第16話 城からの脱獄
的確な推理だと、自負していた。
絶対にその罪を認めさせられると思っていた。
アルシェの生まれ故郷にある希少な砂糖。
その名称をシャサールが答えられなければ、アルシェの生まれ故郷に希少な砂糖nなど存在しない。故に、アルシェの話は全て嘘となる。
と、思っていたのに。
しかし名探偵顔負けのどや顔で
「浸っているところ申し訳ないんだが……オレとアルシェは本当の兄妹じゃないんだ」
「……?」
え?
「まだオレ達が幼い頃、親父がアルシェを孤児院から引き取って来たんだ。だからアルシェはオレの本当の妹じゃない。こう言い方はあまり好まないが、オレ達は赤の他人だ」
何だって?
「確かにお前の言う通り、オレの故郷にそんな砂糖は存在しない。だが、アルシェの故郷にはあるかもしれない」
「……え、じゃあアルシェの故郷にある希少な砂糖って何?」
「それは知らない。さすがのオレも、アルシェの故郷は知らないからな」
「あ、じゃあ私の今の推理って、間違っていたって事?」
「そうなるな」
困ったように頷かれた瞬間、キュアはカアッと顔を真っ赤に染めた。
「な、何よ、それならそうと最初に言ってよ! 絶対合っていると思って得意気に話しちゃったじゃない! 推しの前で何て恥欠かせるのよ! バカ! せめて途中で止めてよ!」
「いや、あまりにも気持ち良さそうに語っているモノだからつい……」
「ヤバイ、恥ずかしくて泣きそう」
「す、すまない……」
真っ赤な顔を両手で覆って蹲ってしまったキュアに、さすがのシャサールも思わず謝罪の言葉を述べた。
(せめて、「私はこう思うんだけど、どうでしょうか」とか、もっとこう低姿勢で言えば良かった!)
それなのに間違った推理を、スノウ姫の前で堂々と語ってしまうなんて! ヤバイ、恥ずかしい! 死にたい!
と、さっきの自分を思い出しながら激しく後悔するキュアであったが、今はそんな事をしている場合ではない。
だってここで自分が死ねば、スノウを救う事は出来なくなってしまうのだから。
ここは今の大失態は全部なかった事にして、スノウを助ける事を優先させるべきだろう。
そう思い直すと、キュアはとにかくここから出ようと、勢いよく立ち上がった。
「と、とにかく、スノウ姫! 今は何も考えず、早くここから出ましょう! だって姫は悪い事は何もしていないんですから! それを外の兵士や偉い人に述べて、早く解放してもらいましょう!」
中々妹の罪を認めようとしないシャサールや、今の自分の恥はさておき、キュアはスノウにここから出るようにと促す。
もちろんスノウを連れて力づくで逃げる事も可能だが、それをやるとスノウは脱獄犯になってしまう。
スノウを脱獄犯にしてしまうのは心苦しい。出来れば兵士や偉い人と交渉し、平和的に開放してもらいたい。
しかしそう願うキュアに反して、スノウは悲しそうに首を横に振ってそれを拒否した。
「残念ですが、それは出来ません」
「えっ? だってスノウ姫様はやっていないんですよね? それならその旨を説明すれば解放、そうでなくとも裁判くらいには出来るのではないですか?」
「そうですね、大抵の場合は弁護人が付き、容疑者の言い分も少しは聞いてもらえます。ですが、とある場合は裁判にはならず、刑が確定します。あなたも、学校でそう習いませんでしたか?」
「学校?」
その言葉に、キュアは首を傾げながらも必死に現世の記憶を辿る。
前世とは違い、この世界の義務教育は六年間だ。
だからキュアも、十才からの六年間はエルフの村にある小さな学校で、ファイ達と共に勉強に励んでいた……のだが、前世の記憶が甦り、もしかしてスノウを巡る女王との戦いに参加する可能性があると気付いてからは、そんな事よりも己の戦闘能力を上げる事に必死だったため、学校で何を習ったかなんて、どう頑張っても思い出せない。
「真実の鏡族が証言した場合ですよ」
「え?」
覚えていないと判断したのだろう。
うんうんと考え込むキュアに、スノウはそう教えてくれた。
「真実の鏡族が証言した場合は、裁判が行われる事なく、それが真実として扱われ、刑が確定します」
「は……っ!?」
何だそれ、初耳だぞ、とキュアは驚愕に目を見開く。
そしてそれを確認するようにしてカガミへと視線を移せば、カガミは申し訳なさそうに視線を下へと落とした。
「真実の鏡族が、希少種だという話はしたな? だから人身売買などの危険があるなどという理由から、自分が真実の鏡族だと公言している者は少ない。オレのように誰かに仕えている者は身の安全が保障されているから、真実の鏡族である事を公言してるのだが、その力を主のため以外に使う事はほとんどないのだ。だから真実の鏡族が、事件の真相を証言する事自体が、あまりない事なんだが……」
そう前置きをしてから。
カガミは更に続けた。
「オレ達真実の鏡族は、聞かれた事に対しての真実を、この両目にある水晶体に映して視る事の出来る、希少な種族だ。だからオレ達の語る事は全て真実であると判断され、裁判などは行われない。オレ達の証言だけで、法に基づいて刑が確定する」
「今回の事件は、私が犯人であると、真実の鏡族であるカガミが証言しました。もちろん私も反論しましたが、いくら王族であろうとも、真実の鏡族の証言の前では無意味。私の言い分は全て嘘であると判断され、問答無用でここに閉じ込められてしまいました。私の犯した罪は、王族殺しの重罪。刑は死刑が確定しています」
「やっぱりカガミは、後でシャサールに殺してもらおう」
「えっ!?」
スノウがこんな目に遭っているのは、全てカガミのせい。
そう判断したキュアが思わず本音を呟けば、カガミがギョッとして驚いた目を向ける。
しかし今はカガミに恨みつらみを言っている場合ではない。
今はスノウを助ける事を優先しなければならないのだ。
カガミにとやかく言うのは後にしようと思う。
「でも、その証言は嘘なんですよね? なら、カガミがもう一度本当の事を証言すれば良いのではないですか?」
「いいえ、それはいけません。特殊な能力を持った真実の鏡族であるからこそ、重大な事件での嘘の証言は禁止されています。それを破った事が知れてしまえば、今度はカガミの方が罰せられます。それこそ、死罪は免れないでしょう」
「ですが、カガミはアルシェに脅されて嘘の供述をしています。これは本人の意志ではないハズです。それを訴えれば、少しは罪が軽くなるのではありませんか?」
「いいえ、おそらくそれも無駄でしょう」
しかしキュアのその提案にも、スノウは駄目だと首を横に振る。
一体何故とキュアが眉を顰めれば、スノウは悲しそうにその理由を口にした。
「証拠がないからです。いくらカガミが脅されたと主張しても、アルシェがそれを認めない限り、おそらくカガミの話は信じてもらえません。砂糖の件だってそうです。いくらこちらが追及したとしても、アルシェに「知らない」、「そんなモノを渡した覚えはない」と言われてしまえばそれまでです」
「でも、カガミは真実の鏡族です。話の信憑性は、アルシェよりもカガミの方にあるのではないですか?」
「脅されていたとはいえ、カガミは一度嘘を吐きました。それが分かれば、カガミがする証言に、絶対的な信頼性はなくなります。また、私達に脅されて嘘を吐いていると思われるかもしれませんし、特殊な力を持っていようとも、気分次第で適当な事を言う人物だと思われてしまうかもしれません。そう思われれば、カガミよりもアルシェの話を信じる人の方が多くなってしまうでしょう。今更カガミが真実を証言してくれたところで、おそらく刑は覆せません」
「それなら、やっぱり力づくでここから逃げましょう。そうですよ、元々そのつもりで来たんですから。話しても無駄なら、強行突破です。今すぐここから逃げましょう!」
「ありがとう」
くすりと、スノウはその口元に柔らかな笑みを浮かべる。
しかしそれでもと、スノウは首を横に振った。
「私を信じ、救おうとしてくれているあなたの気持ちは嬉しいわ。けど、だからこそ私は逃げません。逃げればあなた方を巻き込んでしまうから。私が逃げれば、国は私を逃がすまいと、私を追い掛けて来るでしょう。それにあなた方を巻き込むわけにはいきません。罪人は、私一人で十分よ」
「心配には及びません。姫様、私には策があります!」
「策?」
それは何だと、スノウは訝しげに首を傾げる。
そんなスノウに対して、キュアは堂々とその策とやらを彼女へと伝えた。
「隣国のレオンライト王子殿下に、救援を求めるのです」
「レオンライト王子殿下に? どうして彼に? 確かに我が国と隣国は敵対しているわけではありませんが、だからと言って同盟を結んでいるわけでもありません。それに私も、王子殿下と懇意にしているわけでも、ましてや面識があるわけでもないのですよ。そんな彼に助けを求めたところで、上手く行くとは思えませんが……?」
「そ、それは、その……っ」
と、そこでキュアはグッと言葉を詰まらせる。
アニメの中で、レオンライトはスノウに一目惚れをする。
そして毒リンゴを喉に詰まらせてしまった彼女を助け、更にはスノウの命を狙う女王との戦いにも巻き込まれて行くのだ。
だから現世でも二人が出会えば、レオンライトはスノウに一目惚れするだろう。
そして事情を話せば、おそらく力を貸してくれるハズなのだ。
その確信はある。
だけど……、
(それをどうやって話す? 王子は姫に一目惚れするから大丈夫だって? でもそれで信じてもらえるの?)
いや、おそらくは信じてもらえないだろう。
だってスノウから見て、自分は見ず知らずの初対面なのだから。
その初対面に、「会った事もない王子様が、あなたに一目惚れして力を貸してくれるのです。だから安心して一緒に逃げましょう」と言われたところで、きっと誰も信じてくれない。少なくとも自分は信じない。どこぞの詐欺師かと疑うだろう。
「とっ、とにかく大丈夫です! レオンライト王子なら絶対に力を貸してくれますから! だから一緒に逃げましょう!」
「ごめんなさい。そんな上手く行くとも思えないような策に乗るわけにはいきません。私はここに残ります」
「うう……っ」
頑なに動こうとしないスノウに、キュアは己の無力さを痛感する。
絶対に上手く行くと分かっているのに、スノウを説得する事が出来ない。
ここで自分が諦めてしまえば、スノウの死は確定する事も分かっているのに、それでも言葉を並べて、彼女を動かす事が出来ない。
転生した身でありながら、自分は何て無力なんだろう。
これではこの世界に生を受けた意味がないじゃないか。
「キュアと言いましたね。私を信じ、助けようとしてくれてありがとう。カガミも。己の罪を悔い、謝罪に来てくれた事、感謝します。シャサールも、わざわざ会いに来てくれてありがとう。これからも国の発展のため、国に力を貸して下さいね」
「……っ!」
何も出来ない自分が悔しくて、思わずブワッと涙が溢れて来る。
そんな突然泣き出したキュアにも、スノウは優しく微笑んでくれた。
「優しい心を持っているあなた方だからこそ、私のために罪を背負ってはいけません。さあ、もう行って下さい。あちらの世界から、あなた方の幸せを祈っていますよ」
「……。キュア、残念だがもう行こう。姫の意志はきっと固い」
最期にスノウは、自分達を守ろうとしてくれている。
そんな彼女の想いに応えるためにも、自分達はここで引くべきだと、カガミがキュアの肩を叩いて促す。
しかしそれが逆に引き金になってしまったのだろう。
カガミがキュアの肩を叩いた直後、溢れていたキュアの涙が、更にドピュッと吹き出した。
「いやだああっ、行きたくないぃぃぃっ!」
「ええっ!?」
突然泣き喚き出したキュアに、カガミはあからさまに表情を歪める。
隣でドン引いているカガミであるが、しかしそんな彼には構う事なく、キュアはわんわんと泣き喚き続けた。
「こんな天使がこんなところで死んじゃうなんて絶対に嫌だあっ! 姫には生きてレオンライト王子と結婚してもらうのぉ! そのために絶対に一緒に逃げるんだから! そうじゃなきゃ、城の連中殺して私も死ぬぅ!」
「いや、迷惑!」
「あ、あの、キュア? あの、そんな泣かれても困るのですが……」
突然変な事を言い出したキュアに、スノウは半分引きながら困ったように狼狽える。
自分が死ねば、キュアは城の連中を殺してから死ぬらしいが、生き長らえたとしても、自分は見ず知らずの王子と結婚させられるらしい。
どっちにしたって地獄じゃないか。
しかしそんなキュアの暴走に終止符を打ったのは、意外にもシャサールの溜め息であった。
「どのようにして説き伏せるのかと思っていたが、喚き散らして同情を買おうとするなんて、その辺の赤子と一緒じゃないか。期待外れだな」
「煩い! 誰の妹のせいだと思ってんのよ!」
「少なくとも、オレの妹ではないな」
フン、と嘲るように鼻を鳴らしてから。
シャサールは役立たずのキュアを押し退けると、スノウの前にスッと跪いた。
「確認ですが姫。先程あなたは、「上手く行くとも思えないような策に乗る事は出来ない」とおっしゃいましたね。ではこの女の話す策が、上手く行くと確信が持てれば、我らと共に逃げて下さいますか?」
「え……?」
シャサールからのその問いに、スノウはポカンと目を丸くする。
確かに上手く行くとは思えないような策には乗らないと言った。
けれども逆に、それが上手く行く策だと確信が持てるのであれば?
それなら逆に、その策に乗らない理由はない。
「そうですね。彼女の策に上手く行く確信が持てるのであれば、私はここから逃げ、あなた方に頼る意味があります。その時は、あなた方とここから逃げる事を約束致しましょう」
コクリと首を縦に振るスノウに、シャサールはフッと強気な笑みを浮かべる。
そうしてから、シャサールはその視線をカガミへと移した。
「おい、真実の鏡族。お前に質問だ。嘘を吐けばこの場で射殺す。正直に答えろ」
「は、はいっ!」
その脅しに怯えながらも、カガミが了承するのを確認してから、シャサールは次いで彼にこう尋ねた。
「カガミよ、カガミ。スノウ姫が自身の無実を証明し、自由の身となるにはどうしたら良い?」
「はい、それは……」
必ず真実が視える瞳。
その特別な力を持った水晶に、答えが映し出される。
そしてその視えた答えを、カガミは正直に口にした。
「それは、ここから逃げる事です。そして間もなくやって来る隣国の王子、レオンライト王子に助けを求めるのです。彼はきっと、姫の力になってくれるでしょう。彼の力を借りる事が出来れば、姫は自由の身となる事が出来ます」
「っ!」
その答えに、キュアとスノウは揃って目を見開く。
そうか。カガミは聞かれた事に対して、真実を視る事が出来る真実の鏡族だ。
その上、この場で嘘を吐けば殺されてしまう彼は、本当の事を言っている可能性が高い。
そんな彼の言葉なら、スノウも納得してくれるハズだ。
カガミの出した答えに満足そうな笑みを浮かべると、シャサールは無言で部屋から出て行く。
するとすぐに、外から兵士達の声が聞こえて来た。
「あ、シャサール様。さっきの女性の喚き声は一体な……ぎゃあああああああッ!」
「なっ、何をなさるのですか、シャサ……ぎゃあああああああッ!」
「ひ、ひぃっ!」
「うわああああああああッ!」
そんな兵士達の悲鳴が消えた後に、シャサールがゆっくりと戻って来る。
そしてニッコリと、素敵な笑顔を見せた。
「これで、あなたがここにいる理由はなくなりました。さ、行きましょうか、姫」
「……」
「え、殺したの?」
無言で固まっているスノウに代わり、キュアが引きながらそう尋ねる。
するとシャサールはその表情から笑みを消し、フンと不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「お前だってこうやって邪魔者を排除し、姫を無理矢理連れ出すつもりでここに来たんだろう? お前にだけは責められる筋合いはない」
「わ、私は殺すつもりはなかったもの!」
「勘違いするな、誰も殺してなんかいない。死体を見せて姫にトラウマを植え付けるわけにはいかないからな。ちょっと殴って気絶させただけだ。その辺の配慮はちゃんとしている。お前と一緒にするな」
「わ、私だって配慮するもの!」
しかしそれでも邪魔者を排除して、姫を無理矢理連れ出そうと思っていた事は事実なので、キュアはそれ以上は何も言わない事にした。
「それよりも今の騒ぎを聞いて、もうすぐ人が集まって来るハズだ。死人を出さずに逃げるのであれば、チャンスは今しかない」
「確かに死人を出してしまえば、例え無実が証明されたとしても、そのために犠牲者を出したと批判が強くなる可能性がある。犠牲者はなるべく出さない方が無難だ。姫、キュア、今のうちにここから逃げましょう」
「うん!」
シャサールとカガミ、それぞれにそう促され、キュアは大きく頷きながら急いで立ち上がる。
そうだ、二人の言う通りだ。チャンスは今しかない。
自分の目指す未来のためには、ここから先に進まなければいけないのだから。
「スノウ姫、行きましょう」
「……」
その先に連れて行くために、キュアはスノウへと手を差し伸ばす。
まさかの展開に付いて行けず、ポカンとしていたスノウであったが、キュアに促された事で我に返ると、彼女はようやくその口元に笑みを浮かべた。
「カガミがそう言うのであれば、逃げないわけにはいきませんね」
そしてキュアの手を取ると、スノウはようやくその場から立ち上がった
「私の無実の証明に力を貸して下さる事、感謝致します。シャサール、カガミ、そしてキュア、ありがとう」
見張りが全員いなくなり、スノウがその気になってくれれば、逃げるなど容易い事だ。
スノウを連れたキュア達は暗闇に紛れ、城の敷地内から逃走する事に成功した。
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