第15話 城への潜入

 日も完全に落ちた頃、キュアはスノウ姫のいる城に到着した。


 スノウ姫を助けるために城に忍び込むなら、日が上る前の明け方が最適だと思うのだが、そう提案するキュアに、シャサールはそんな事をする必要はないと首を横に振った。


「城とは言うが、ここはオレの家のようなモノだぞ。それなのに何故、自分の家に囚われている姫と面会するのに、こっそりと忍び込まなければならないんだ? 意味が分からないな」


 呆れたようにそう溜め息を吐くと、シャサールはキュアとカガミを連れて堂々と正門へと向かった。


「お帰りなさいませ、シャサール様。あれ、カガミ? お前、何で生きてんの? シャサール様、カガミは森で処分するつもりだったのでは?」

「予定が変わった。処分はするが、それは今じゃない、後だ。余計な口出しをするな」

「はっ、申し訳ございません!」

「ところでシャサール様、そちらのエルフはどちら様ですか?」

「オレの客人だ」

「お客様? しかし今はお客様をお迎えするような状況では……」

「煩い。オレのやる事に文句でもあるのか?」

「めっ、滅相もございません! 差し出がましい真似、申し訳ございませんでした!」

「フン、分かれば良い。おい、行くぞ」

「……」


 門番二人に頭を下げられ謝罪されるという、何とも居心地の悪い迎え入れられ方をしてから、堂々と敷地内に足を踏み入れる。


 おとぎ話に出て来るような大きくて白い城に、手入れの行き届いた広い庭。

 こんな時でなければ楽しめただろう花畑を抜けた先にあるのは、木造の小さな小屋。

 何人かの見張りがいる事から、おそらくここにスノウが監禁されているのだろう。

 その小屋を守る見張りの兵士達にズカズカと近寄ると、シャサールはこれまた偉そうに兵士達に命じた。


「鍵を開けろ。スノウ姫様に用がある」

「は? しかしシャサール様、スノウ姫様との面会は、全面的に禁じられて……」

「あ? 開けろと言っているのが、分からないのか?」

「ひっ! で、ですが、百歩譲っても、外部の方をお入れするわけには……」

「そうか、それなら無理にとは言わん。その代わり貴様ら、これから三日間は背後に気を……」

「もっ、申し訳ございませんでした!」

「今すぐ開錠致しますッ!」


 逆らえばおそらく三日以内に殺されるだろう。


 シャサールの冷笑からその意味を読み取った兵士達は、慌てて扉の鍵を開ける。


 そんな一連のやり取りを眺めながら、キュアはドン引いていますと言わんばかりに口角を引き攣らせた。


「ねぇ、カガミ。シャサールって、いつもこうなの?」

「まあ、大抵は」

「あ、そう……」


 本当にいつもこんな感じなんだろう。

 カガミは特に何を言うわけでもなく、無表情で一連の流れを見つめている。


 それよりもこの人、シャサールに「後で処分する」と言われていたが、それについては反論しなくて良いのだろうか。


「おい、いつまでボサッとしているんだ! さっさと行くぞ!」

「え? あ、はいっ!」


 大声でシャサールに促され、キュアはハッとして我に返る。


 傍若無人なシャサールの態度ですっかり忘れていたが、この扉の向こうにはあのスノウ姫がいるのだ。


 前世ではテレビの中にいた大好きなお姫様。そして現世では雑誌の中で優しく微笑む憧れの人。

 そんな一方的に愛でているだけだった彼女の瞳に、その他大勢のオタクであり国民でもある自分が、一個人として映るのだ。


 ヤバイ。ようやく気付いたその事実に、今更ながらに緊張して来た。


「どうしたキュア? 何をしている?」

「耳たぶを揉むと緊張が解けると言う言い伝えが前世にあって……っ」

「エルフには面白い都市伝説があるんだな」

「貴様、このオレが一肌脱いでやっていると言うのに、いつまで遊んでいるんだ! さっさと付いて来い!」

「はいっ、ごめんなさいっ!」


 突然必死に耳たぶを揉みだすというふざけた行動に、シャサールが怒鳴り声を上げれば、今のは自分が悪かった、とキュアは素直に謝罪をする。


 シャサールとカガミに続いて小屋へと足を踏み入れれば、中にあったのは普通の家のような造り。

 玄関にトイレに浴室……キッチンはないようだが、なるほど、生活には困らないようにと、一通りの設備が整っているらしい。


 小さなその家の中に、今のところ人気はない。

 どうやら見張りは家の中にまではいないようだ。


 そして一番奥にある部屋、おそらく寝室だろうその部屋の扉をノックする。


 聞こえて来たのは、「どうぞ」と言う女性の声。


 緊張と言う緊張が、一気に全身に広がった。


「失礼します」


 そう声を掛けてから、シャサールがその部屋の扉を開ける。


 その直後、目に飛び込んで来たのは、ソファに座っている一人の女性の姿。


 カラスの濡れた羽のような、美しい黒のセミロングヘアーに、その美しい髪に飾られている大きな赤いリボン。

 ゆっくりとこちらに向けられるのは、サファイア色の澄んだ瞳に、雪のように白い肌と、血のように赤い唇。


 間違いない。彼女こそがこの物語のヒロイン、白雪姫様ことスノウ姫様である。


「うわっ、心臓止まるかと思った」

「何で?」


 思わず口にしてしまった本音に、カガミから怪訝な目を向けられる。


 あまりの美しさに思わず出てしまった言葉だが、幸いにもスノウには聞こえなかったらしい。

 スノウは悲しそうな目をこちらに向けながら、やはり悲しそうにゆっくりと口を開いた。


「シャサール、それにカガミも。今更、私に何かご用ですか?」


 諦めを含んだ悲しい声。

 それにギュッと心臓が握られたような気がしたのは、おそらく自分だけではないハズだ。

 カガミはもちろんの事、あの横暴なシャサールでさえも、返す言葉が見付からずに押し黙っている。


 そんな二人に溜め息を吐くと、スノウはその視線をキュアへと移した。


「お客様ですか?」


 スノウがそう尋ねれば、シャサールとカガミの視線もまたキュアの方へと向けられる。


 憧れのスノウの瞳に映っている事、そして失敗すれば彼女の命はないと言う緊張が、一気にキュアへと圧し掛かる。


 しかし、ここでずっと緊張に固まっているわけにはいかない。

 自分が動かなければスノウは処刑され、死んでしまうのだから。


 そんな事はさせない。

 スノウをレオンライトと結婚させ、前世通りのハッピーエンドへと導く。

 そのために自分はここへ来たのだから。

 こんな、押し潰されそうな緊張になんか負けるわけにはいかない。

 この世界に転生した自分の使命、必ずややり遂げてみせる。


 喉から心臓が飛び出しそうになるのを、息を飲み込む事によって堪えると、キュアはスノウの前に歩み出て、その場にそっと跪いた。


「初めまして、スノウ姫様。私はエルフ族のキュアと申します。本日はスノウ姫様にお願いがあって参上致しました」

「私に? 申し訳ないのですが、私にはもう何の力も……」

「単刀直入に申し上げます。スノウ姫様、どうか私と一緒にここから逃げて下さい!」

「は……?」


 その『お願い』は、スノウにとっては予想外のモノだったのだろう。

 思いも寄らぬ申し出に、スノウは姫らしからぬ間の抜けた声を上げる。


 一度下げた頭をそっと上げれば、声の通りにポカンとしているスノウの顔が目に入った。


「これでも私は、自分の腕にはそれなりに自身があります。クマ三匹くらいなら素手でも倒せます。それ故、数人の兵士に行く手を阻まれても、姫を逃がす自信があります。ですからどうか、私と一緒にここから逃げて下さい!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 一緒に逃げるとは、一体どういう事ですか!?」

「そのまんまの意味です。姫が無実である事は、真実の鏡族であるカガミから聞きました。姫が無実である以上、このまま処刑される日を黙って待つわけには参りません。一刻も早くここから逃げるべきです」

「カガミから話を? え、それって、カガミがあなたに真実を話した、と言う事ですか?」

「はい、偶然シャサールに討たれそうになっているところに遭遇し、カガミから真実を聞きました」

「討たれそうになっているところって……、ま、まさかあなた、シャサールからカガミを救ったのですか?」

「いえ? 救ったと言うよりかは、殺すのをちょっと待ってもらっていると言った方が正しいでしょうか?」

「……クマは三匹ではなくて、十匹くらいならイケるのではないでしょうか」

「?」

「いえ、何でもありません。お気になさらずに」

「?」


 キョトンと首を傾げるキュアにコホンと咳払いをすると、スノウはその視線をカガミへと移した。


「カガミ、どういう事か詳しく説明して頂けますか?」

「姫……っ!」


 名前を呼ばれるや否や、カガミはスノウの前に歩み出る。


 そしてキュアの隣で膝を着くと、頭を打ち付ける勢いで土下座した。


「誠に申し訳ございませんでした!」

「……」

「今更何を言っても言い訳にしかなりませんが、逆らえばシャサール様に殺されると脅され、嘘の供述をしてしまいました! そのせいで姫をこのような目に遭わせてしまった事、誠に申し訳なく思っております! 本当に、申し訳ございませんでした!」

「それでは、あなたは誰が本当の犯人か知っているのですね?」

「アルシェ様です。私はアルシェ様に脅され、嘘の供述をしました」

「シャサールは、それを知った上でここに?」

「私は……」


 その淀みのない青の瞳を真っ直ぐに向けられて、シャサールは反論の言葉を詰まらせてしまう。


 しかしそんな彼に代わるようにして、キュアがはっきりと言い切った。


「シャサールはまだアルシェが犯人ではないと信じています。しかしその上で、姫から話を聞く事を望んでいます」

「……」

「真実を明るみにするためにも、スノウ姫様の口から本当の事を語っては頂けないでしょうか」

「……そう、ですね」


 少しだけ考える素振りを見せてから、スノウはコクリと首を縦に振る。


 そうしてから、彼女は落ち着いた声でポツポツと言葉を紡いだ。


「真実の鏡族であるカガミがそう言うのであれば、それが真実なのでしょうし、私も彼女が真犯人であるとは思っています。しかし、私自身がその証拠を掴み、確信を持っているわけではありません。私がはっきりと断言出来るのは、私はやっていないという事だけです」

「ならば、やはりアルシェは犯人ではないという可能性もあるんじゃ……」

「ちょっと、今スノウ姫様がお話されている最中でしょ。余計な声発しないでよ」

「うぐっ」


 余計な横槍を入れようとするシャサールを、キュアがすかさず押し黙らせる。


 それによってシャサールが黙ったところで、スノウは更に話を続けた。


「お義母様との関係が上手く行っていないと悩む私に、アルシェは、お義母様の好きなアップルパイを作ってプレゼントしてみては、というアドバイスをしてくれました。それを良い案だと思った私は、その提案をしてくれたアルシェ以外を厨房から出し、アルシェに作り方を聞きながらアップルパイを作り、それをお義母様に差し上げました。そしてその後、それを口にしたお義母様は亡くなってしまったんです」


 アップルパイから毒物が検出されたため、私が疑われたんです、とスノウは続けた。


「その毒物をアルシェが入れたという可能性はないのですか?」

「どうでしょうか。アルシェは基本的に作り方を逐一教えてくれていただけで、私の作ったアップルパイには触れていませんから。ただ一つだけ、コックが用意してくれた物とは別に、アルシェが砂糖を用意してくれました。アルシェの故郷で採れる、希少な砂糖だそうです。私は彼女に感謝し、コックが用意してくれた物ではなく、アルシェがわざわざ用意してくれたその砂糖を使いました」


 もちろん確証があるわけではない。けれどもあそこに毒を入れられるのだとしたら、おそらくそれだったのではないかと、スノウは自身の考えを話した。


「という事は、やっぱりスノウ姫様は、女王陛下を殺していないという事ですね?」

「はい。最初に申し上げました通り、私はお義母様を殺してなどおりません。それだけはハッキリと断言出来ます」


 大きく頷くスノウに、キュアはホッと胸を撫で下ろす。

 良かった。姫の口から真実が聞けて、本当に良かった。


「どう、シャサール、これではっきりと分かったでしょう? スノウ姫様はやっていない。それともまだ姫を疑う気?」

「……」


 そう問うキュアに、シャサールはしばらくの間無言を返す。


 そうしてから、彼は小さく溜め息を吐き、フルフルと首を横に振った。


「確かに姫は犯人じゃないんだろう。姫が嘘を吐いているとは思えないしな。だが……」


 そこで一拍間を置いてから。

 シャサールは更に言葉を続けた。


「だからと言って、アルシェがやったという証拠にはならないだろう」

「あんたも諦めが悪いわね」


 本当は「くどい! いい加減にしろ!」と引っ叩いてやりたいところだが、ここは姫の御前だ。今は溜め息を吐くだけにしておく。


 しかしその代わりと言わんばかりに、キュアはギロリとシャサールを睨み付けた。


「じゃあ聞くけど、シャサールの故郷にある希少な砂糖って何?」

「は? 何だ、突然?」


 その問いに、シャサールは訝しげに首を傾げる。


 そんな彼の反応は予想済みだったのだろう。

 キュアは更に追及を続けた。


「希少な砂糖なんでしょ? 他の土地の人は知らなくても、あなた達の故郷の人は誰でも知っている砂糖があるんじゃない?」

「……」

「だからその希少な砂糖とやらは何かって聞いてんの」

「……」

「でも、シャサールがそれを答えられないのであれば、そんな砂糖は存在しない。それはアルシェの嘘という事になる」

「……」

「そして、アルシェがそんな嘘を吐く理由はただ一つ。毒を砂糖だと偽り、スノウ姫に毒を混入させるため。つまり、女王陛下毒殺事件の犯人はアルシェ。違う?」

「……」


 反論をして来ないシャサールに、キュアは畳み掛けるようにして自身の推理を述べる。


 自分の推理が間違っているとは思えないし、それにシャサールが反論して来ないという事は、それが正しいという事なのだろう。

 これはもう犯人はアルシェで確定。シャサールもそれを認めざるを得ない。


 しかし名探偵顔負けのどや顔でそう言い切ったキュアに、シャサールは珍しくも申し訳なさそうに眉を顰めた。

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