第9話 可能性の話
無口で不愛想。けれども心の優しい青年。
それが、前世でのシャサールであった。
しかし今目の前にいる彼は、ペラペラとよく喋るし、暴君のような野蛮な男と化している。
その上前世の彼は、スノウに叶わぬ恋心を抱いていたハズなのだが、現世での彼は、何故が妹を溺愛していた。
それならば現世のシャサールは、スノウの事はどう思っているのだろうか。
「ねぇ、あなたって、スノウ姫の事好きじゃないの?」
キュアがそう問い掛ければ、シャサールは、質問の意図が分からないと言わんばかりに首を傾げた。
「は? 好き、とは?」
「いや、その……恋愛的な感情はないの?」
「オレがスノウ姫に? あるわけないだろう。もちろん、彼女の事は尊敬していたさ。あんなに優しくて聡明、民の事を想える美しい姫を、オレは他に知らないからな」
「それは、恋愛的な好きではないの?」
「尊敬の意での好きだな。と言うか、自国の姫君に対して恋心を抱くなど、身の程知らずにも程がある。そんなヤツ、頭がヤバイヤツとしか思えないな」
「まあ、確かに。それも一理あ……」
「それに、そう言った意味での好きなら、オレはアルシェの方が好きだ」
「あんたの方が頭ヤバくね?」
妹だぞ?
「何でもしてあげたいとか、守ってあげたいと思うのも、アルシェの方だ」
「あんたの方が頭ヤバくね?」
正直ドン引きだわと、妹を「恋愛的に好き」と言い切ったシャサールに、キュアは白い目を向ける。
やはりシャサールの性格や能力が前世と違うのは、現世で初めて聞く、アルシェと言う人物の影響らしい。
ところでこのアルシェという人物、一体何者なのだろうか。
前世の世界でも存在はしていたが、アニメには登場しなかっただけなのだろうか。
いや、でも現世では人として存在しているカガミの事もあるし、キュアという自分の存在の事もある。
という事は、シャサールの妹であるアルシェは、やはり自分と同じく新キャラと考えた方が良いのだろうか。
(私がヒカリの性格を変えてしまったように、新キャラであるアルシェがシャサールの性格を変えてしまったという事?)
確かにそれなら納得が出来る。
本来であれば、存在しないハズの人物。
その人物が存在する事によって、どうしてもその人物と関わらなければならない人物が出て来る。
現に、キュアと七人のエルフ達だってそうなのだ。
そして本来であれば存在しないハズのキュアと関わる事によって、エルフ達は前世とは少しずつ違いが出て来てしまった。
特にキュアと一番仲の良いヒカリは一番にキュアの影響を受け、クールビューティー系の美少女から、女王様大好きオタクになってしまったのだ。
それを考えれば、アルシェとシャサールも、アルシェが存在する事によってシャサールが……、
(いや、違う!)
しかしそこで、キュアはその可能性に気付く。
前世では存在しなかった、八人目のエルフこと、キュア。
彼女は、ただの新キャラではなく、前世の記憶を持った転生者だ。
ならば前世では存在しなかった狩人の妹であるアルシェもまた、ただの新キャラではなく、前世の記憶を持った転生者である可能性があるのではないだろうか。
(狩人……シャサールの妹、アルシェが転生者?)
確証はない。でも、そう考えた方がしっくり来る。
キュアのせいで、性格が変わってしまったヒカリ。
そして同じく転生したアルシェのせいで、シャサールの性格も変わってしまった。
更にその上で、アルシェは女王を殺し、その罪をスノウに着せている。
アルシェの目的は知らないが、彼女が前世のアニメを知る転生者であるのなら、彼女には彼女なりの理由があって行動を起こしたハズだ。
だってキュアだって、王子とスノウの結婚式に出席したくて、女王との戦いに備えて戦闘能力を上げたし、スノウを助けたくてこうして行動しているのだから。
だからアルシェにだって、何らかの目的があったとしても、何もおかしい事ではないのではないだろうか。
(でも、その目的って何なんだろう?)
しかしその目的が、キュアには分からない。
悪役であるヤミィヒールを早々に退場させ、ヒロインであるスノウを投獄させたその理由。
そこから得られるモノは、一体何なのだろうか。
「どうした、急に黙り込んで?」
「シャサール様の妹愛に引いたか?」
「それもある」
「貴様らぁっ!」
そのやり取りにカチンと来たシャサールが、怒りに声を荒げながら、弓矢を構えようとする。
しかしそれよりも早く、キュアがその疑問を口にした。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど……。例えばの話、庶民が王族を殺した場合、その庶民にとって利益って何かある?」
「はあ?」
その意味の分からない質問に、シャサールとカガミは揃って間の抜けた声を上げる。
質問の意図も分からないが、その利益とやらも分からない。
王族を殺して庶民が得る利益なんて、あるわけがないだろうが。
「王族、それも権力の高い者が死ねば政治は混乱するし、罪を犯した庶民は間違いなく死罪だ。例え国の王を殺したとしても、その者が王の座に就けるわけではないからな。利益など、あるわけがない」
「王の座に就く……?」
呆れながらも律儀にそう答えてくれたシャサールに、キュアはふと首を傾げる。
そうしてから、キュアは更にその疑問を口にした。
「じゃあ、庶民が国の王になるには、どうしたら良いと思う?」
「はあ? そんな事無理に決まっているだろう。こういう言い方はあまり好ましくないが、国王と庶民では、住んでいる世界が違うんだ。庶民が王になどなれるわけがない」
「いえ、そうとは言い切れません」
ふと、それまで黙って話を聞いていたカガミが、そっと声を上げる。
その声に視線をカガミへと移せば、彼は「国王とまでは、いかないかもしれんが」と前置いた後に、自身の意見を続けて口にした。
「王族と結婚すれば、そこそこイケるんじゃないか?」
「結婚?」
「無理だろう、庶民の分際で」
「可能性で考えればゼロではありませんよ。国の偉い人と結婚すれば、庶民でも階級は上がる。そうなれば、政治に携わる事も出来るのではないだろうか」
「……」
カガミが述べてくれたその意見を基に、キュアはもう一度熟考する。
アルシェがキュアと同じく、アニメのシナリオを知る転生者だとするならば、このアニメを愛するが故に、この世界自体を手に入れ、思い通りの世界を作ろうと考えるかもしれない。
そして世界を手に入れるためには、国の王となり、世界を乗っ取るのが一番早いだろう。
しかしこの世界は残念な事に、同性婚が認められていない。
つまり、アルシェがヤミィヒールやスノウと結婚し、王族となる事は不可能。彼女は異性の王族と結婚しなければならなくなる。
それを踏まえて考えれば、転生者である彼女が結婚相手として真っ先に思い付くのが、隣国の王子、レオンライト王子殿下だろう。彼と結婚すれば、隣国の女王となる事が可能になるのだから。
その上、女王殺しの一件により、この国の王とその跡継ぎは現在不在。そしてアルシェはそれなりに地位の高いシャサールの妹。上手くやれば、この国と隣国は一つの国となり、どちらの国も一気に手中に収められるかもしれない。
そしてその後、レオンライトを殺し、ヤミィヒールが女王の座に就いた方法で女王の座に就けば、両国の頂点に立つのはアルシェ女王陛下だ。狙い通り、アルシェは愛するこの世界を手に入れる事が出来る。
これで、アルシェの天下取りの完成である。
「駄目ーッ!!」
「ッ!?」
突然奇声を上げ、ブンブンと激しく首を横に振るキュアに、シャサールとカガミは、ギョッとしながらも冷たい眼差しを向ける。
しかしそんな二人の反応など気にしている場合ではない。
だってアルシェが世界を手に入れれば、スノウとレオンライトは死んでしまう。
二人が死んでしまえば、二人は結婚出来ない。
二人の結婚式に出席するという夢も、二人の子供を抱くという夢も儚く消えてしまうのだ。
それはキュアにとっては一大事。当然看過出来る事ではない。
まさかの由々しき事態に、キュアは勢いよくシャサールへと詰め寄った。
「ね、ねぇっ、このままだとスノウ姫ってどうなっちゃうの!?」
「は? そりゃ女王陛下を殺したんだ。いくらスノウ姫と言えど、近い内に絞首刑だろうな」
「やっぱり!」
なるほど。このまま放っておけば、アルシェの一人勝ちという事か。
女王は死に、跡継ぎである白雪姫も処刑され、愛を誓うハズだった王子もゆくゆくは殺される。
それなのに数々の罪を犯したアルシェは、女王としてこの国と隣国を手に入れ、ゆくゆくは世界をも手に入れる。
そして自身の夢見た世界を作り上げ、人生を謳歌し、その内寿命で亡くなるのだろう。
そうに違いない。
(じょ、冗談じゃないわ! 王子やスノウ姫の命を奪い、二人の仲と私の夢を壊しておきながら、一人だけ寿命で安らかに眠ろうだなんて! そんなの許さない! この私がアルシェの野望を阻止し、王子と姫には結婚してもらう!)
そうと決まれば、ここでじっとなどしていられない。
キュアは二人に「お話ありがとうございました」と深々と頭を下げてから、颯爽とその場から立ち去ろうとする。
しかしカガミからしてみれば、ここでキュアを手放すわけにはいかない。
だってここで彼女を手放せば、自分は間違いなくシャサールに殺されてしまうのだから。
ここは否が応でもキュアの後を追い掛け、彼女に付いて行くのが最善だろうと判断すると、カガミは慌ててキュアの後を追い掛けた。
「あんた、これからどうするつもりだ?」
「スノウ姫を助けに行く」
「はっ、はあああ?」
まさかの発言に、カガミはギョッとして目を見開く。
そして不可能だと言わんばかりに、激しく首を横に振った。
「そんな事出来るわけがない! 姫は今、厳重な警備の下、城の離れに監禁されているんだ! 助け出すのは不可能だぞ!」
「へぇ、城の離れに監禁されているんだ。分かった、教えてくれてありがとう」
「いや、そうではなくて!」
「例え警備が厳重だろうとも、私は行く。だって姫を守るために、これまで鍛えて来たんだもの。それなのに今、この培って来た力を使わないでどうするって言うのよ?」
「ま、万が一助けられたとしても! その後はどうする気だ? すぐに追手がやって来る。そうなれば、すぐに捕まって殺されるか、良くても逃亡生活だ。上手く逃げられたとしても、姫にまでその逃亡生活を強いるつもりなのか?」
「隣国に逃亡して、レオンライト王子に助けを求める。スノウ姫が王子に助けを求めれば、彼がそれに応えないハズがないもの。隣国まで逃げ切れば、きっと王子が姫を助けてくれるわ」
「何を根拠に言っている? そんな事、上手く行くハズがないだろう! 確かにスノウ姫はおキレイで、皆に好かれる性格だが、だからと言って初対面である王子が助けてくれるわけがない。王子に助けを求めたところで、逆に捕らえられるか、その場で斬り捨てられるかのどちらかだ」
スノウがレオンライトに助けを求めれば、全てが上手く行く。
確かにそれは賭けだろう。
キュアやアルシェという新キャラがいたり、カガミが鏡ではなく人だったりする世界なのだ。前世で恋に落ちた二人が現世では敵対するという可能性も十分にある。
けれどもキュアは信じたかった。
前世で恋に落ち、手を取り合って魔女の野望を打ち砕いた二人。現世でもまた運命に打ち勝てる。きっと魂で繋がっている。
そう信じたかったのだ。
だからカガミの主張が正しいと頭では分かっていても、心では受け入れられなかったのだろう。
さっきから、無理だ無理だ、と連ねるカガミに遂に痺れを切らしたキュアは、足を止めると、苛立ったようにギロリとカガミを睨み付けた。
「煩いなッ! だったらこのまま泣き寝入り……」
泣き寝入りしろって言うの?
しかし、そう続けようとしたキュアの言葉は最後までは続かなかった。
それを言い切る前にカガミを突き飛ばすと、キュア自身もその場から慌てて飛び避ける。
刹那、放たれた矢が、勢いよくその場を駆け抜けて行った。
「クマより強い殺気で攻撃がバレバレだわ。これで騎士隊長より強いだなんて、何かの間違いなんじゃないの?」
ゆっくりと振り返り、矢を放っただろう人物に鋭い目を向ける。
その先にいたのは、もちろんシャサール。
彼は今にも射殺さんばかりの目で、ギロリとキュアを睨み付けていたのであった。
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