! ヒカリこそ、何でアルシェの話を嘘だって決め付けるんだよ!」

「と言うか、半分以上はお前の私情だろ」


 怒りを露わにするダークとアースに続いて、ヤミィヒールを侮辱された事に対して怒っているんじゃないかと、ライが指摘する。


 するとミズが、少し落ち着くようにとヒカリを宥めた。


「あのさ、ヒカリ。そんな頭ごなしに否定するのもどうかと思うぜ? 現にキュアは男二人と組んで、スノウ姫を脱獄させているんだ。状況から見ても、アルシェの話は信憑性が高いと思う」

「じゃあ何ですか! アルシェさんの話を信じて、キュアさんの胸を矢で貫けって言うんですか! それじゃあそれでキュアさんが死んでしまったら、どうするおつもりなんですか!」

「それは……」

「じゃあこちらからも質問しますけどね、その誘惑の魔女は何でキュアさんに取り憑いたんですか?」

「それは、体質が……」

「はあ? 体質ぅ? そもそもその魔女って、誰かに取り憑く必要があるんですか? だって男を誑かすのが得意な魔女なんですよね? だったら取り憑く必要なんかなくないですか? 単体で勝手に男を誑かして従えたら良いじゃないですか! それとも何ですか? 誘惑の魔女って霊体なんですか? おばけなんですか? 誰かに取り憑かないと認識してもらえないんですか? じゃあ何でスノウ姫は魔女を認識して手が組めたんですかねッ!?」

「酷いっ! そんな言い方ってないわ!」

「はっ、反論できなければ泣きマネをするしか能がないんですか? 頭が弱すぎるんじゃないですか!?」


 頭が弱すぎる?

 ははっ。

 それはどちらだろうか。


 心の中で、アルシェは高笑いをする。


 そもそも、ヒカリなんていてもいなくてもどっちでも良いのだ。


 アニメのメインキャラとはいえ、自分は男にしか興味がない。

 もしもヒカリが自分に好意を寄せてくれたのなら、友達として仲良くしてやっても良かったのだが、立て付くのであればヒカリの存在など目障りなだけだ。


 来る者は拒まないが、去る者も追わない。

 それが同性なら尚更だ。


 では、自ら立ち去ろうとする者には、言葉通りここで退場してもらおうか。


「確かに誘惑の魔女がキュアに取り憑いた理由は分からない。でも、それでアルシェが嘘を吐いている理由にもならない。だからオレは、アルシェを信じる」

「そうですか。なら、勝手にして下さい。私はこれ以上みなさんには付き合えませんので」

「どこに行くんだよ?」

「キュアさんのところです。変な女が滅茶苦茶な事を言っていると教えてやらないと」


 そう言うや否や、ヒカリはさっさとその場から立ち去ろうとする。


 しかしそれを、アルシェの悲鳴にも似た声が引き止めた。


「行かせちゃダメ! ヒカリに誘惑の魔女の影がある!」

「え?」

「はあ!?」


 そのとんでもない嘘に、ヒカリは思わず足を止めて振り返る。


 まさかの言葉に驚き固まるエルフ達に、アルシェは更に声を上げた。


「きっとキュアさんと合流し、スノウ姫と一緒に世界を陥れるつもりよ! だから行かせちゃダメ!」

「アンタ、よくもまあそんな嘘がすらすらと……」


 しかし頭に来たヒカリがアルシェを怒鳴り付けようとした瞬間、闇の力を纏った球体がヒカリに襲い掛かる。


 それを咄嗟に相反する光の力で打ち消すと、ヒカリはそれを放っただろうダークを睨み付けた。


「何するんですか!」

「キミに誘惑の魔女の影がある以上、このまま行かせるわけにはいかないよ」

「はあっ!? あなたマジで信じて……」

「悪いなヒカリ」

「っ!?」


 瞬間、背後に気配を感じ、咄嗟に屈む事によってそれを避ける。


 直後、頭上をミズの回し蹴りが舞った。


「誘惑の魔女の好きにさせるわけにはいかねぇんだ」

「ああもう! バカばっかり!」


 簡単にアルシェの話を信じる男達に怒りを覚えながらも、ヒカリは迎撃するべく光の魔法を放とうとする。


 しかしその瞬間、地面が大きく揺れ、ヒカリはバランスを崩してしまった。


(しまった!)


 地面の揺れは、おそらくアースの地属性の魔法だ。

 彼が足場を揺らす事で、ヒカリに隙を生ませたのだろう。

 それによって生まれたヒカリの隙を逃さず、ミズは背後から羽交い絞めにする事によって、ヒカリを取り押さえる。


 当然、ヒカリとて大人しく押さえ付けられているわけもなく、彼女はミズの腕の中で暴れながら「放せ」と声を荒げた。


「何するんですか! 放して下さい!」

「誘惑の魔女に憑かれている以上、放せるわけねぇだろ!」

「いつまで寝惚けているんですか! そんなわけないでしょうがッ!」

「いいから落ち着けって!」

「これが落ち着いていられるか!」

「ミズ、そのまま押さえていろ」

「え?」


 ふと、弓を引く音が聞こえ、視線を前方へと向ける。


 何を考えているのだろうか。

 見れば、ライがその矢の先をヒカリへと向け、それを今にも放とうとしていた。


「は!? ちょ、何しているんですか、ライさん! まさかそれ、私に向かって放つつもりじゃないでしょうね!?」

「アルシェの矢には浄化の力が込められている。だからこれでヒカリの胸を貫けば、ヒカリに取り憑いた誘惑の魔女を祓えるハズだ」

「はあああ!? ふざけんな、止めて下さい! そんなわけないでしょう! 普通に死にますよ!」

「じっとしていろ、すぐに終わる」

「終わるのは私の人生ですよ! ミズさん、放してッ!」

「うわっ、バカ、暴れんな! ライ、早くしろッ!」


 本気で暴れるヒカリを必死に押さえ付けながら、早くヒカリを撃つようにとミズが声を荒げる。


 オドオドと震えた仮面の下でアルシェが不気味に口角を吊り上げた時、ヒカリの悲鳴が辺りに響き渡った。

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