第10話 夢に向かって

 反応が遅ければ、その矢は確実にキュアを貫いていただろう。

 気に入らない事があれば、和解ではなく暴力で無理矢理解決しようとする暴君野郎。


 問答無用で矢を放って来た暴君野郎ことシャサールをギロリと睨み付けてやれば、シャサールは冷たい眼差しでキュアを見据えたまま、淡々と言葉を返して来た。


「話は終わったんだろう? だったら、その鏡を壊しても良いと思ってな」

「よく言う。今のは私を狙っていたクセに。腕も悪ければ嘘も下手くそね」


 嘲るようにハッと鼻を鳴らしてから。

 キュアは改めてシャサールを睨み付けた。


「私がスノウ姫を助けたら、困る事でもあるの?」

「これでもオレは城に仕える役人だ。罪人を脱獄させようとする悪人を野放しに出来るわけがないだろう」

「へぇ。先にスノウ姫を罪人に仕立て上げた悪人は、誰だったかしら?」

「貴様ッ! まだアルシェを愚弄するつもりか!」


 怒りと共に、シャサールの弓矢がキュアへと向けられる。


 そんな彼の目を油断なく睨み付けながら、キュアは怯む事なく言葉を続けた。


「……スノウ姫は、罪を認めたの?」

「何?」

「スノウ姫が捕えられた時、あなた傍にいたの? 姫は自分がやったって、そう言ったの?」

「それは……」


 その問いに、シャサールの瞳が動揺に揺れ動く。


 スノウが疑いを掛けられている時、自分もアルシェと共に彼女の近くにいた。


 まさか姫がこんな事をするなんて、と泣くアルシェと、スノウがやった、と淡々と断言するカガミ。


 信じられない、と城の兵士や従業員達が狼狽える中、兵士に捕らえられたスノウは、引き摺られるようにして城の離れへと連行されて行った。


 私じゃない、誰か信じて。


 そう、必死に訴えながら……。


「じゃあ、誰がやったと言うんだ」


 そっと、キュアに向けられていた弓矢が下ろされる。


 視線をも下へと落としたシャサールは、そのままポツポツと言葉を零した。


「姫じゃなければ、誰がやったと言うんだ? アルシェか? そんなわけがない。アイツはオレの可愛い妹なんだ。そんな事をするわけがない。姫を信じろと言うならば、オレは誰を疑えば良い? アルシェを疑い、アイツを女王殺しの犯人として差し出せと言うのか? そんな事、出来るわけがないだろう……っ!」

「……」


 握った拳を震わせるシャサールを、キュアは冷たく眺める。


 シャサールには悪いが、カガミが証言する通り、女王殺しの犯人はアルシェだ。それはきっと間違いない。


 だからシャサールに掛ける言葉は見付からない。


 認めたくない事実を突き付けるのも、下手な慰めの言葉も、今はきっと、彼を傷付けるだけの凶器になるだけだろうから。


「あなたがアルシェを諦めたくないように、私もスノウ姫を諦めたくない。スノウ姫が犯人なら仕方がないかもしれないけど、カガミの話を聞く限り、その可能性は限りなく低い」

「っ、その鏡が嘘を言っているかもしれないだろう!」

「それでも、私は姫から何も聞いていない。姫から話を聞くまでは、私は姫を諦められない。それは、あなたもそうなんじゃないの?」

「っ!」


 その問い掛けに、シャサールはビクリと肩を震わせる。


 あの時、震えるアルシェを守るのに必死だった。

 アルシェも加担したんじゃないかと疑う高官共を怒鳴り付け、何も知らないと言うアルシェの主張をカガミと一緒に押し通した。

 その甲斐あって、アルシェの疑いは晴れ、スノウの単独犯である事が決定し、彼女は捕えられた。


 シャサール、話を聞いて!


 助けを求めるのは、尊敬するたった一人の姫君。


 そんな彼女の声を、自分は……。


「アルシェはやっていない。アイツは犯人じゃない」


 ポツリと、シャサールが言葉を落とす。


 そうしてから、彼はその鋭い瞳を真っ直ぐにキュアへと向けた。


「スノウ姫から話を聞けば、それは証明されるのか?」

「……」


 そう信じたいのは彼の勝手。

 けれども真実はきっと彼を裏切る。

 だからその問いに首を縦に振る事は出来ない。

 下手な慰めは、彼を傷付けるだけなのだから。


「悪いけど、私はアルシェが犯人だと思っている。スノウ姫に話が聞きたいのは、彼女が無罪であると確信を得て、彼女を助けるため。私が助けたいのは、アルシェじゃない」

「そうか……」


 フッと自嘲するように鼻を鳴らしてから。

 シャサールはキュアへと向き直ると、今度は真剣な眼差しを彼女へと向け直した。


「一つだけ聞きたい。何故、危険を冒してまで姫を助けようとする? 姫の無罪を証明し、彼女を助ける事で、お前に何の得があるんだ?」

「得って……」


 真剣な眼差しを向けるシャサールの瞳を、キュアは真っ直ぐに見つめ返す。


 その理由は、カガミも気になるところだったのだろう。

 彼もまた静かに状況を見守る中、キュアはふわりと、柔らかな笑みを浮かべた。


「スノウ姫が好き。だから姫を助けたい。それ以外に理由がある?」

「……姫が好き?」

「そう。私、スノウ姫の結婚式に出て、姫の子供を抱きたいの。だから姫にこんなところで死なれるわけにはいかない。絶対に助け出して、幸せになってもらうんだから!」

「……」

(は? この人、姫と結婚して子供も作る気なのか?)

「……」

(ああ、だから庶民が国王になれるか、聞いていたのか……)


 あまりにもはっきりと言い切ったため、シャサールは呆然とし、カガミには色々と誤解が生まれたようだが。

 それでも程なくして「そうか」と納得したように呟くと、シャサールはフッと口元に笑みを浮かべた。


「ならばオレも協力しよう」

「え?」

「ただし、オレはアルシェの無実を証明するためにだ」

「はあ……?」


 まさかの申し出に、キュアはパチパチと目を瞬かせる。


 協力って……アルシェの無実を証明するため、スノウ姫を助ける協力をしてくれるのだろうか。


「オレはスノウ姫から話を聞き、アルシェの無実を再確認する。お前はスノウ姫を脱獄させる。ならば協力した方が効率が良い。姫を脱獄させた後の事は、オレは知らないけどな」

「はあ……」

「アルシェが姫に罪を着せたと思われるのも心外だ。姫を愛するお前には悪いが、姫の口からご自身の罪を認めてもらい、お前には現実を見てもらうぞ」

「いや、別に愛してはいないんだけど……」

「照れずとも良い。すぐに現実に気が付く」

「はあ……?」


 フフンと鼻を鳴らすシャサールに、キュアはコテンと首を傾げる。

 スノウ姫を愛しているのはレオンライト王子であって、自分ではない。それに、自分が当て馬役になるつもりもサラサラにないのだが……。


 まあ、いいか。深くは触れないでおこう。


「そうと決まれば、早速城に向かうぞ。そしてさっさとアルシェの無実を証明させてもらう」

「あ、ちょっと待って」

「何だ?」


 さっさと城に向かおうとするシャサールを、キュアがハッと思い出したようにして慌てて引き止める。


 さっきはつい勢いでスノウ姫を助ける、なんて言ってしまったが……。

 その前に一つ問題があったんだった。


(ファイに何て言おう……?)


 そう、問題とは、一緒に住んでいるエルフ達……特にファイの事だ。


 エルフのリーダーであるファイは、意外と心配性であり、説教臭いところがある。

 その上怒らせると、犬猿の仲であるミズ以外には手が付けられない程怒り狂うという、一言で言うならば、大変面倒臭い性格の持ち主なのだ。


 ヤミィヒールの件がショックで思わず飛び出してしまった、くらいなら許してくれるだろうが、このまま何も言わずにスノウ姫の救出に向かうのはちょっとマズイ。

 そんな事をすれば、おそらくファイは帰って来ないキュアを心配し、エルフ総出で夜通しキュアを探させるだろう。

 もちろん彼らに心配を掛けてしまうのは申し訳ないが、その後、家に帰って来たキュアに彼らは絶対にブチギレる。何も言わずにどこへ行っていた、どれだけ心配したと思っているんだ、と。

 もちろん、それだけの事をしているのだから、彼らに説教をされるのは仕方のない事なのだが、おそらくファイは説教だけでは済まない。

 エルフ達の説教が終わった後、リビングで正座をさせられ、ファイ独自の説教から始まり、反省文も書かされ、最終的には一か月は家から出してもらえなくなる。

 当然その一か月の間は、買い物以外の家事は全部させられる事になるだろう。


 そんなのは嫌だ。ファイを怒らせる事だけは、何とかして避けたい。


(でも正直に言ったところで、絶対に許してもらえないしなあ……)


 だったら一言告げてから行けば良いとも思うが、実はそれも難しい。

 正直に「スノウを助けて来ます」なんて言ったら、「そんな危ない事するなんて、何を考えているんだ!」と怒られるだろうし、「スノウを助けたいので協力して下さい」と言っても、「犯罪者なんて助けられるわけないだろ!」と断られるだろうし、「スノウ姫は無実です」と訴えても、「キミはそろそろ現実を見るべきだ」と呆れられるに決まっている。


 そうなると、バレなさそうな嘘を吐いて出掛けるしかないのだが……。


 さて、何と誤魔化してから出掛けようか。


「黙り込んでどうした?」

「何だ、今更怖気付いたのか?」

「いや、同居人に何て言って来ようかと思って……」

「同居人? ああ、家族の事か。そうだな、兄上に心配を掛けるのはよくないな」

「いや、兄上じゃなくって……」


 何故、兄上に限定するのだろうか。


 しかし、キュアがそれを否定しようとした時だった。


 タイミング良く、よく知った声に名前を呼ばれたのは。


「キュア?」


 その声に、キュアはハッとして振り返る。


 視線の先にいたのは、同居人の一人である緑のエルフことウィング。

 その手には、何故か先程キュアが見逃したクマ(気絶している)が引っ掴まれていた。


「あ、ウィング、丁度良いところに……って、そのクマに何してるのよ! まさか食べる気じゃないでしょうね!」

「食べる気はねぇけど……って、じゃあ、あんなところにこのクマ投げといたのお前かよ! 野生のクマは狩るの禁止のハズだろ? 間違えて狩ったとしても、投げっ放しにしておくなんて、何考えてんだよ。クマの不法投棄がバレたら、またファイやミズがうるせぇぞ」

「不法投棄じゃなくって、見逃してあげたの。そのクマには恩があるんだから」

「恩ん? クマに恩って何? つーか、何でその恩あるクマが伸びてんの?」

「とにかく食べるのも、捌くのも駄目だからね。ちゃんと自然に返してあげて!」

「だから食べる気は……って、はいはい、分かりましたよ。で、お前はここで何してんの?」

「ああ、そうだった!」


 そう問われたところで、キュアは本来の目的と、良い言い訳を思い付く。


 エルフの中で最も面倒……否、怒らせると怖いのはファイだ。それならばファイとさえ顔を合わせなければ良い。

 今ここでウィングに適当な言い訳をして、その言付けをファイにしてもらえば良いのではないだろうか。


「ウィングは、スノウ姫がヤミィヒール女王陛下を殺した事件、知ってる?」

「は? え、マジで? え、マジか!?」

「そうそう、マジなの。で、それでね、私、今すっごく落ち込んでいるの。だからこちらにいるお友達と一緒に、ちょっと傷心旅行に行って来るね」

「え……、えっ、男と!?」

「今から出立するので、家には寄らないつもりです。なので、その旨ファイにお伝え下さい。じゃ」

「いや、待て待て待て待て!」


 思わずクマから手を放すと、ウィングは旅立とうとするキュアの腕を慌てて掴む。


 そうしてから、彼はブンブンと激しく首を横に振った。


「お前、それはマズイって! 男と旅行は駄目だって!」

「そこは、女の子と行ったって言っておいてよ」

「嫌だよ! ファイにバレたら、オレまで怒られんだろ! どうしても行くっつーなら、自分で伝えてから行ってくれよ!」

「嫌よ! バレで許可が下りなかったら行けなくなるじゃない! だからウィングが伝えておいてよ。それなら無断外泊じゃなくなるし、万が一バレても外泊は出来るし、怒られる時はウィングも一緒だもん!」

「だからその万が一に、オレは巻き込まれたくねぇって言ってんだよ!」


 ギャンギャンと、双方譲らない言い争いが続く。

 

 するとそれを見兼ねたのか、シャサールがポンとウィングの肩を叩いて、その争いに割って入って来た。


「兄上様、お話中失礼致します。私は今し方彼女と知り合いました、シャサールと申します」

「え、兄……え?」

「職業は狩人。城仕えの者ですので、職は安定しております。決して怪しい者ではございません」

「え? あ、はい……」

「要らぬ心配をさせるわけには参りませんので、ここではっきりと言わせてもらいますが、私共はこれより城に幽閉されておりますスノウ姫様の救出に向かうつもりでございます」

「ああ、はい、救出……って、何ぃーッ!?」

「ですので、兄上様がご心配なさるような、男女のあれこれにはまだ手を出さないつもりですので、どうぞご安心下さい」

「あ、安心なんか出来るかーッ!」


 馬鹿正直にそう白状したシャサールに怒鳴り声を上げると、ウィングは次いでギロリとキュアを睨み付けた。


「キュア! テメェ、これは一体どういう事だ! 傷心旅行じゃないじゃねぇか!」

「……傷心旅行に、姫を救出して来ます」

「ンな傷心旅行があって堪るか!」

「ちょっと! あんた、何でそんな馬鹿正直に喋っちゃうのよ! おかげで行きにくくなっちゃったじゃない!」

「兄上に嘘を吐くのは、感心しないな」

「兄上じゃないし!」


 今度はキュアとシャサールの間で、不毛な言い争いが始まる。


 するとそんな二人の傍らで、ウィングは自分が置かれている今の状況を、悶々と考察し始めた。


(姫の救出って……え? つまり、ヤミィヒール女王陛下を殺した人を助けに行くって事だよな? 助けに行くって言うか、脱獄させるって事だよな? あれっ、それって脱獄させた方も重罪人になるんじゃね? となると、キュアは良くて死刑、悪くて逃亡生活ってところか? でもそうなると、キュアが姫を脱獄させるって知っていて、キュアを止めなかったオレも重罪人になるんじゃね? って事は、オレも死刑って事? えっ、ちょっと待ってくれよ、オレまだ死にたくねぇよ! つーか、オレ、何も悪くねぇ……って、いや、悪いのか、だってキュアを止めなかったんだもん……って、違う! オレは止めたぞ! それなのに言う事を聞かなかったキュアが悪いんじゃ……いや、結局止められてねぇ! つー事は、やっぱオレも大罪人になって……)


 ブツッと。

 そこでどこかの思考回路がショートしたのだろう。

 ウィングは混乱の末に、その場にバタンと倒れてしまった。


「……と、言うわけでウィング。悪いんだけど、ファイには何とか誤魔化して……って、あれ? ウィング?」


 と、そこでようやく、キュアはウィングが倒れた事に気が付く。


 そうか、キャパオーバーで倒れてしまったのか。

 じゃあ、煩く引き止める人もいなくなったし、事情はちゃんと伝えたから無断外泊でもなくなったし。

 よし、今の内に出発しよう。


「怖いな、お前の思考回路」


 ここに放置して行くつもりか、とシャサールが冷たい目を向けるが、今はそれどころではない。

 スノウ姫の未来は自分に懸かっているのだから。

 ウィングには悪いが、出掛けられる内に出掛けさせてもらおう。


「ウィングはそれなりに強いし、きっとすぐに目が覚めるから大丈夫。それよりも早く行きましょう。スノウ姫が心配だわ」

「確かに、早くアルシェの無実を証明し、お前達には土下座をさせてやらねばならないからな。兄上には悪いが、やはりすぐに出立させてもらおう」

「でもお城ってやっぱり見張りも多いよね? どうやって潜入するべきか……」

「潜入? お前、オレを侮っていないか? オレは城の関係者だぞ。こそこそ入る必要などない。堂々と正面から入れてやろう」

「えっ、本当? わあっ、頼もしい!」

「フン、そうだろう、そうだろう。その代わりアルシェが無実だった場合、お前には姫の事などすっぱりと諦めてもらい、残りの人生をオレの側でタダ働きする事によって借りを返してもらう。分かったな?」

「分かったわ。でもその代わり、スノウ姫が無実だったら、スノウ姫の恋を応援してね」

「それは断る」

「えっ、何でよ!」

「……」


 そんな謎の会話を交わしながら歩いて行く二人を、カガミは自問自答しながらじっと見つめる。


 本当に、この二人に付いて行っても良いのだろうか。

 いや、オレには付いて行くしか選択肢がない。


 その導き出した選択肢の結果、カガミは黙って二人の後を追い掛ける事にしたのであった。

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