第19話 打たれた小芝居

 最初に誰を狙うべきか。

 もちろんエルフを纏めるリーダー格、ファイを狙うのが一番良いという考えもあるだろう。

 しかしここはダークを狙うべきだと、アルシェは考える。

 見たところ、今のところ一番自分に惚れているのは、おそらくダークだからだ。

 一番魅了の力に掛かりやすく、操りやすいのは、ダークと見るのが正解だろう。


(エルフの中で一番好きなのはライなんだけど。まあ、この際別にダークでも良いか。どうせ最後にはみんなと恋愛フラグが立つんだし)


 エルフ全員から告白されるが、それを全て断り、最後はレオンライトと結婚する。

 うん、完璧な人生設計だ。


 でもそのためには邪魔者を消さなければならない。

 どうせもう一人の転生者とて、考える事は自分と同じなのだから。

 邪魔者には早々に退場頂こう。


(せいぜい今の内に、お兄様と仲良くやっていると良いわ)


 どうせすぐにシャサールも返してもらうのだから。

 今の内に、短い転生生活を楽しむが良い。


 まだ会った事もないもう一人の転生者にそんな事を考えながら、アルシェはキッチンへと向かう。


 ダークの部屋を訪ねたら、そこに彼の姿はもうなかった。

 外に出掛けたのか、それとも共用スペースであるキッチンやリビングにいるのか。


 とりあえずキッチンへ行ってみようと思ったアルシェであったが、どうやらそれは当たりだったらしい。


 キッチンの扉に手を掛けたところで、中から声が聞こえて来た。


(この声は、ダークと……ファイ?)


 そっと扉を開け、中を確認する。


 そこには声の通り、朝食の準備をするファイと、彼に話し掛けているダークの姿があった。


「だからさ、花畑に咲いている花をアルシェにプレゼントしたら、喜んでくれるかなって」

「は、何、ダーク。まさかキミ、アルシェちゃんに告白でもするつもりなの?」

「い、いや、まだそういうつもりじゃないけれど……」

「駄目だよ、この僕を差し置いてアルシェちゃんに告白だなんて! 僕が先に彼女に告白するんだからねっ!」

「とりあえずキミは、出会った女の子に手当たり次第告白するっていうクセ、止めた方が良いよ。今のところ全敗なんだしさ」

「失礼だな! 告白する子はちゃんと選んでやってるよ! 現にキュアちゃんとヒカリちゃんには告白してないよ。タイプじゃないし!」

「失礼なのはキミの方だよ」

「あ、でも待てよ。アルシェちゃんがボクと付き合ってくれるなら、別にアルシェちゃんが何人と付き合っていようが関係ないか。だってあんなに可愛いんだもの。彼氏なんか数人いて当たり前だよね。うん、じゃあ良いよ、ダーク。先に告白しちゃっても」

「いや、だからまだ告白とかじゃないって言っているだろ……」


 そんな二人の会話に、アルシェは呆れたように溜め息を吐いた。


(ダークったら、その辺に生えている雑草を、私にプレゼントするつもりなの? 失礼な男ね。私、そんなに安い女じゃないわよ)


 花なんて枯れるし、一銭の得にもならない。

 下々の女がどう思うのかは知らないが、少なくとも自分は嬉しくないし、そんな物で喜ばせられると思われているだけで心外だ。

 けれども相手はダークだ。その辺の男共なら簡単に切り捨てられるが、ダークは仲良くしておいて得しかないエルフ。味方に付けておけば、自分にとって有益な行動を取ってくれるだろう。

 仕方がない。万が一雑草をプレゼントされても、喜んだふりをしておこう。


(まあ、でも、その気持ちだけは評価してやるけどね)


 ダークのセンスは些か残念だが、それでも上手く自分の掌で踊っていると思えば、悪い気はしない。


 アルシェは深く深呼吸をし、その表情に『か弱いアルシェ』を作ると、今度こそその扉を押し開けた。


「あ、おはよう、アルシェちゃん。どう? よく眠れた?」

「アッ、アルシェッ!? えっ、まさか今の話聞いてた!?」

「おはよう、ファイ、ダーク。えっと……話って?」

「あ、いや、聞いていないんなら別に良いんだ! 気にしないでくれ!」

「?」


 焦りの表情を浮かべながらブンブンと首を横に振るダークに、アルシェは不思議そうに首を傾げておく。


 今は雑草のプレゼントの話も、ダークの想いもどうでも良い。


 もう一人の転生者の所有物であろうエルフ達を、自分の物にする方が先決なのだから。


「あれ、アルシェちゃん、どうかした? あんまり良く眠れなかったかな?」


 さすがは腐ってもエルフのリーダーであるファイ。

 どことなく暗い表情を浮かべているアルシェの演技によく気付く。

 朝食の準備をしている手を止め、「もしかして布団が薄かった?」と心配してくれるファイに、アルシェは「そんな事ない」と首を横に振った。


「あっ! もしかして誰かに虐められたの!?」

「ち、違う! みんなとても優しいわ! ただ……」

「ただ?」


 そこで一度言葉を切ってから。

 アルシェは心配そうなファイやダークの視線から目を逸らすと、ポツポツと言いにくそうに口を開いた。


「あの、キュアさんの事なんだけど……」

「え、キュアちゃん?」

「キュアがどうかしたの?」


 アルシェの口から出て来たその名に、ファイとダークは揃って首を傾げる。


 二人が不思議がるのも無理はない。

 だってキュアは今ここにはいないし、アルシェとも面識がないのだから。


 それなのに何故、アルシェの口からキュアの名前が出て来るのだろう。

 彼女がどうかしたのだろうか。


「実はその……キュアさんがお兄様を騙して、誑かしているかもしれなくて……っ」

「は? え……?」

「な、何だってーッ!?」


 意を決して告げられたアルシェのその話に、ダークは眉を顰め、ファイは素っ頓狂な声を上げる。


 キュアがアルシェのお兄様を誑かす?

 何を言っているんだ? そんな事、キュアに出来るわけないだろう。


「あの、アルシェちゃん? 申し訳ないんだけど、それって何かの間違いじゃ……」

「待ってよ、ファイ。アルシェがこう言っているんだ。もしかしたらそういう事もあるかもしれないよ?」

「いや、でもキュアちゃんに限って、そんな器用な事が出来るとも思えないんだけど……」

「キュアさんは、誘惑の魔女に取り憑かれている可能性があるの」

「え?」

「誘惑の魔女?」


 聞き慣れないその言葉に、ファイとダークは再び揃って首を傾げる。


 そんな二人の反応に不安そうにしながらも、アルシェはおずおずと言葉を続けた。


「こんな話、信じてもらえないんじゃないかと思って、話そうかどうしようかすごく迷ったんだけど……。でもキュアさんはみんなにとって大切な人だろうから。だからその……聞いてもらえる?」

「あ、ああ、当たり前だろ! 聞く! 聞くさ! 聞くに決まっている!」

「そうだよ、アルシェちゃん! もちろんだよ! さ、座って!」

「……ありがとう」


 不安そうに二人を見上げれば、彼らはその話を聞くと頷き、椅子を持って来て座るようにと促してくれる。


 そんな二人に礼を述べると、アルシェは二人に向かい合う形で、大人しく椅子に腰を下ろした。


「最近、お兄様……シャサールっていうんだけど、お兄様の様子がおかしくなったの」

「おかしくなったって?」

「お兄様はとても真面目で、優しくて、城のみんなからも好かれるような、自慢のお兄様なの。私の事もとても大事にしてくれるし、城のみんなもお兄様に絶対的な信頼を置いて、頼りにしているの」

「素晴らしいお兄様なんだね」

「ええ。でもその兄が、最近突然変わってしまったの。お金遣いが荒くなったかと思えば、仕事もよく放り出して、出掛けるようになった。あんなに穏やかだった性格も突然荒くなり、気に入らない事があれば、誰が相手だろうとすぐに手を挙げて怒鳴り散らすようになってしまったんだけど……。その原因は、どうやらお兄様に近付いたエルフの女性にあるみたいなの」

「もしかして、そのエルフ女性っていうのが……」

「キュアちゃんってわけかい?」

「ええ。リビングに飾ってあった写真を見て驚いたわ。だってお兄様が部屋に連れ込んでいたエルフと、同じエルフだったんだもの」

「部屋に連れ込んでいたぁ!? そ、それってお兄様がキュアちゃんに良からぬ事を……っ!」

「いや、この場合は、キュアがお兄様に良からぬ事をしたんじゃないかな?」

「そんなのどっちでも良いよ! それで、キュアちゃんはお兄様と何をしていたんだい!?」

「それは私の口からは言えないけれど……」

「あああああ、家の子が人様のお兄様に何てご迷惑を……っ! 死んでお詫びを……っ!」


 恥ずかしそうに頬を赤く染めるアルシェに、ファイがどこからか包丁を取り出せば、ダークがとにかく最後まで話を聞こうと、ファイを宥める。


 そしてダークが話を続けるようにとアルシェを促せば、アルシェは暗い表情を浮かべたまま更に話を続けた。


「お兄様はキュアさんに会うために、仕事をサボるようになった。彼女が高価なドレスや宝石を欲しがるから、お兄様のお金遣いが荒くなった。みんなはキュアさんから離れるようにとお兄様に忠告したけれど、彼女に惚れこんでいるお兄様は聞く耳を持たないばかりか、彼女を侮辱するヤツは許さないと怒鳴り声を上げて、忠告してくれた人達に暴力を振るったの。私も、何度怒鳴られて、殴られた事か……」


 自分自身を抱き締め、ブルリと体を震わせてから、アルシェは辛そうに瞳を揺るがせる。


 そうしてから、信じられないと言葉を失うファイとダークを交互に見つめながら、アルシェはどこか寂しそうな笑みを浮かべた。


「私ね、少しだけ不思議な力があるの」

「え?」

「不思議な力?」

「ええ。悪しき者を見抜ける力と、それを浄化する力よ」


 本当は言いたくなかった。

 何わけの分からない事を言っているんだとバカにされる事もあったし、逆に人の身でありながらそんな力があるなんて気持ち悪いと、距離を取られる事もあったから。


「でも……それでも二人はこうして真剣に話を聞いてくれているから、だから勇気を出して話すね」


 と、そう前置きをするアルシェの話に、ファイとダークは黙って耳を傾ける。


 そんな二人を交互に見つめ続けながら、アルシェは更に話を続けた。


「お兄様と一緒にいた人……キュアさんに悪い影が見えたの。あれはおそらく誘惑の魔女。その悪い魔女が、キュアさんに取り憑いているの」

「キュアちゃんに悪い魔女が……?」

「アルシェ、その誘惑の魔女っていうのは何者なの?」

「人に……特に異性に取り入るのが得意な魔女よ。その能力で異性を虜にし、自分の都合の良いように操るの。そして彼女の目的は、この国の王の座を手に入れ、ゆくゆくはこの国、ひいては世界を手に入れる事。そのために、魔女はスノウ姫と協力をしているの」

「えっ、じゃあスノウ姫は、その魔女の仲間だって言うのかい?」

「ええ。だからこそ、スノウ姫は邪魔なヤミィヒール女王陛下を殺した。女王がいる内は、王位の座を得られないから。そして私が姫の正体に勘付いている事を知った姫は、私を真犯人に仕立て上げ、排除しようとしているの」

「そんな! あのスノウ姫がそんな事を企んでいるなんて!」

「人は見掛けに寄らないね」

「魔女がキュアさんに取り憑いたのは、おそらくキュアさんが取り憑きやすい体質だったから。魔女はキュアさんの体を使って、まずはお兄様を取り込み、更には城の騎士や兵士達をも取り込むつもりなの。女王の座に就き、この国を手に入れた後、更には世界を支配下に置くべく、他国に攻め込むために!」

「そんな、信じられない……」

「ええ、そうでしょうね。でも残念な事に、これは夢物語じゃない、全て現実の話。みんなが姫や魔女の企みに気付いた時にはもう遅いの。だってその頃にはきっと、既に誘惑の魔女の手に全ての世界が落ちているのだろうから」

「……」

「だから魔女から世界を救うには、今しかないの!」


 そこで一度言葉を切ると、アルシェは祈るようにして両手を組み、震えながら懇願の眼差しを二人へと向けた。


「お願い、ファイ、ダーク! 手遅れになる前に、私と一緒に戦って!」


 他の人と同じように、二人にもバカにされるかもしれない。

 気持ち悪いと、手を払われるかもしれない。


 そんなアルシェの怯えが、彼女の組んだ両手や、向けられる瞳からひしひしと伝わって来る。


 それなのにその必死に縋ろうとする手をどうして振り払えようか。

 だって彼女の揺れる瞳が、全てを物語っているじゃないか。


 どうか信じて欲しい、これは全て本当の話なのだ、と。


 頼れるのは自分達しかいないのだ、と。


(まあ、全部嘘なんですけどね)


 絶対に騙されている目でこちらを見つめて来る二人に、アルシェは心の中で、ププーッと吹き出す。


 しかし当然アルシェの心の内など知らない二人は、あっさりと彼女を信じ、力強く首を縦に振った。


「もちろんだよ、アルシェちゃん! 僕も一緒に戦うよ!」

「オレも戦う! 一緒に誘惑の魔女を倒そう!」

「二人共、信じてくれる、の……?」

「そんなの当たり前じゃないか!」

「ああ、むしろ疑う方がどうかしている。オレ達はキミを信じるよ」

「ファイ、ダーク……っ、ありがとう!」


 二人の心強い返事に感極まった(ふりをした)アルシェは、椅子から立ち上がると勢いよく二人へと抱き着く。


 しかしすぐにハッと我に返ると、アルシェは慌てて二人から体を離した。


「ごっ、ごめんなさい、ファイ、ダーク! 私ったら、何てはしたないマネを……っ!」

「い、いや、別に気にしないでくれ……」

「そうだよ! むしろ僕は大歓迎だよ!」

「ありがとう……話を最後まで聞いてもらえたのも、信じてもらえたのも初めてだから、つい嬉しくて……。本当にありがとう、ファイ、ダーク」


 嬉しそうにアルシェがはにかめば、ダークは尚の事頬を赤く染め、ファイは尚の事だらしなく目尻と口元を緩める。


 しかしその時だった。

 バタバタと足音がしたかと思えば、バンッと勢いよくキッチンの扉が開け放たれたのは。


「ファイ! 大変! 大変だよぉっ!」

「アース? 何? どうしたの?」


 勢いよく飛び込んで来たのは、オレンジのエルフことアース。

 これが他のエルフであったのなら、「煩い! 今、アルシェちゃんと良い雰囲気だったでしょうが!」と文句が出たところだが、可愛いアースならば仕方がない。

 一体どうしたんだとその理由を問えば、アースは顔面蒼白のままその理由を口にした。


「ウィングが倒れた!」

「……今度は何したの?」


 昨日はヒカリ、今日はウィングかよ、とファイは呆れたように聞き返す。


 するとアースは、泣きそうになりながらもその時の状況を口にした。


「さっきまでボクとヒカリは庭の掃除、ウィングはクマの世話をしていたんだけど、カラスの新聞屋さんが来て、これを置いて行ったんだ。そしたらこれを見たウィングが、音もなく倒れちゃったんだよ!」

「え、じゃあ、その新聞が原因なの?」

「たぶんそうだと思うんだけど、ボクは難しい字が読めないから。だからウィングを部屋に寝かせて来るから、これを持ってファイのところに行けって、ヒカリが……っ!」

「はあ、何? 何が書いてあるの?」


 今にも泣き出しそうなアースから新聞を受け取り、ファイはダークやアルシェと共にそれに目を落とす。


 そしてその記事を読んだ瞬間、ファイは驚愕に悲鳴を上げ、ダークはこれでもかというくらいに、大きく目を見開いた。


「なっ、何だってーっ!?」

「うるせぇな、朝から何なんだよ!?」

「何かあったのか?」


 その直後、半ば苛立ったミズと、訝しげに眉を顰めたライがキッチンへと入って来る。


 そんな彼らを振り返ると、ファイは目に入ったミズにその新聞を押し付けた。


「呑気に欠伸なんかしている場合じゃないよ! とにかくこれ! これ読んでッ!」

「あ? 何だよ?」


 欠伸なんかしてねぇし、とぼやきながらも、ミズはファイから新聞を受け取る。


 そして一面を飾っていたトップニュースに視線を落とした。


「えーと、何々? 『白雪姫脱獄。共犯者は城仕えの狩人と真実の鏡、そしてエルフの女』」

「……」


 その見出しだけでも、もう嫌な予感満載なのだが。


 それでもミズは、一応その続きも読む事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る