第17話 夜の森

 城のある城下町から離れ、暗い森の中へと逃げ込む。


 出掛ける時には日はまだ高く昇っていたが、今はもう日は沈んだ夜。

 それでもキュアにとってここは、勝手知ったる森の中だ。

 だからキュア一人であったのなら、夜道を普通に歩き、エルフの家に行く事も可能だっただろう。


 しかし今は、夜道、しかも森に不慣れなお姫様、スノウも一緒だ。

 彼女を連れての移動は危険を伴う。

 万が一の事を考えて、ここは下手に動かず、明るくなってから行動した方が無難だろう。


 自分達を追って来るだろう城の兵士達とて、森の中は不慣れだ。

 おそらく彼らも夜の森は警戒するハズ。

 それを踏まえて考えれば、逆に夜は安全という事だ。

 ならば余計に、今は下手に動く必要はない。


 そう判断したキュア達は、今日はこの場で一夜を過ごす事にした。


「……」


 パチパチと爆ぜる焚火を囲みながら、キュアは自身の左手をじっと見つめている。


 そんな彼女の考えている事はただ一つ。


 どうしよう。スノウの手、握っちゃった。


(何か、生温いはんぺんみたいだった……)


 誤解のないように記述するが、これはキュアにとっては誉め言葉である。


(連れ出す事に必死だったとはいえ、私ったら何て大それた事を……っ!)


 しかしそれに対しての後悔など微塵もない。

 逆にあの時の私、グッド・ジョブ。


「キュア。お前、絶対変な事考えているな?」

「むしろ、これで考えていない方がおかしいと思う」

「お前のその正直なところ、オレは割と好きだぞ」


 そんなキュアとカガミのどうでも良い話はさておき。


 シャサールは、その鋭い眼光をキュアへと向けた。


「当初の目的通り、スノウ姫を連れ出す事には成功した。それで、お前はこの後どうするつもりなんだ?」

「え? あ、えっと……」


 そうだ。今はスノウの手を握った事実にニヤニヤしている場合ではない。

 スノウを無理矢理連れ出してしまった以上、自分達は王族殺しの重罪人の逃亡を手助けした犯罪者だ。

 つまり、国から追われる身となってしまったのである。

 自分だけならまだしも、その手伝いをしてくれたカガミやシャサール、そしてスノウをいつまでも犯罪者にしておくわけにはいかない。

 早急にスノウの無実を証明し、アルシェが犯人である証拠を見付けなければならないのだ。


 さて、そのためにはどう動くべきか……。


(アニメのシナリオと、カガミの能力から、鍵を握るのはレオンライト王子とスノウ姫だ。二人が出会えば、必ず上手く行く。問題は、どうやって二人を出会わせるか、だけど……)


 前世で見たアニメの内容を思い出す。


 エルフの家で留守番中、スノウは訪ねて来た女王扮する老婆に騙されて、毒リンゴを食べて死んでしまう。

 しかし森の中にある花畑にスノウの遺体を横たわらせ、エルフ達が悲しんでいるところに王子がフラリとやって来て、キスによってスノウは生き返るのだ。

 そしてそれをきっかけに、二人は恋に落ちる事となる。


(女王がいなくなってしまったから、スノウ姫が死ぬイベントは発生しないかもしれないけど……でもどちらにせよ、王子はあの花畑にやって来るハズ。だからそれまで追手から逃げ延び、王子が来るタイミングで姫を花畑に行かせれば良いんだ)


 そして事情を話し、助けて欲しいとスノウからレオンライトに頼んでもらえば良い。

 これでおそらく上手く行くハズだ。


(後は上手く隠れられる場所と、王子が来るタイミングが分かれば良い。今、アニメではどの辺りなんだろう……?)


 レオンライトがやって来るのはいつなのか。

 それが分かれば、この先の計画が立てやすい。


 そう考えると、キュアはその視線をスノウへと移した。


「スノウ姫、レオンライト王子がこの国を訪れる予定はありますか?」

「いえ、そのような話は聞いた事がありません。少なくとも、数か月以内にそのような予定はないと思います」

「という事は、コイツの計画を実行するためには、こちらから直接王子に会いに行かなければならないという事か……」

「しかしシャサール。先程のカガミの話では、王子は間もなくこの国にやって来るとあったではありませんか。ですよね、カガミ?」

「はい、姫。レオンライト王子は、間もなくこの国にやって参ります。先程、この真実の瞳にはっきりとその光景が映りました」

「だったら、その間もなくと言うのは具体的にはいつなんだ?」

「いくら真実の鏡族とはいえ、聞かれてもいない事柄については何も分かりません。なので求める答えが欲しいのであれば、そこはきちんと手順を踏んで質問して頂きたい」

「ちっ、面倒臭い鏡だな」


 心底怠そうに舌を打ってから。

 しかしそれでもシャサールは、律儀にカガミへと向き直った。


「カガミよ、カガミ。隣国のレオンライト王子が我が国を訪れるのはいつだ?」

「……。どうせ聞かれるんなら、姫かキュアが良かったんだが……。はい、レオンライト王子は、既にこの国に来ております」

「えっ、もう!?」

「待て、貴様っ! 今のはどういう意味だッ!?」

「はっ、しまった! つい、いらん事まで口にしてしまった!」

「予定もなくこの国に訪れているなんて……。もしかして、お忍び旅行か何かでしょうか?」


 キュアが驚愕の声を上げ、カガミがシャサールに締め上げられる中、スノウが困ったように眉を顰める。


 お忍びで来ているという事は、誰にも気付かれたくないという事だ。

 つまり、変装している可能性が高い。

 困った。一般人に紛れ込まれたら、誰が王子か分からなくなってしまうではないか。


「変装されていたらどうしましょう。私、すぐに王子だと気付ける自信がありません」

「いえ、それなら大丈夫なハズです。だって前世の記憶では、王子は王子様の格好で、白馬に乗って来んですから!」

「前世の記憶?」

「あ」


 思わず口から出たその情報に、スノウだけではなく、シャサールやカガミまでもが不審な目を向けて来る。


 ヤバイ。今、いらん事を口にしてしまった。

 これでは自分が転生者であり、この世界が前世ではアニメの世界として存在していた事を説明しなくては……、


「前世など信じているのか? お前、見た目通りのアホだな」

「キュアって意外とロマンチストなんですね」

「お前は変な詐欺師に高価な壺を買わされないよう、警戒するべきだな」


 ……しなくても良いようだ。


「ならばカガミ。どこに行けば王子に会える?」

「ですからシャサール様。真実を視るためには、きちんと手順を踏んで頂かないと」

「本っ当に面倒臭いな、貴様はッ!」

「あ、もしかしてキュア。あなたは、どこへ行けば王子に会えるか、お分かりなのではないですか?」

「もちろんです、姫。この森のもう少し奥へ行ったところに、私の住んでいるエルフの家があります。そのもう少し奥に花畑があるのですが、王子はそこにやって来ます……と、私の前世の記憶にあります」

「そうか、前世の記憶にあるんなら、そうなんだろうな」

「そうですね、前世の記憶にあるのなら、そうなんでしょうね」

「もしかして、誰もオレに聞かない感じですか?」


 どうやら手順を踏んで、いちいちカガミに質問するのが全員面倒臭かったらしい。

 ここからはキュアの前世とやらを手掛かりに、話を進めるようだ。


「エルフの近くにある花畑か。なら、エルフの家に身を潜めるのが一番良い。おい、そこで姫を匿ってもらえるように、家族に頼めないか?」

「家族ではないんだけど……」


 一応そこは否定してから、キュアは少しばかり考える仕草を見せる。


 彼らも鬼ではない。「スノウ姫を助けに行く」と言えば引き止められるだろうが、「もう助けて来ちゃった」と言って連れて行けば、さすがに彼女を追い出すような事はしないだろう。

 何て危険な事をしているんだ、と怒られるかもしれないが、それでも事情を説明し、匿ってくれるように頼み込めば、最終的には強力してくれるハズだ。

 全員、根は良いエルフ達なのだ。

 彼らに限って、「見捨てる」と言う選択肢は取らないだろう。


(いつ追手が来るかも分からない森に隠れているよりかは、エルフの家に行って、仲間に協力してもらった方が良いかもしれない)


 それにエルフ達は強い。

 ロクに魔法も使えない自分とは違い、彼らはみんな攻撃魔法を得意とするし、それぞれ剣や弓矢にも優れている。

 敵に回したら厄介だが、仲間として力を貸してくれるのなら、この上なく頼もしいエルフ達だ。

 ここはシャサールの言う通り、一度家に帰り、彼らに協力を求めるのが最善策だろう。


「分かった、家に行きましょう。みんなにも力を貸してもらえるように頼んでみます」

「気持ちは嬉しいのですが……しかし、本当に宜しいのですか? 私が行けば、キュアのご家族にも迷惑を掛ける事になってしまいますし……」

「ですから、家族じゃありません。ルームシェアしている仕事仲間みたいな関係で……」

「その点は問題ないでしょう。可愛くない妹は別ですが、可愛い妹の頼みを聞かない兄など存在しないのですから。例外なく、コイツの兄上様もきっと妹の頼みを聞いてくれるハズです」

「だから兄上様じゃないってば」


 聞いているのかいないのかは知らないが。

 でもこれ以上訂正するのは面倒なので、その件に関してはとりあえず放っておく事にした。


「とにかく、今日はもう休みましょう。休める時に休んでおかなければなりません。その代わり、明日朝イチでここを立ちます。おい、お前らもそれで良いな?」

「うん、良いよ」

「承知いたしました」


 色々あって疲れていたのだろう。

 シャサールの案に頷くと、カガミは大きく欠伸をする。


 するとシャサールが、ゆっくりと立ち上がってからスノウへと向き直った。


「いつでも野営が出来るよう、私は携帯型のテントを持ち歩いています。すぐに設置しますので、姫はそちらでお休み下さい」

「ありがとう、シャサール」


 スノウが素直に頷く声と、シャサールが少し離れた場所にテントを設置する音を聞きながら、キュアはそっと空を見上げる。


 先程まで月明りに照らされていたと思っていたのに。


 いつの間にいなくなっていたのだろうか。


 見上げた空には月の姿など見当たらなくて。


 その空は、いつの間にか暗い雲で覆われていた。

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