第11話 もう一つの物語

 やった! この人生貰った! と、彼女はガッツポーズをした。

 だってここは前世で大好きだったアニメのキャラクター達が生きる、『白雪姫と七人のエルフ達』の世界だったのだから。


 転生したのがヒロインであるスノウ姫ではなくて、狩人の妹と言う謎の人物であった事については不満だが、それでもここは自分のよく知るアニメの世界。

 この先、何が起こるのか、自分はその全てを知っている。


 つまり、この世界で生きてさえいれば、物語は自分を中心に、好きなように書き換える事が可能なのだ。


 城での生活はまあまあ楽しめた。

 兄であるシャサールは自分を溺愛し、自分を守るためにとアニメ以上に強く、そして高い地位を手に入れてくれた。

 そのおかげでシャサールの名前を出せば、城の多くの者達は怯えて何でも言う事を聞いてくれた。

 まあ、その原因はシャサールの力だけではなく、自分の持つ力の影響もあるのだろうが、それについては後程触れようと思う。


 しかし運命とは中途半端だな、とアルシェは怒りを覚える。

 この世界に転生した事は百歩譲って良しとするが、スノウに成り代わっての転生でなかった事は、転生の神(いるのかどうかは不明だが)は想像以上に使えない。

 『白雪姫と七人のエルフ達』の世界に転生させるのであれば、ヒロインであるスノウに転生させるのが普通だろう。

 そんな事も分からないとは、転生の神とは、大分頭が悪いようだ。


 しかしまあ、この謎の新キャラ『アルシェ』でも、持って生まれたこの力と、アニメのシナリオさえ知っていれば、転生の神の力も全く使えないというわけではない。


 何故なら兄の名を使い、真実の鏡に「世界で一番美しいのはアルシェです」と言わせれば良いだけなのだから。

 そうすれば、女王の怒りを買って狩人に殺されそうになるのは、スノウではなくてこの『アルシェ』になる。

 けれども当然、妹を溺愛する狩人、シャサールは女王の命令を遂行する事が出来ず、泣く泣くアルシェを森へと逃がすだろう。

 森へと逃がされたアルシェは数日彷徨った後に、森に住む七人のエルフ達に匿われる事となる。

 そしてエルフ達と生活をする内に、アルシェはその居場所を突き止めた女王により、毒リンゴで殺されてしまうのだ。

 しかしその後、レオンライト王子と運命的な出会いを果たし、生き返った後、再度アルシェを殺しに来た女王からアルシェを守る戦いを得て、平和になった世界で王子と結婚する。


 つまり、女王の怒りを買うのが、スノウではなくアルシェになれば良い。そうする事によって、スノウにはなれずとも、ヒロインになる事は出来るのだから。


 それなのに……。


(ただ殺されるために生まれて来ただけの悪役如きが。私の邪魔をするなんて、何てムカつく女なの?)


 あの女。たかが悪役のクセに自分の計画の邪魔をした。

 悪役は悪役らしく、ヒロインの踏み台になっていれば良いのに。それ以外に存在意義などないクセに。


(世界一美しいのは私。それの何がおかしいわけ?)


 世界で一番美しいのはアルシェ。真実の鏡にそう言わせ、それを聞いた女王は大激怒。アルシェを殺せと狩人に命じる。

 シナリオ通りにそう動いてりゃ良いだけなのに。


 それなのにあの女、それはないと鼻でせせら笑い、その上そう断言した真実の鏡を「壊れた」と言って処分したのだ。


 ふざけんな、ババア。バカにしてんのか?


(まあ、でも別に良いか。あのババアのおかげで、邪魔なスノウは排除出来たんだし)


 レオンライト王子との結婚を狙うアルシェにとって、最も邪魔なのが前世のヒロインであるスノウであった。

 ヤミィヒールは悪役故、キャラクター達がアルシェを必死に守るというイベントに使えるが、前世で守られているだけであったスノウには、正直使い道がない。はっきり言って、いても邪魔なだけだ。

 これでスノウが階級の低いメイドであったのなら、兄に頼んで処分してもらう事が出来たのだが、さすがにお姫様となると兄にも手が出せない。


 しかし、ヤミィヒールが使えないゴミだったため、この案を思い付いた。

 存在意義のない悪役にはさっさと死んでもらい、その罪をスノウに被せる。

 そして真実の鏡を使い、邪魔者を投獄、更には真実を知る鏡も兄に言って処分させた。


 これでもう私の邪魔をする者はいない。

 今度こそ、この物語のヒロインはこの私、アルシェだ。


(女王に連れ去られた私をみんなが助けに来るっていうイベントはなくなっちゃったけど……まあ良いでしょう。それくらい我慢するわ)


 兄であるシャサールに可愛がられ、城の者達からもちやほやされるという、城での生活イベントは、まあまあ楽しめた。

 でもここから先には、もっと楽しいイベント、七人のエルフ達にちやほやされ、更にはレオンライトが迎えに来るという、最高のイベントが待っている。

 邪魔者達を片付けたところで、さっさと次のイベントに進もうと思う。


(女王とスノウがいなくなった事で、もしかしたらもっと楽しいイベントが発生するかもしれないし)


 フフッとほくそ笑みながら、アルシェは森の中を進む。


 本来であれば、ここは獰猛な動物が棲息する場所だ。

 前世のアニメでも、スノウは幾度となく野獣に襲われ、ボロボロになりながらも何とかエルフの家に辿り着き、彼らに匿ってもらっていた。


 しかし普通に考えて、そんな獣に襲われるなんて嫌だ。ヒロインである自分がここでヤツらに殺されるとは思わないが、それでも怪我をすれば痛いし、動物如きにボロボロにされるのも屈辱的で嫌だ。


 だからその獰猛な動物達は、事前にシャサールに頼んで始末してもらっている。

 万が一森に住んでいる危険な動物達が人里に下りて来て、城に攻め込んで来たら怖くて夜も眠れない、とシャサールに泣き付いたのだ。

 そしたら彼は、喜んで動物達を討伐してくれた。


 しかし森の動物達を殲滅した影響で、市場には出回らない肉が出て来たり、販売されている肉も物価が高騰したりして、一般市民には肉が手に入りにくくなってしまったらしい。

 肉が食べれなくなった、と愚民共は嘆いていたらしいが、ぶっちゃけそんな事はどうでも良い。

 だって城でちやほやされていた自分は、望めば肉だろうが何だろうが食べる事が出来たのだから。下界に住むモブ達の事なんか、知ったこっちゃない。


 さて、そうこうする内に、森にポツンと建つ一軒家が見えて来る。


 この家こそがアルシェの目的地。

 七人のエルフ達が住む家である。


(そう、ここから私の物語、第二章が始まるの)


 その逸る気持ちを抑えつつ、アルシェは服のところどころを破り裂き、なるべく汚い泥水に寝転がる事で服を汚し、それを顔や手足に擦り付ける事によって全身を泥まみれにする。


 そしてこれでもかと言うくらいに目を擦って赤くすると、アルシェは悲痛の表情を貼り付けてから、その家の扉を叩いた。


「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!? 開けて下さい! 助けて!」


 ドンドンと扉を叩いたところで、ようやく扉が開かれる。

 出て来たのは黒髪のエルフ、ダークであった。


「あの、何かご用ですか?」

「助けて! 追手に追われているの!」

「っ!?」


 出迎えてくれたダークの両手をキュッと握り、アルシェは赤くなった瞳でダークの瞳を真っ直ぐに見上げる。


 直後、ダークの頬が薄っすらと赤くなった。


「え、えっと、あの……?」

「追手に命を狙われているんです! どうか助けて下さい!」

「い、命をッ!?」


 まさかの申し出に、ダークは驚いたように目を白黒させる。


 すると家の奥から赤い髪のエルフ、ファイがひょっこりと顔を出した。


「誰だい、ダーク? 新聞の集金の人? 今、取り込み中だからそんなの後に……って、可愛い女の子!」


 女の子に目がないというのは、前世も現世も同じらしい。

 その上、アルシェのような可愛らしい少女であれば、それは尚更の事だろう。

 

 ひょっこりと顔を出したファイは、アルシェを見るなり、にこやかな笑みをその表情に浮かべた。


「えっ、誰っ、誰っ? ダークの知り合い? ……って、ボロボロじゃないか! どうしたんですか、お嬢さん! 何かあったんですか!?」


 にこやかな笑みから一変、ボロボロのアルシェに、ファイは表情を真っ青にしてその事情を尋ねて来る。


 何て使いやすい男なんだと、アルシェは心の中でほくそ笑む。


 そして「よくぞ聞いてくれました」という本心は心の中に隠しながら、アルシェはダークから離れ、全く濡れていない潤んだ瞳をファイへと向けた。


「スノウ姫様が女王陛下を殺害した事件は、ご存知でしょうか?」

「もちろんです! 今、僕達はその話題で持ち切りで……」

「実は私、スノウ姫様にその罪を被せられそうになっているんです!」

「なっ、何だってーッ!?」


 まさかの告白に、ファイとダークは揃って目を見開く。


 するとアルシェは、一滴の涙も零れない目を手で覆いながら、しくしくとその場で泣き出してしまった。


「スノウ姫様が女王陛下を殺したという情報は誤報。本当は私が殺した事にしようって、スノウ姫様が言い出して……それで私、怖くなって、お城から逃げ出して……。そしたら生死は問わないから捕まえろって命令が下って、兵士達に追いかけられて……っ、それで私、何とかここまで逃げて来たんですっ!」

「えっ、スノウ姫がそんな事を!? そんな、まさかスノウ姫がそんな事を言い出すなんて……」

「信じて頂けませんか?」

「もちろん、信じます!」


 ファイの手をそっと握り、懇願の目で見上げれば、ファイはあっさりと首を縦に振る。

 マジでチョロイ男である。


「追手に捕まれば、私は女王陛下殺しの罪で殺されてしまいます。お願いです、どうか匿っては頂けませんか?」

「もちろんだよ! ささっ、どうぞ、入って、入って! いやあ、それにしても大変だったね。でも僕達が守ってあげるからもう大丈夫。安心して良いよ。ねぇ、ダーク?」

「あ、ああ、もちろんだ……」


 快く招き入れてくれるファイと、頬を染めながら首を縦に振るダークに、アルシェは安堵の笑みを見せる。


 悪役が早々に退場した事で、アニメとは全く違うストーリーになるだろう。

 それは一体どんな物語を紡ぐのか。

 まだ見ぬイベントに、期待と興奮が止まらない。


 様々な恋愛を得て、最終的に結ばれるレオンライトとアルシェの物語。

 その名も、『アルシェと七人のエルフ達』。


 その物語の第二章が、今幕を開けた。

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