第12話 宣戦布告

 母親は魔女だった。父親は普通の人間だったけど。


 母の通り名は『魅了の魔女』。

 その名の通り、話をしたり、傍にいたりするだけで他人を魅了し、虜にしてしまう能力を持つ。

 そしてそれは母に興味や好意を持つ者ほど掛かりやすく、母の周りには何人もの愛人がいた。


 最初は父も、それで良いと思っていたのだろう。まあそれは、父が母の力に魅了されていただけなのかもしれないが。

 とにかく母が父を蔑ろにし、他の愛人とばかり過ごす内に、父は母への愛が冷め(愛が冷めたのか、魅了の効果が切れたのかは知らないが)、私を置いてさっさと出て行ってしまったのだ。


 父が人間とは言え、私も母の血を引く魔女だ。そのせいで母の魅了に掛からなかったのか、浮気ばかりする母に嫌悪感を抱いていたから掛からなかったのかは知らないが、とにかく私は母の事が大嫌いだった。


 全く懐かない私に、母も愛想が尽きたのだろう。母は私を捨てた。

 まあ人として生きていけるように、孤児院に預けられただけマシだったのだろうけど。


 孤児院にいたのは、沢山の友達と、優しいシスター。

 そこでの生活は、『何も知らないアルシェ』にとっては、そこそこ幸せな生活だったのだろう。少なくとも、母と一緒に暮らしていた時よりは幸せだったハズだ。


 けれども『何も知らないアルシェ』の生活は、突然終わりを告げる。

 とある男性が養子を探していると言って孤児院を訪れ、私が養子として、その男の家に引き取られる事に決まったからだ。


 男には妻がいたが、その妻は事故で亡くなってしまったらしい。そして突然母親を亡くしてしまったせいで、息子が塞ぎ込んでばかりいると言う。

 動物を飼ってみたが、あまり効果はなく、ならば妹はどうだ、と男は息子の妹となり得る娘を探していたらしい。

 ならば妹はどうだ、という発想はどうかと思うが、そのおかげで私の人生は一変した。


 男に連れて行かれた家。そこで待っていた、塞ぎ込んでいる息子こそが、シャサールだったのである。


 彼の姿を見た瞬間、私に前世の記憶が甦った。


 この世界は前世で私が好きだったアニメ、『白雪姫と七人のエルフ達』の世界であると。

 目の前にいるのは狩人のシャサールで、これから狩人として女王に仕え、ゆくゆくはその女王との戦いに巻き込まれる運命にあるのだと。

 その女王は今は大人しく国を治めているが、後々白雪姫であるスノウの美貌に嫉妬し、彼女の命を狙うだけではなく、更には国を滅ぼさんとする、悪の魔女としての本性を現すのだと。

 そして何よりも、この世界には愛するレオンライト王子が実在しているのだと。


(いいえ、王子だけじゃないわ。このシャサールもそうだし、それに森には六人のエルフ達がいる……そうよ、私はみんなに愛されるために、この世界に生まれたのよ!)


 そう理解してから、私は頑張った。


 私の母は『魅了の魔女』だ。当然私にもその血が引き継がれている。


 孤児院での生活が、『何も知らないアルシェ』にとって幸せだったのは当たり前だ。

 だって母と同じように、話したり、傍にいたりするだけで、みんな私の虜になるのだから。先生や友達が私に優しくしてくれたり、ちやほやしてくれたりしたのは、この魅了の力が原因だったのだろう。

 中にはちやほやされる私が気に入らず、嫌がらせをしてくる女子がいたが、そいつらは男友達が虐めてくれたり、先生達によって罰を与えられたりしていた。

 そこまでやらなくても、と『何も知らないアルシェ』は思ったが、今、『全てを思い出したアルシェ』からしてみれば、それは当然の報いだったのだと思う。


 そう、私のこの魅了の力。実は万能ではない。

 私に嫌悪感を抱く者、もしくは私に一ミリも興味がない者には、全くと言って良い程に掛からないのだ。

 けれどもそれは大した問題ではない。

 だって自分に逆らうヤツらは、幼い頃の女子達と同じように、魅了に掛かった人間の手で排除すれば良いだけなのだから。


 兄、シャサールは私の事を愛してくれた。

 魅了の力に掛かっているせいもあるのだろうが、とにかく愛してくれた。だから私も兄を沢山愛し、最強の狩人へと育ててあげた。


 私を守りたい一心で鍛錬を積んだ兄は、遂には騎士隊長含めた全騎士や兵士よりも強くなった。

 そして力を手に入れた兄は、妹を一番に考えてくれる反面、その他の者には冷たく、傲慢で野蛮な性格になった。


 ヤミィヒールやスノウなど、例外はいるものの、力と権力を振り翳す兄に逆らえる者はほとんどいない。それに私の魅了に掛かり、私の言う事をよく聞く従者達も沢山出来た。

 もちろん、私の事を悪く言うヤツや、兄のやり方に異を唱える従者も何人かいたが、それらは予定通りに兄が全部処分してくれた。私に従っていればまだ生き長らえられただろうに。何ともバカな人間達である。


 だから私はこの魅了の能力、兄の力、そして前世の記憶があれば、全てが思い通りに行く、華やかな人生を送れると思っていたのだ。


 それなのに……。


 転生の神は本当にバカだ。頭も悪ければ腕も悪過ぎる。

 ただの出来損ない。虫けらからやり直すべきだ。


 だってそうだろう?

 私は魔女の子供だったのよ?

 それなのにどうしてあの女はエルフなの?


 こんな不公平あって良いと思う?

 その男は、私が長い年月を掛けてやっと手懐けたのに。

 それなのにエルフを手に入れておきながら、更には狩人まで根こそぎ奪おうだなんて許せない。


 ああ、そうか。その女は転生の神のお気に入りだったのか。

 だから自分よりも良い環境に生んでもらえたのか。


 だったらあの女から全てを奪ってやる。その上で私が全てを手に入れ、最終的にはレオンライト王子と結婚するんだ。


 そして転生の神にも、その女にも一矢報いてやる。


 覚悟しておけ。

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