第7話 新たな登場人物

 男の悲鳴が聞こえた方へと急ぎ向かえば、程なくして、二人の青年の姿が見えて来た。


 一人は弓矢を構えており、もう一人は逃げ場のない大きな大木へと追い詰められている。


 見た感じ、悲鳴を上げたのは追い詰められている方の青年のようだ。


(あれは、もしかして狩人の? でも、もう一人は誰だろう?)


 とりあえず叢に身を隠しながら、キュアは二人の青年の様子を窺う。


 前世の記憶から、弓矢を構えている青年が何者なのかは何となく予想が出来るが、追い詰められている方の青年が誰なのかが分からない。


 土で汚れたスーツとパンツ、更には半分取れかけている紫色のネクタイを身に付けた、小柄で細身の青年。その銀色の髪もどことなくボサボサであり、対峙する男を睨み付ける銀色の瞳には、懇願の色が浮かんでいる。


 前世のゲームでは見た覚えのない事から、彼は自分と同じイレギュラーな存在なのか、はたまたシナリオには関係のない、ただのモブキャラなのか。


 一体彼は、何者なのだろうか。


「ですから、何度も申し上げた通り、私は無実なんです!」

「貴様、その罪を認めないどころか、幾度となくこのオレの妹を愚弄するつもりか?」


 ふと、キュアの耳に二人の声が届く。


 一体何の話をしているのだろう。いや、そもそも狩人に妹など存在していただろうか。


 とにかくもう少し様子を見ようと、キュアは二人の会話内容に耳を傾けてみる事にした。


「愚弄ではありません、事実です! どうか私の話をお聞き下さい!」

「貴様のような欠陥品の話など、聞くだけ無駄だ」

「ですから、それは違うんです! 私はあなたの妹君にそう証言するようにと脅されていたんです! 私だって本当は、スノウ姫様だと申し上げたかったのに!」

「貴様! オレの妹がスノウ姫様に劣ると言うのか!」

「ええ、はっきり言って劣ります、比べるのもスノウ姫様に失礼なくらいには醜悪です!」

「何だと!」

「もちろん、見た目だけの話ではございません! そもそも、女王陛下を殺し、その罪をスノウ姫様に着せようとする者の何が美しいのでありましょうか! この世で一番醜くはありませんか!」

(は……っ!?)


 追い詰められている青年が口にしたその言葉に、キュアはハッと目を見開く。


 女王陛下を殺して、その罪をスノウ姫様に着せようとする者……だって?


 ならば、やはりスノウ姫は誰かに嵌められただけであり、本当は殺人など犯してはいない。そして追い詰められた青年は、その真犯人を知っているという事か?


「き、貴様っ、我が妹を愚弄するだけでは飽き足らず、女王陛下殺害の罪をも着せようとするとは……っ! さすがに許せん! その罪、今ここで死を持って償……」

「待って、待って、待って、待ってーっ!」


 眉間に青筋を立てた弓矢の男がそれを放つ前に、キュアは慌てて二人の間へと飛び出す。


 そして追い詰められた青年の両手を力強く握ると、キュアは彼の銀色の瞳を真剣に見つめた。


「その話、もっと詳しく聞かせて下さい!」

「え、誰?」


 突然のキュアの登場に、追い詰められていた青年は、目を白黒させる。

 そりゃそうだ。だって青年からしてみたら、殺されそうなところへ見知らぬエルフが現れ、突然手を握られたのだから。

 何が起きているのか分からないと、頭が追い付かないのも無理はないだろう。


 しかしそんな青年の心境などお構いなしに、キュアは手を握ったまま更に言葉を続けた。


「そもそもおかしいと思っていたんですよ。スノウ姫が、殺人なんてそんな事をするわけがないって。あの虫も殺せなさそうなスノウ姫ですよ? 心優しく美しい彼女に、そんな事が出来るわけがありません。これは誰かの陰謀です。そしてあなたは、その真実を知っているご様子。ならば全部話して下さい。共にスノウ姫を、無実の罪から救い出しましょう!」

「え……って事は、オレの話、聞いてくれるのか!?」

「もちろんです! 全部教えて下さい!」

「うう……っ、あ、ありがとう、恩に着る……っ!」


 これまで彼の話など、誰も聞こうとはしなかったのだろう。

 彼は思わずホロリと涙を零しながら、感謝の声を上げる。


 そんな彼の姿に、「良かった、やっぱりスノウ姫は犯人じゃなかったんだ」と安堵するキュアであったが、当然、そんな二人のやり取りを快く思わない男が一人いる。


 言わずもがな、弓矢を構えている方の男である。


「おい、貴様何者だ? 突然現れてこのオレの邪魔をするとは! このオレが誰だか知っていての狼藉か!」

「邪魔、ですって……?」


 その一言にピクリと片眉を動かすと、キュアは青年から手を放し、ゆっくりとした動作で男を振り返る。


 そして弓矢を構えたまま睨み付けている男に怯む事なく、彼女もまた、真正面から男を睨み返した。


「邪魔をしているのは、あんたの方でしょう?」

「何だと……?」


 弓矢を構えるのは、緑色の狩装束を身に纏い、茶色の髪に、これまた緑色のロビンフッドハットを被った、鋭い金の目を持つ青年であった。


 追い詰められていた青年とは違い、狩装束の彼の事は知っている。


 彼の名はシャサール。前世では魔女であるヤミィヒール女王に仕える狩人であった。

 

 そのアニメの中で、シャサールはスノウ姫を殺すようにと女王に命じられるのだが、スノウに密かな恋心を抱いていた彼はスノウを殺す事が出来ず、彼女を森の中へと逃がしてしまう。


 そしてその後は何だかんだあってスノウや王子、エルフ達と合流し、共に魔女を倒す事になる仲間の一人なのである。


「邪魔とは何だ! オレはその男を殺すようにと命令を受けている! それを邪魔するという事は、国の命令に反するという事だ! それがどれ程に思い罪になるか、貴様とて分かる事だろう!」

「はあ? 命令を受けているって、一体誰に命令を受けてんのよ? あんたが仕える女王様は死んじゃっているし、スノウ姫は無実の罪で捕らえられちゃってんじゃない。その状況で、一体誰があんたにそんな命令を下したって言うのよ?」

「えっ、そ、それは……そ、そう! 他の偉い人にだ!」

「嘘だ! この人、ただの私情でオレを殺そうとしている!」

「なっ、貴様、余計な事を……っ!」


 ギロリと追い詰められていた青年を睨み付ける弓矢の青年だが、バラされてしまったモノは仕方がない。

 弓矢の青年はすぐに視線をキュアへと戻すと、フンと開き直ったように鼻を鳴らした。


「だったらどうした? コイツは死ぬべきだとオレが判断したのだ。だったらオレの意志に従い、苦しみながら死ぬべきだろう。分かったらそこをどけ。さもなければ、貴様も一緒に殺すぞ」

「……」


 コイツ、無茶苦茶だな。こんなキャラだったっけ?


(いや、今はそんな事は関係ない)


 そうだ、今はそんな事は関係がない。

 大事なのは、何とかして自分と後ろの青年を守り切り、青年から件の真相を聞き出す事だ。

 ならば退場するのは弓矢の青年、もとい、シャサールの方。言っても駄目なら力づくで追い払ってやる。


「あんたがそう判断したって事は、あんたがスノウ姫を陥れた真犯人? それともその真犯人の協力者?」

「どっちも違うな。オレがいつも世話になっている女王陛下を殺し、尊敬するスノウ姫を陥れるわけがないだろう」

(それもそうか)


 女王の方は知らないが、前世でシャサールは、スノウに密かな恋心を抱いていた。

 それなのにそのスノウを陥れるとは考えにくい。


 ならば何故、シャサールは真実を知っているらしい青年を殺そうとしているのだろうか。


(シャサールにとって、知られてはならない真実を彼が知っている、とか……?)


 しかし、それをウダウダ考えていても仕方がない。真実は後ろの彼が知っているのだから。ならば下手な推測はせず、彼に直接聞いた方が確実だ。


 やはり、まずはその邪魔をしてくるシャサールを排除しようと思う。


「女王陛下が殺された話は、私も知っている。そしてその犯人がスノウ姫である事も。でも、私にはスノウ姫が犯人であるとは到底思えない。だから私は真実を知り、姫の無実を証明したい。そして彼は、そのための情報を握っている。真実を知るためにも、彼を殺されるわけにはいかないわ!」

「そいつは大嘘吐きの欠陥品だ。真実など語らない。聞くだけ時間の無駄だな」

「それが無駄かどうかは私が決める。とにかく私は彼の話が聞きたいの。そっちこそ、私の邪魔をしないで!」

「……」


 ギロリと睨み付けて来るシャサールを、キュアは油断なく睨み付ける。


 相手は飛び道具で、こっちは素手。その上、背後には守らなければならない人物がいる。


 どう考えてもこちらが不利だ。ならば相手が仕掛ける前にこちらが動くべきだろう。

 まずは後ろの彼を左方向に突き飛ばし……いや、相手が動く前に懐に飛び込むべきだろうか。しかし相手とて自分の動向には注意を払っているだろうから、こちらが先手を打ったところで上手く行く保障はない。少なくとも、後ろの彼は死ぬだろう。

 ならばどうにかして相手に隙を生ませねばならない。

 そのためには、一体どうするべきか……。


「……残念だが、そいつから話を聞いたところで、女王陛下殺害の犯人はスノウ姫でほぼ確定だぞ」

「へ?」


 しかし、いつ攻撃を仕掛けようかと構えていたキュアに反して、シャサールは弓と矢を下ろし、それを背に背負い直す。


 まさかの攻撃解除の姿勢を見せたシャサールに、キュアはポカンと目を丸くする。

 するとそんなキュアに溜め息を吐いてから、シャサールは腕を組み、残念そうに溜め息を吐いた。


「目撃者と証人がいるからな」

「目撃者と証人?」

「ああ。目撃者はオレの妹。そして証人は、他でもないそいつだ」

「は?」


 そいつって、スノウを助けるための情報を握っているハズの、この後ろの青年の事か?


 何だそれ、聞いていた話と違うじゃないか、と疑惑の目を後ろの青年へと向ければ、彼は「違う!」と勢いよく首を横に振った。


「確かにオレはそう証言した。しかしそれは、脅されて仕方なくやった事なんだ!」

「脅された? 誰に?」

「シャサール様……その狩人の妹であり、女王殺しの真犯人であるアルシェ様にだ!」

「アルシェ?」


 え、誰? そんな人、出て来たっけ?


「貴様っ、よくも幾度となくオレの妹を……っ! やっぱ殺す!」

「さっきからこの調子で、オレの話を一向に聞いてくれないんだ!」

「当たり前だ! このオレの妹がそんな事をするわけがないだろう! そこで的となれ! 今すぐ射殺してやる!」

「ああっ、煩い! せめて私が話を聞くまではちょっと黙ってて!」


 シャサールに妹なんていたっけ、と疑問には思うが、このままでは話が進まない。

 怒鳴り付ける事によってシャサールを黙らせると、今は青年の話を聞く方を優先させるべく、キュアは詳しい事情を話すようにと彼を促した。


「アルシェ様は、暴君たるシャサール様の妹君。彼女に逆らえば、即刻シャサール様によって殺されてしまう。だからオレは、彼女の命令には逆らえなかったんだ。」

「暴君……?」


 え、シャサールってそんな位置付けだったっけ? 前世では確か……。

 いや、今は細かい事など気にせず、事情を聞く方を優先しよう。


「そんなアルシェ様に、オレは、世界で一番美しいのはアルシェと言えと、そう命じられたんだ」

「うん? どういう事?」

「ああ、そっか。そう言えば自己紹介がまだだったな」


 何でそんな事を命じられているんだ、とキュアが首を傾げれば、青年は思い出したようにポンと手を叩いた。


「オレの名前はカガミ。ヤミィヒール女王陛下が、先代の国王陛下に嫁いだ頃から彼女に仕える、真実の鏡族だ」

「……え?」


 真実の鏡……族?

 真実の鏡ではなくて?


 聞いた事のないその謎の種族に、キュアはポカンと目を丸くする。


 登場人物すら違うこの物語。

 やはり思い通りにはいかないようだ。

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