第8話 偽物の証言

 


 真実の鏡族とは一体、何……?


 聞き慣れぬ種族の名に、キュアは不思議そうに首を傾げた。

 

「あの、え? 真実の鏡族……って?」

「え? あんたエルフ族だよな? 言うなれば、オレ達は互いに人成らざぬ人である種族だ。それなのに、同じ人成らざぬ人である種族、真実の鏡族を知らないのか?」

「いや、知らないと言うか、何と言うか……」


 真実の鏡って、あの、「鏡よ、鏡。世界で一番美しい者はだーれ?」の鏡?


「真実の鏡族というのは、聞かれた事に対しての真実を、この両目にある水晶体に映して視る事の出来る、希少な種族の事だ。その特殊な能力から、富裕層や位の高い魔法使いに仕える事が多い。しかしエルフ族のように戦う力を持たぬ上に、特殊な能力と希少種である事から、オレ達はその身を悪人に狙われやすいのだ。だから力のある者に仕えていない真実の鏡族は、己の身を守るため、その正体を隠し、人間として生きている。しかし幸運にも権力者に仕える事が出来たオレは、この力をヤミィヒール女王陛下のために使う事で、この身を守って来たのだ」

「そう、なんだ……」

「真実の鏡族については、学校でも習う気がするが……まあ、低学年の頃に習うからな。忘れているヤツがいてもおかしくはない、か」


 真実の鏡族の能力は凄いけど、中でもオレは特に優れていて……、と得意気に語り始めた真実の鏡族ことカガミであったが、問題はそこではない。

 問題は、彼が道具ではなく、人間に近しい生き物であるという事である。


 確かに前世のアニメでも、真実の鏡は存在していた。


 真実の鏡とは、何でも知っている魔法の鏡であり、聞けば何でも本当の事を答えてくれるという、とても便利な道具の事だ。


 アニメでは、ヤミィヒール女王の所有物として登場し、彼女はこれを使い、スノウや王子達を苦しめていた。


 けれどもアニメで登場した真実の鏡とは、少し大きいだけの喋る鏡であり、人間ではなかったハズなのだ。


 それなのに何故、現世ではこうして自由に動き回り、狩人に命まで狙われているのだろうか。


「え、人……?」

「うん? どういう意味だ?」

「あ、いえ、何でもないです。ごめんなさい……」

「?」


 何で鏡じゃなくて人なんだ、と聞きたかったキュアであったが、最初から人としてこの世に生まれたカガミからしてみれば、その質問自体が意味不明な事だし、そう疑問に思う事自体がとても失礼な事になるのだろう。

 アニメでは存在しなかった自分が、現世では存在しているくらいだ。鏡が人となる事もあるんだろう、と思い直す事にすると、キュアは気にしないで話を続けるようにと、カガミを促した。


「女王様は、それはそれは美しい方だった。しかしそれ故に、彼女は自分よりも美しい者が現れる事を良しとはしなかった。だから成長するにつれて美しくなっていくスノウ姫様に危機感を覚えた彼女は、毎日毎日、バカの一つ覚えのようにオレに聞くようになったのだ。「カガミよ、カガミ。世界で一番美しいのはだーれ?」とな」

(バカの一つ覚え……)


 その一言が気になったキュアであったが、そこは敢えて聞き流す事にした。


「スノウ姫が女王様を越えるのは時間の問題だったが、それでもまだ女王様の方がギリでちょい上だったから、オレは常に「それはヤミィヒール女王様です」と答えていたんだが……。しかしある日、アルシェ様がオレのところにやって来て、こう命じたのだ。「次に女王様がそう質問して来たら、それはアルシェです、って答えるように」と」

「え、何で?」

「そうだ、それはおかしい。何故ならアルシェは既に世界一可愛いからだ。貴様にそんな事を頼む必要などないハズだ」


 ああ、でも質問は「可愛い」ではなく「美しい」だから微妙に違うのか、と意味の分からない納得の仕方をしているお兄様の事は、しばらく無視しようと思う。


「アルシェ様の目的は分からなかったが……それでもオレは、彼女の要望を聞く事にしたのだ」

「え? でもあなたって、真実の鏡なんでしょ? 嘘言って良いの?」

「嘘とは何だ、貴様! アルシェは世界一の美少女だぞ! それのどこに嘘がある? と言うか、そもそもその質問に、ヤミィヒール女王様だと答え続けた、その鏡が欠陥品なんだ!」


 された質問に対し、真実の鏡は常に本当の事を答えなければならないハズだ。前世でもそうだったのだ。それはきっと現世でも変わらないのだろう。

 それなのに頼まれたからと言って、嘘を告げてしまった真実の鏡。それは真実の鏡としての問題行動ではないのだろうか。


 それってアリなのかと、キュアが眉を顰めれば、やはりそれはあまり良い行動ではなかったらしく、カガミは困ったように眉を寄せた。


「何かお咎めがあるわけではないのだが、当然誉められた行動ではない。主に仕える真実の鏡族の仕事は、その能力を活かし、常に真実を主に伝える事。それが嘘だとバレれば、信用を失い、解雇されても文句は言えないだろう」

「じゃあ、どうしてアルシェの要求を……ああ、そうか。アルシェに脅されたんだっけ?」


 そこでふと、キュアは冒頭のカガミの話を思い出す。


 アルシェは暴君たるシャサールの妹。

 彼女に逆らえば、シャサールによって即刻殺されてしまう。

 だからカガミは彼女の命令には逆らえなかったのだと、確かに彼はそう説明していた。

 

「ああ。そう言わなければ兄に言い付けると、そう脅されたんだ」

「兄に言い付けるねぇ……」


 頷くカガミに、キュアは視線をシャサールへと向ける。


 カガミの話を聞く限り、悪いのはどう考えてもアルシェの方だ。弁解の余地はあると思う。

 いくら何でも、殺されはしないのではないだろうか。


「ねぇ、いくら何でも殺しはしないでしょ?」

「は? 殺すに決まっているだろう」

「えっ、何でッ?」


 カガミのビビりすぎではないか、と確認を取ったキュアであったが、まさかのシャサールの返事に、キュアは思わず驚愕の声を上げる。


 え、だってアルシェの頼みを断るだけだろう? 殺す程の事ではないんじゃないのか?


「何を言う? オレの可愛い妹の頼みだぞ。それを鏡如きが断るなど、許されるハズがない。万死に値する。死を持って償うべきだ」

「バカじゃないの?」

「何だと貴様!」


 思わず漏れてしまった心の声に、シャサールがギロリと睨み付けて来るが、キュアはそれを無視すると、その視線を再びカガミへと向け直した。


「カガミこそ、その事を女王様に言い付ければ良かったんじゃないの? アルシェにそう言うように脅されましたって」

「無駄だな。アルシェ様にそう脅されたという証拠がないのだから。アルシェ様に白を切られたら終わりだ。どちらにせよ、「オレの妹に言い掛かりを付けるとは何事だ。殺す」と、シャサール様に殺されるに決まっている」

「そうなの?」

「当たり前だ。女王陛下を巻き込んでアルシェに言い掛かりを付けるとは万死に……」

「あんた、ヤバくない?」

「無礼だぞ、貴様!」


 更に怒りに声を荒げるシャサールはさておき。


 とにかく言う事を聞かなければ死ぬ事になるカガミは、仕方なくアルシェの要求を飲む事にしたらしい。


 それでどうなったのか、と続きを促すキュアに、カガミは更に話を続けた。


「オレはその翌日、誰が一番美しいかと飽きずに聞いてきた女王様の質問に、「それは狩人であるシャサール様の妹君、アルシェ様です」と答えた」

「それで、女王様は何て?」

「それが……」


 そこで一度言葉を切ってから。

 カガミは悲しそうにその結果を口にした。


「は? あの狩人の妹? ……嫌だ、壊れたかしら? と言って、オレを解雇したんだ」

「……」

「長年、女王様のために働き、最近じゃあ、誰が一番美しいかなんて、くっだらない質問に毎日毎日付き合ってやったオレを、あっさりと解雇したんだ。酷いとは思わないか?」

「……」

「ああ、酷いな。アルシェが世界一の美女である事は、疑いようのない真実なのに。それなのにそう答えた鏡をクビにするとは……。壊れているのは鏡ではなく、女王陛下の頭だろう!」

「それで、解雇されてどうなったの?」


 言いたい事は多々あるが、それを二人にいちいち言っていたらキリがない。


 とにかく話を進める事を優先させようと、キュアがその先を促せば、カガミは悲しそうな表情から一変、真剣に表情を固め直した。


「城から出ようとしたところで、アルシェ様に引き止められたんだ。そして彼女にこう言われた。「女王を殺すのを手伝って欲しい」と」

「な……っ?」

「はっ、ふ、ふざけるな! アルシェがそんな事を言うわけがないだろう!」


 まさかの言葉にキュアが言葉を詰まらせれば、シャサールが怒りに声を荒げる。


 そんな二人の反応からそっと視線を逸らすと、カガミは震えながら話を続けた。


「別に直接手を下してくれとは言わない。あなたはその能力を使ったふりをして、私の問う質問に、スノウ姫です、とそう答えてくれれば良い、とそう言われ……」

「いい加減にしろ! アルシェがそんな事を言うわけが……」

「ああ、もう、煩いなッ!」

「ふぐぅっ!」


 怒りに身を任せて話を中断しようとするシャサールに、遂にキュアの我慢が限界を迎える。

 今、カガミがスノウ姫の無実と、真犯人とその真実を語ろうとしているのに、何故邪魔をするのか。


 クマをも倒すキュアの拳がシャサールの頬に炸裂すれば、シャサールは変な声を上げながら、軽く吹っ飛んで行った。


「それも、アルシェに脅されて仕方なく?」


 物理的にシャサールを黙らせた後、キュアがそう問えば、カガミはその通りだと辛そうに頷いた。


「ああ。女王様が殺された後、アルシェ様はオレにこう問い掛けた。「カガミよ、カガミ。ヤミィヒール女王陛下を殺したのはだーれ?」と。そしてその問いに、オレは彼女に命じられた通りに答えたんだ。「それは、スノウ姫様です」とな」

 

 真実の鏡族は、その質問に対して常に真実を答える事の出来る種族。


 だから城の上層部の人間は、カガミの証言を真実として受け取ってしまったのだ。


 ヤミィヒール女王陛下を殺した犯人はスノウ姫である、と。


「で、でもカガミって、女王様に欠陥品として解雇されたんでしょ? 上層部の人達はそれを知っているハズよね? それなのに、何でそんな欠陥品の証言を信じたの?」


 一番美しいのはアルシェだと答え、ヤミィヒールに欠陥品のレッテルを貼られてしまったカガミ。

 しかしそんな欠陥品の証言を、城の上層部は真実として鵜呑みにし、スノウを女王陛下殺害の犯人として捕らえてしまった。

 何故、彼の証言を信じたのか。欠陥品だから間違っているんじゃないかと、何故誰も疑わなかったのか。


「そもそもの話、誰が一番美しいかなんて、それは個人の好みの問題だろ? 現にシャサール様はアルシェ様だと思っているし、オレは女王様だと思っている。勿論、スノウ姫様だと答える人もいるだろうし、身近にいる別の誰かだと答える人もいるハズだ。だから傍から見れば、女王様がオレを解雇したのは、彼女とオレの好みが一致しなかった、もしくは彼女の求める答えをオレが出せなかっただけの事だと捉える人の方が多い。それ故に、オレを欠陥品だと思っている人は殆どいない。女王様と答えなかっただけにクビなんて可哀想に、と同情の目を向けてくれる人の方が、実際には多いんだ」

「なるほど。カガミを欠陥品だと思っているのは女王様だけで、解雇後も、お城の人達はカガミの事を信用していた。だから、女王殺しの犯人がスノウ姫だと証言するカガミの言葉も簡単に信じた……という事か」


 それでスノウ姫が女王殺しの犯人になってしまったのか、とキュアは苛立ったように眉を顰める。


 真実の鏡族の能力を使って、スノウを殺人犯に仕立て上げるなんて。

 彼女が何者かは知らないが、そのアルシェと言う女、かなり狡猾な性格をしているようだ。


「それで、そのアルシェは、どうやって女王様を殺したの?」

「おい」


 しかしその質問をした時、男の低い声がその場にずっしりと響いた。


 物理的に黙らせたものの、どうやら復活してしまったらしい。

 その声に視線を向ければ、苛立った様子のシャサールが、ギロリとキュアを睨み付けていた。

 

「お前、いい加減にしろ。どこまでアルシェを罪人扱いするつもりだ?」

「……。じゃあ、質問を変えるけど。スノウ姫はどうやって女王様を殺したの?」


 アルシェが何者かは知らないが、シャサールにとっては、彼女は大切な妹だ。それ故に、その妹を犯罪者扱いするキュアの言動は、彼にとっては気に入らない事なのだろう。

 しかしそれはこちらとて同じ事だ。カガミの話を聞こうともせず、スノウを犯人扱いし、アルシェを庇おうとするシャサールの態度にはイラついて仕方がない。


 けれども、今はムカつくからと言って喧嘩をしている場合ではない事も事実。


 仕方がない。一応シャサールの話も聞いてやろうじゃないか。


「毒殺だ」

「毒殺?」

「ああ、スノウ姫が毒入りのアップルパイを作って、それを女王陛下に食べさせたんだ。それで陛下は死んだ。パイから毒が検出されたからな。死因はそれで間違いない」

「リンゴ……いや、でもそういうのって、誰かが毒味してから、女王様が口にするモノなんじゃないの?」

「義理とは言え、スノウ姫は陛下の娘だからな。毒など入っていると疑う方がおかしいだろう。だから毒味などしようとも思わなかった。まあ今回はそれが、仇となってしまったんだがな」

「なるほど。確かにスノウ姫は天使だもんね。そんな事するわけないか」

「オレはそんな事一言も言っていないぞ」


 納得するキュアに、シャサールが冷たい目を向けるが、そんな視線など気にならない。

 だってスノウ姫は天使なのだから。更に言わせてもらえば、観世音菩薩様だ。そんな人が、殺人など犯すハズがない。


「それは違う! 毒を盛ったのはアルシェ様だ! スノウ姫じゃない!」

「貴様っ、まだそんな事を……っ!」

「煩い! ちょっと黙って!」

「うぶっ!」


 幾度となくアルシェに罪を着せようとするカガミに、シャサールは激怒しながら弓矢を構える。


 しかしそんな彼の顔面を平手で叩く事によって黙らせると、キュアはカガミの話を聞くべく、彼へと向き直った。


「今のは、シャサールの妄想話って事?」

「いや、妄想と言うか、一般論だな。けど、事実は違う」

「事実は違う?」

「ああ。スノウ姫がアップルパイに毒を盛って、女王様を殺した。城ではそう結論付け、世間にそう公開した。だが、実際はそうじゃない。実際に毒を盛ったのは、アルシェ様だ」

「どういう事?」

「スノウ姫は最近、女王様との仲が上手くいっていない事を悩んでいたんだ。そんな彼女に、アルシェ様が助言をした。お菓子を作って、お義母様に差し上げてみたらいかがですか、とそう勧めたのだ」

「えっ、アルシェって、スノウ姫とお話出来る立場にあるの? 何でっ? ずるい!」

「そりゃ、シャサール様の地位が高いからな。その妹君であるアルシェ様もそれなりに地位は高い。だから王族とも簡単に話す事が出来るのだ」

「え、地位が高いの?」


 首を傾げながら、キュアは近くで蹲っているシャサールへと疑問をぶつける。


 前世のアニメにおいて、シャサールはそんなに地位が高かっただろうか。

 女王に仕えてはいたが、城の従業員の下っ端で、それほど地位は高くなかったような気がするが、それは自分の記憶違いだろうか。


「当初はそれ程地位が高いわけではなかったのだが、今では王国騎士団の隊長よりも腕が立つ。だから騎士隊長よりも高い地位を与えられたと、そう聞いている」

「え、この人、そんなに強いの?」

「当たり前だ。オレはアルシェを守らなければならないんだからな。血の滲むような努力をし、今の地位と力と権力を手に入れたんだ」

「マジか……」


 なるほど。どうやら前世にはいなかった妹のせいで、シャサールの地位や性格が若干変わってしまったようだ。


「アルシェ様の助言を受けて、姫はアルシェ様に手伝ってもらいながら、アップルパイを作った。その時に、アルシェ様が姫に毒を入れさせたのだ。「これは我が故郷で採れる、希少なお砂糖です。姫と女王様のために特別に取り寄せました」と、そう言ってな」

「その希少な砂糖が、本当は毒だったって事?」

「ああ。そして、その出来立てのパイを、女王様は警戒する事なく食べた。「小娘の作った菓子など、高が知れていますが……。まあ、どうせゴミのような味しかしないでしょうが、そこまで言うのであれば、食べてやらんでもなくってよ」と言って、口に入れたのだ。」

(それが人生最期の言葉って嫌だな)


 人生、何が最期の言葉になるか分からない。口には気を付けようと思う。


「そして女王様は死に、アップルパイから毒物が検出された。当然、それを作った姫が犯人だと、捕らえられた」

「あれ? でもそれだとアルシェも共犯って事にならない? だって一緒に作っていたんだから。疑われなかったの?」

「アルシェ様は、自分は姫に作り方を教えていただけで、アップルパイには直接触っていない、毒の事だって知らなかった、と言い切った。当然、姫は反論したが、オレがアルシェ様の肩を持ち、アルシェ様の言っている事は本当だと証言した。その結果、スノウ姫だけに女王殺しの疑いが掛けられたのだ」

「それもアルシェに、やれと脅されて?」

「ああ……」


 そう頷くと、カガミは申し訳なさそうにしゅんと項垂れてしまう。

 脅されてやったとは言え、後悔はしているようだ。


「でも、それだとおかしくない? だってカガミはアルシェの味方なんでしょ? それなのにどうして私に本当の事を教えてくれて、アルシェのお兄さんに殺され掛けていたの?」


 その矛盾に、キュアは眉を顰める。


 嘘を吐いてまでスノウに罪を被せ、アルシェの無実を証明したくらいだ。脅されていたとは言え、アルシェから見れば、カガミは絶対的な味方のハズなのだ。


 それなのに何故、初対面であるキュアに真実を話すというアルシェへの裏切り行為を見せ、その上で妹を溺愛する兄に命を狙われていたのだろうか。


「オレを先に裏切ったのは、アルシェ様だからだ」


 ギュッと拳を握り締めながら、カガミは悔しそうに言葉を落とす。


 一体どういう事なのだろうとカガミの言葉を待てば、彼は半ば怯えながらその理由を口にした。


「あの人は恐ろしい人だ」

「恐ろしい?」

「全て終わった後、「手伝ってくれてありがとう。これはお礼よ」と言って、オレにアップルパイを差し出して来たのだ」

「アップルパイ?」


 それって……。


「ああ、口封じにオレを殺そうとしたんだ」

「な……っ?」


 その証言にゾッとする。


 女王を殺し、スノウにその罪を被せ、更にはカガミをも殺そうとした。


 アルシェは、人の命を何とも思っていないのだろうか。


「いや、でもアップルパイを渡されたところで、警戒して食べるわけないじゃない。カガミだって食べなかったんでしょ?」

「当然だろう、オレだって死にたくなんかないからな。でも、アルシェ様はオレを毒殺しようとしたわけじゃない。彼女とて、オレがそれを食べないだろう事は分かっていたハズだからな」

「んん? どういう事?」

「アルシェ様の目的は、シャサール様の手によって、オレを殺す事にあったのだ」


 シャサールの手によってカガミを殺す?

 確かにカガミはシャサールに殺されそうになっていたが……。

 でもそれとアップルパイと、一体何の関係があるのだろうか。


「薄々気付いているとは思うが、シャサール様は妹であるアルシェ様を溺愛している」

「薄々と言うか、もう濃厚に知っている」


 出来れば初対面では知りたくなかった情報である。


「そんなアルシェ様がくれたアップルパイを、オレは毒が混入されていると疑って食べなかった。するとアルシェ様は、当然のようにシャサール様に泣き付いた。「私の差し上げたアップルパイを、毒が入っているかもしれないと言って、カガミが食べてくれなかった」と言ってな。それを聞いたシャサール様は激怒し、オレを殺そうとここまで追いかけて来たのだ」

「え。この人、マジでヤバくない?」


 シャサールがカガミを殺そうとしていた動機を聞き、キュアは冷めた目をシャサールへと向ける。


 人の命を何とも思わないアルシェとも関わりたくはないが、そんな彼女を溺愛するシャサールもまた、出来れば関わりたくない人種である。


「でもアルシェって、その毒どこから入手して来たの? 毒ってそんな簡単に手に入るモノなの?」


 確かに毒性の植物は森の奥の方に生えているし、毒を持つ魔物も棲息している。

 そしてアルシェは、狩人であるシャサールの妹だ。


 ならば彼女は、自分で取って来たのだろうか。


「そのくらい、オレが用意出来るぞ」

「は?」


 その疑問の回答に、キュアは視線を再度シャサールへと向ける。


 その視線の先では、シャサールが腕を組みながら、フンと偉そうに鼻を鳴らしていた。


「オレは狩人だからな。獲物を仕留めるために毒を使う事もある。そしてその毒は、城の使用人に命じて、街で購入させているんだ」

「街で購入?」

「ああ。アルシェにそんな危険な物、買いに行かせるわけにはいかないだろう。だから毒が欲しいと言われれば、オレの持ち分の中から少し分けてやっているんだ」

「その言い方ですと、もしかして最近、妹さんに毒を差し上げた事があるんですか?」

「ああ、一週間と少し前くらいか? 即死レベルの猛毒が欲しいと言われたから、オレの持っている毒の中でも一番強いヤツを渡したな。あれは確か……ああ、そうだ、バジリスクから取れた毒だったな」

「そんな危険な物、妹さんに差し上げて良いんですか?」

「可愛いアルシェが欲しいと言っているんだ。やるべきだろう」

「それで……その毒を、妹さんは何に使ったの?」

「知らん。そんな妹のやる事成す事にいちいち口を出していてはウザがられてしまうからな。妹に嫌われたら死ねる。だから理由などいちいち聞いてはいない」

「ちなみにアップルパイから検出された毒って……」

「ああ、バジリスクが持つ毒と同じ物だったそうだが……まさか貴様、たったそれだけの事で、アルシェが犯人だとか言い出すわけじゃないだろうな」

「……」


 駄目だ、コイツ。何かもう色々と駄目だ。


(いくら何でもこのシャサール、前世のシャサールと変わりすぎじゃない?)


 超が付くほどのシスコン男に変貌している狩人に、キュアは口角を引き攣らせる。


 彼女の記憶が正しければ、前世で見ていたシャサールは、無口で不愛想ではあるものの、心優しい青年だったハズだ。

 スノウを殺せと女王に命じられてもそれが出来ず、スノウを森へ逃がすのが精いっぱいだったのだ。


 無口で不愛想であるが故、こんなにペラペラとは喋らず、何を考えているのかも分かりにくい青年であったが、スノウを守ろうとする意志は強く、女王との戦いにも王子やエルフ達と共に進んで参戦していた。


 そしてスノウへの密かな恋心を抱く、叶わぬ恋の運命を辿る男でもあったのだ。


 それなのにこの現世では、口を開けば殺すだの、アルシェがどうこうのと煩いし、何故か騎士よりも強くて地位も高い。

 前世では女王に仕えてはいたものの、地位は騎士どころかメイドよりも低い下っ端の階級で、戦闘能力も隣国の王子どころか魔法を使うエルフ達よりも下だったのに。


 と言うか、前世で抱いていたスノウへの恋心はどうなっているのだろうか?


「ねぇ、あなたって、スノウ姫の事好きじゃないの?」


 前世とストーリー。

 それは一体どこまで差が出て来るのか。


 それを確認するべく、キュアはシャサールに、その心を問い掛けるのであった。

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