第14話 エルフの調査②
客人が玄関にいたら、そりゃ不思議がるのも無理はない。
黒のエルフことダークもまた、例外ではなかったらしく、玄関に突っ立っていたアルシェに不思議そうに首を傾げていた。
「こんなところで、どうしたの?」
「ああ、えっと……ちょっと酔いを醒まそうと思って……」
まあ、前世でも現世でも、酔った事なんてないんだけど。
「それで外に出ようと? いや、それは止めた方が良いよ。外にはクマもいるし、何より追手が来ているかもしれない。ここから出るべきじゃないよ」
「あ、そ、そうね、ごめんなさい、軽率だったわ。止めてくれてありがとう。ダークって優しいのね」
「い、いや、そう言うわけじゃ……っ」
オレだけじゃなくって、みんなそう言うよ、と照れ臭そうに口籠るダークに、アルシェは小さな笑みを浮かべる。
そしてそっと歩み寄ると、ダークの胸板に倒れ込むように体を寄せた。
「ア、アルシェっ?」
「ごめんなさい、少し酔っていて……。酔い覚ましに、これからダークの部屋に行ってお話しても良いかしら?」
「えっ、お、オレの部屋で……っ!?」
アルシェとの甘い夜でも想像したのだろう。
ダークは驚いたようにビクリと体を震わせると、面白いくらいに上擦った声を上げる。
しかしブンブンと首を横に振ると、ダークは慌ててアルシェの体を引き剥がした。
「は、話ならここで聞くよ! 何っ?」
「……」
普通なら迷わず部屋に招き入れるだろうに。
どうやら黒のエルフは、意外にも小心者のようだ。
「ダークはキュアさんと寝た事あるの?」
「あっ!? あ、あああるわけないだろ!」
「そう……」
あの女狐の事だ。どうせエルフ全員と寝たんだろうと思っていたが、どうやらダークとは寝ていないらしい。
キュアとも自分とも寝ないだなんて。
やはりダークは小心者か、はたまたただの堅物か。
「その、キュアさんの事なんだけれど……」
「え?」
それでも話があるのは本当だ。
その話の礼に抱かせてやろうかと思ったが、本人が遠慮するのであれば別に良い。
必要な情報だけ取らせてもらおう。
「キュアさんってどんな人?」
「うん?」
「今、不在だって聞いて。だからどんな人なのかなって、気になっちゃって」
「ああ……」
アルシェを部屋に連れ込めなかった事に、安心したような残念そうな微妙な表情を浮かべてから。
ダークは考え込むような仕草を見せながら、その女の事を教えてくれた。
「どんなって言われても、その辺にいそうな普通の……いや、ちょっと変かも」
「変って?」
「早く王子と姫の子供を抱きたいって、よく言っている」
「王子と姫の……?」
どういう事だと、アルシェは眉を顰める。
王子、というのは隣国のレオンライト王子の事で間違いないだろう。
では、姫というのは誰の事だ?
普通に考えればスノウの事だろうが、それだとレオンライトとスノウの子供を抱きたいという意味になってしまう。
せっかくこの世界に転生したのに、二人の子供を抱きたいなんて、転生者が言うだろうか。
レオンライトとスノウの子供を抱いて何になる?
せっかくなら、好きなキャラと結婚し、そのキャラとの子供を産みたいと考えるのが普通だろう。
だとしたら……、
(まさかその姫って、自分の事を言っているわけ!?)
しかしそう考えた方が、しっくり来る。
(何て烏滸がましい女なの!?)
自分の事を姫と呼ぶならば、キュアはレオンライトと自分の子を抱きたいと言っている事になる。
つまり、キュアはこの国の姫の座を乗っ取り、レオンライトと結婚し、彼との間に子供を作るつもりなのだ。
(自分の事を姫と呼ぶだけでも図々しいのに! その上、エルフを食い漁り、最終的にはレオンライト様と結婚するですって!? 強欲にも程があるわ!)
この自分を差し置いてヒロイン気取りなんて許せない! 絶対に阻止してやる!
「ねぇ、ダーク。その、キュアさんって今どこにいるの?」
「え? どこに行ったかまでは分からないけれど……友達と旅行に行ったって聞いているよ」
「友達って……女の子?」
「だと思うけど……?」
「男の子って事はない?」
「それはないと思うけど……。オレ達以外に男友達がいるって話、聞いた事ないし……あれ? でもこの辺りにヒカリ以外の女友達がいるって話も聞いた事ないかも……」
おかしいな、と首を傾げるダークは、どうやら本当に知らないらしい。
使えない男だな。
(でもエルフを食い漁っただけでは飽き足りず、レオンライト様と子供を作る気でいる女よ? という事はもしかして……)
と、そこでアルシェはハッと気が付く。
アニメに登場するメインキャラ。
その中でキュアがまだ会っていないのは、狩人であるシャサールだけではないのか、と。
(もしかしてシャサールに会いに行ったんじゃないかしら。強欲女の事だもの。エルフとシャサール、アニメのメインキャラを全部食い漁ってから、レオンライト様と結婚する気なのよ!)
そうだ、きっとそうだ。
あの女、女友達と出掛けると嘘を吐いて、シャサールとの関係を持ちに行ったに違いない!
「ねぇ、ダーク。キュアさんは、スノウ姫様がヤミィヒール様を殺害した事件を知っているの?」
「え? ああ、知っているよ。それでショックを受けて、そのまま出て行ってしまったって、ファイが言っていたから」
なるほど。だったらこうだ。
キュアはこのままここでエルフ達とぬくぬく生活していれば、その内スノウがやって来ると思っていた。
そしてどうにかしてスノウからヒロインの座を奪い取り、シャサールやレオンライトとも出会い、彼らに守られながら魔女を倒し、最終的にはレオンライトと結婚し、彼との間に子供を作って王妃になろうと企んでいた。
しかし、アルシェがヤミィヒールを殺してしまった事で、キュアの計画に大きな狂いが生じ始めた。
そう、ヤミィヒールがいなければ、スノウはエルフの家にやって来ない。
スノウがエルフの家にやって来なければ、彼女からヒロインの座は奪えないし、シャサールやレオンライトと出会う事も出来ない。
そして、レオンライトと出会えなければ、キュアはレオンライトと結婚出来ないし、ましてや彼との間に子供を作る事も、王妃になる事さえも出来ないのだ。
だから事件を知ったキュアはかなり焦っただろう。
だって何もしなくともレオンライトと結婚出来たハズが、自ら行動を起こさなければ、王子と出会う事すら出来なくなってしまったのだから。
ならば彼女はどうしたか。
強欲な女の事だ。
レオンライトと結婚出来れば良いと言う考えには至らず、シャサールとも親密な関係になりたいと考えるハズだ。
だとすれば、彼女が向かった先は城。
間違いない。キュアはそこにいるシャサールと、何とかして親密な仲になろうとしているハズだ。
(あの女っ、私の物に手を出そうだなんてっ、何て烏滸がましい……っ、許してなるモノですか!)
ちなみに私の物というのは、言うまでもなくシャサールの事である。
「どうしたの、アルシェ? 具合い悪い?」
「!」
ふと、心配そうな声が聞こえ、ハッとして顔を上げる。
俯いたまま黙り込んでしまったアルシェを心配してくれたのだろう。
見上げたそこには、声の通り心配そうなダークの顔があった。
(そうよ、このままやられっぱなしでなるモノですか)
そっちが自分の物に手を出そうと言うのなら、こちらにも考えがある。
今現在、キュアの物となっているだろう、六人のエルフ達。
コイツらを、あの醜悪女から奪い取ってやるのだ。
(シャサールを手に入れたと思って帰って来たら、エルフが全員奪われていた……うふっ、きっとあの女、地団駄を踏んで悔しがるでしょうね)
まだ会った事はないが、地団駄を踏んで悔しがる、醜悪女のその醜態。
それを想像し、アルシェは心の中でほくそ笑む。
そして最後はレオンライトと自分が結婚するのだ。
何て素敵なシナリオなのだろうか。
「大丈夫よ、ダーク。心配してくれてありがとう」
「っ!」
そっと背伸びをして、彼の唇に触れるだけのキスを落とす。
ゆっくりと離れれば、目を見開いたまま固まるダークの姿があった。
「あなたと話せて良かった。おかげで大分落ち着いたわ。ありがとう」
「……」
「それじゃ、おやすみなさい、また明日」
ふわりと微笑んでから、アルシェはその場を後にする。
固まったまま動かないダークの表情は分からないが、きっと今頃は面白いくらいに真っ赤になっているのだろう。
小心者でも堅物でも可愛いじゃないか。
(エルフも狩人も王子も、ぜーんぶ私の物。あなたになんか、誰一人としてやらない。ここにいるエルフ、あなたが帰って来る頃には全員私の物にしといてやるわ)
今まで蝶よ花よと、ちやほやしてくれたエルフ達。
それらが全て奪われて、帰る場所がなくなっていたら、彼女はどれほど悔しがるだろうか。
(転生者は私一人で十分。邪魔者には早々に退場願おうかしら)
絶望に歪む醜悪女の顔を思い浮かべながら、アルシェはフッとその口角に邪悪な笑みを浮かべた。
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