第13話 エルフの調査①

 順調に事は進んでいた。ある一点を除いては。


 突然訪ねて来たアルシェを、エルフ達は割と好意的に迎えてくれた。


 一滴も涙は流れなかったものの、涙ながらに話す嘘の身の上話も親身になって聞いてくれたし、暖かな狭いお風呂や、安物の可愛い寝間着も用意してくれた。


 城とは比べ物にならない程、粗末なモノではあったが、それでもご馳走を用意してくれての歓迎パーティーも楽しかった。

 その上、彼らはアルシェが気兼ねなく寛げるようにと、彼女のための物置のような狭い部屋まで用意してくれたのだ。

 これでもエルフ達にとっては精一杯やっているのだろう。その辺は、まあ及第点をくれてやっても良いと思う。


 さて、そんな七人のエルフ達であったが、彼らにはとある弱点があった。それが、この警戒心のなさだ。

 もちろん、アルシェの持つ魅了の力に掛かっているせいもあるのだろうが、それにしたって警戒心のなさはトップクラスだと思う。


 歓迎パーティーを終えた後は解散となり、各自思い思いの時間を過ごす事になったのだが、そんな中、パーティーの後片付けのためにリビングに残ったメンバーがいた。


 それが、赤のエルフことファイ、青のエルフことミズ、オレンジのエルフことアース、そして黄色のエルフことライの四人である。


 彼らはパーティーの後片付けなど後回しにし、その場で座談会なるモノを始めたのだが、扉を少し開けたアルシェがこっそりと会話を盗み聞いているのにも気付かず、呑気に話をしている。

 これを警戒心がなさすぎと言わず、何と言おうか。


 しかしアルシェにとっては、彼らの警戒心のなさは好都合である。

 今後の展開のため、そして不可解な一点のためにちょっと話を聞かせてもらおうと思う。


「アルシェちゃんって可愛いよねぇ……柔らかい茶色のセミロングに、くりっとしたキレイな金色の瞳。守ってあげたくなるような、可愛らしい女の子! 僕、アルシェちゃんみたいな子、タイプだなぁ……」

「お前は誰でもタイプだろ」

「そんな事……っ、なくはないかもしれないけど……。でも、アルシェちゃんは本当にタイプなの!」

「でも、確かにアルシェって可愛いよね。その上優しいし! ボク、アルシェの事好きだなぁ!」


 フニャリとだらしなく表情を緩めるファイに、ミズが呆れたように溜め息を吐けば、アースがファイに同意するように「うんうん」と首を縦に振る。


 するとミズが、考え込むようにして眉間に皺を寄せた。


「確かに可愛いは可愛いけど……。でも、アルシェの言っていたスノウ姫の話、どう思う?」

「どうもこうも、アルシェに罪を擦り付けようとするなんて、スノウ姫最悪だよ! ボク、姫の事もう見損なったよ!」

「と言うか、何、その質問? まさかミズ、アルシェちゃんの話信じてないの?」

「いや、そうじゃなくってさ。何でスノウ姫がそんな事をしたんだろうって、純粋な疑問だよ。女王様を殺したのもそうだけど、女の子を追い回してまで、その罪を擦り付けようとしているんだろ? 一体どうしちまったんだろうな、スノウ姫。そんな事をするようなお姫様だったか?」

「虫の居所でも悪かったんじゃないの?」

「いや、さすがにそれはないでしょ。でも確かにミズの言う通りだよね。何でスノウ姫は、そんなトチ狂った事しちゃったんだろう? ねぇ、ライはどう思う?」


 ミズの疑問に頷くと、ファイはさっきから黙ったままのライへとそれを尋ねる。

 するとライは、何をそんなに疑問に思う事があるんだ、と呆れたように溜め息を吐いた。


「どうしたも何もないだろう。そもそもオレ達の知っているスノウ姫なんて、メディアに取り上げられている部分だけだ。表では清楚で優しいお姫様を演じているが、その本性はただの醜悪女だったとしても、何もおかしくはない。アースの言う通り、虫の居所の悪かったスノウ姫は怒りのままに女王様を殺してしまった。それが世間に知られ、マズイと思った醜悪姫は、その罪をアルシェに着せ、自分は無実であると国民に……」

「黙れ! スノウ姫の悪口止めろ!」

「いってぇ! 目潰しは止めろって言ってんだろうがッ!」

「黙れ、黙れ! これでも僕は、僕はまだ、スノウ姫とヤミィヒール様の事、まだ立ち直れてなくて……っ、う、ううっ、ぶわあああああんっ!!」

「ああ、もう! アルシェを庇うか、スノウ姫を庇うか、どっちかにしろッ!」

「ムリィっ! どっちも好きぃーっ!」

「もう、ファイ! 二股は良くないよ!」

「二股じゃないんだ! 誰でも大好きなだけなんだ!」

「とにかく、ボクはアルシェを信じるよ! ね、ミズ。絶対にスノウ姫からアルシェを守ってあげようねっ!」

「ああ、もちろんだ」


 そんな四人のやり取りに、アルシェは口元を緩ませる。


 やはりこの四人は、自分の事を微塵も疑ってなどいない。既に魔女の力に掛かりつつある。何かあれば、迷わず自分に手を貸してくれるだろう。


(やっぱり警戒するべきは、あの二人のようね)


 チッ、とアルシェは心の中で舌打ちをする。


 他の五人はすぐに魅了の力に掛かり、自分に優しく接してくれたのに。

 それなのに緑と白のエルフは魅了の力に掛からなかった。


 可愛い上に男性にモテる自分が同性に嫉妬され、嫌悪感を抱かれる事はよくある事なので、白のエルフが魅了の力に掛からないというのはまだ分かる。

 しかし分からないのは、男である緑のエルフが、魅了の力に掛からなかった事だ。


 魅了の力などなくても、魅力的な自分が、初対面の男子に嫌われる事などありえないと言うのに。それなのに何故、緑のエルフには魅了の力が効かなかったのか。


(他の五人は放っておいても大丈夫そうだけど……。どうやらあの二人は、警戒する必要があるようね)


 魅了の力に掛からず、敵になり得る人物は排除しなければならない。

 六人のエルフに奪い合われたかったが、そこは致し方ない。邪魔をされるよりはマシだ。我慢しよう。


(確か、拾って来たクマの世話をすると言っていたわね)


 それを思い出し、玄関へと向かう。


 クマは家の前にいるらしい。

 玄関の扉をそっと開ければ、そこに見えるのは、言った通りにクマの世話をしている、緑のエルフことウィング。

 そしてクマの背に寄り掛かるようにして蹲っている、白のエルフことヒカリの姿があった。


「ううっ、ヤミィヒールさまぁ……っ、どうして死んでしまわれたのですかぁ……っ!」

「うるせぇな……死んじまったモンは仕方ねぇだろ」

「はああああっ? 何ですか、その言い方は! 鬼畜! 心無し! 似非エルフ!」

「似非じゃねぇし。ちゃんとしたエルフだし」

「と言うか、何なんですか、このクマ! 何で気絶したウィングさんを、このクマが抱えて帰って来たんですか!」

「うるせぇな、色々あるんだよ」

「何なんですか、色々って! だいたいあなた、さっきの歓迎パーティーの時も、ずっと上の空だったじゃないですか! 何考えていたんですか!」

「それはお前だってそうだろ。ほぼほぼ無言だったじゃねぇか」

「私はヤミィヒール様の事を考えていたんです! だいたい何なんですか、歓迎パーティーって! 私、それどころじゃありませんでしたのに! 迷惑なんですよね、こんな時にフラフラとやって来られて! 私は最低でも一週間は寝込んでいたかったのに! それなのにファイさんに無理矢理どんちゃん騒ぎに引きずり出されて、本当に良い迷惑なんですよ! さっさと城に帰れば良いのに!」

「お前、それやったら、アイツ殺されちまうんだろ? さすがにそれは可哀想だろうが」

「どうですかねっ、その話も嘘か本当か分かりませんし! だいたい私の寝込んでいる時間を奪ったような人ですよ? そんな人の言う事なんか信じられなくて当然でしょう!」

「お前、それは八つ当たりも良いところじゃね?」

「じゃあ、何ですか、ウィングさんはあの人の話、信じるって言うんですか!」

「いや、そりゃ、あの子がそう言うんなら、そうなんじゃねぇの?」

「はっ、どいつもこいつも、軽率な輩め」

「何だよ、それ……」

「はあ、キュアさんがいたなら、きっと私に同意してくれますのに。と言うか、キュアさんもキュアさんですよ、私を置いて傷心旅行に行ってしまうなんて。私もこれから追い掛けたいなぁ……。ねぇ、ウィングさん、キュアさん、どちらに旅行に行かれたんですか?」

「っ!」


 その問いに、ウィングはビクリと肩を震わせる。


 そしてその動揺を、ヒカリが見逃すハズがなかった。


「さ、さあ……そこまでは聞いてないかなぁ……」

「……」


 明らかな嘘にキラリと目を光らせると、ヒカリはスッと立ち上がり、ゆっくりとウィングへと歩み寄って行った。


「ウィングさん、あなた何か隠していますね?」

「い、いや、隠してなんか……」

「ずっと上の空だったのも、キュアさんの事を考えていたからですか?」

「そ、そう言うわけじゃ……」

「何を隠しているんですか?」

「だ、だから何も隠してなんて……」


 ツカツカと歩み寄って来るヒカリから、ウィングはささっと視線を逸らす。


 そんなウィングの目の前で立ち止まると、ヒカリはもう一度キラリと目を光らせた。


「何かキュアさんに、黙っていろと言われた事がありますね?」

「そ、そそそそそんな事ないって……っ、」

「本当はキュアさん、誰とどこに行ったんですか?」

「だ、だからオンナトモダチと、ショウシンリョコウに行ったんだって!」

「ファイさんにバレると面倒臭いから、そう言えって言われたんですよね?」

「いっ、いいいいいいや、違う! 違う違うっ!」


 明らかに動揺し、瞳をあちらこちらへと忙しなく動かすウィングを、ヒカリはじっと見つめる。


 そして何かに気が付いたのか、ヒカリはハッとして「まさか」と声を上げた。


「もしかしてキュアさん、男の人と出掛けたんですか!」

「っ!!!」

「あ、その反応! やっぱり男の人ですね! そうでしょう!」

「い、いや、違う! オンナトモダチと! ショウシンリョコウに! 行きましたっ!」

「彼氏と旅行に行くなんて言ったら、ファイさんが烈火の如く怒り狂うのは目に見えていますもんね。だから女友達と旅行に行くと伝えて欲しいと、ウィングさんに頼んだんでしょう?」

「オンナトモダチと、オンナトモダチと……」

「ああ、ほら、やっぱりそうだ。やっぱり彼氏と旅行に出かけたんだ!」


 今のどこに確信要素があったのかは分からないが、ヒカリは一人でそう納得する。


 順調に事が進んでいるように見えたアルシェの物語。

 しかしその中で、一つだけ不安物質が出てきてしまった。

 それが、さっきからちょくちょく名前の出て来る、『キュア』という名の女エルフである。


 キュアの存在を知ったのは、エルフの家のリビングにあるテーブルに飾られていた写真であった。

 そこに写っていたのはアニメに登場していた赤、青、黄色、緑、オレンジ、白、黒の七人のエルフ達と、アニメには存在しなかった、桃色のエルフであった。


(一体何者なの?)


 アニメには存在しなかったハズの、八人目のエルフ、キュア。

 彼女は一体何者で、何故現世では存在しているのか。


 しかしそれを考えた時、答えは自ずと出て来た。


 最初はカガミのように、何かの擬人化かと思ったが、エルフ達の周りで擬人化出来そうな道具が思い付かなかったため、その可能性はすぐに否定された。


 となると、残る可能性は一つしかない。


 自分、『アルシェ』と同じように、本来であればこの世界には存在しない人物、つまり転生者である。


(どうして転生者が他にもいるのよ)


 ギリリと、アルシェは悔しげに奥歯を噛み締める。


 自分の他にも転生者が存在するだけでも気に入らないと言うのに。

 けれどもそれ以上に気に入らないのは、もう一人の転生者の方が、自分よりも恵まれた環境にいた事である。


 確かに容姿だけで見れば、自分の方が遥かに恵まれているだろう。

 しかしキュアとやらは、生まれた時から七人のエルフ達に囲まれていた。

 しかもその内の六人は男性だ。さぞかしちやほやされていたに違いない。


(その上、癒しの力を持っているですって? 何なのよ、それ、正にヒロインに相応しい能力じゃないのよ!)


 そして更に気に入らないのは、癒しの能力を持って生まれたにも関わらず、キュアがその力を使い熟せていない事だ。

 ファイ達の話では、掠り傷をちょっと塞ぐ程度の事しか出来ないらしい。

 優れた能力を持って生まれたクセに、大した事が出来ないのは、どう考えても本人の努力不足だ。

 どうせ六人のエルフ達を含む、周囲の男達と遊ぶのに一生懸命で、それ以外の事は何もやって来なかったに違いない。

 何て卑しい女狐なのだろうか。


(私がその女の立場だったら、一生懸命努力して、癒しの魔法を使い熟し、周りから崇められるような聖女になっていたと言うのに。それなのにそんな素晴らしい力を屑女なんかに与えるなんて、勿体ないったらありゃしない!)


 正に猫に小判、豚に真珠だと、アルシェは妬ましそうに舌を打つ。


 それに対して、自分なんてアニメにも登場しない『魅了の魔女』とやらの娘だ。

 その上、愛想を尽かされ孤児院に入れられた後は、両親が生きているのか死んでいるのかさえも分かりゃしない。


 確かに魅了の力とやらは使えるが、キュアのようにアニメのメインキャラに囲まれ、甘やかされて生きて来たわけじゃない。

 キュアが男達と楽しくやっている間、自分は城で働いていたのだ。

 好きでもないヤミィヒールやスノウと顔を合わせなければならない時も多かったし、握りたくもない弓を握らされた事もある。

 ……まあ、弓については、シャサールに泣き付いて、すぐに止めてしまったけれども。


(だって弓なんか使えなくったって、私の事は周りの人達やシャサールが守ってくれるもの。弓なんか使えるようになる必要ある?)


 でも、それは自分にある魅了の力を使っているからだ。

 癒しの力があるのにそれを使い熟せず、周りのエルフに頼り切っているキュアとはわけが違う。


(それにしてもそのキュアとやら、一体どこに行ったのかしら?)


 と、アルシェは眉を顰める。


 運良く八人目のエルフとして転生し、他のエルフ達にちやほやされて生きて来たキュア。

 しかし、彼女は今ここにはいない。

 ファイ達の話では友達と旅行に出かけたらしいが、ウィングの反応を見る限り、どうもそれは嘘らしい。

 更にヒカリの推理によると、キュアは男と出掛けているようだ。


 一体何故このタイミングで、キュアはエルフ達に嘘を吐き、男と出掛けているのだろうか。


「アルシェ?」

「!」


 ふと背後から名前を呼ばれ、振り返る。


 その先には黒のエルフこと、ダークの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る