第6話 変わるシナリオ

 キュアはすんすんと鼻を啜りながら、森の中で膝を抱えて泣いていた。


 一体何でこんな事になってしまったのだろう。

 自分の癒しの魔法で、ヤミィヒールを生き返らせる事は出来ないだろうか。


(無理。だって私の治癒魔法なんて、ちょっとした擦り傷や切り傷を治す程度の事しか出来ないんだもの。聖女レベルの治癒魔法が使えるわけでもないのに。それなのに他人を生き返らせるなんて事、出来るわけがないわ)


 せめて私もみんなのように、攻撃系の魔法が良かったと、キュアは更に鼻を啜る。


 そんな時だった。この森に住む人食いクマが、背後からそっと忍び寄り、キュアに襲い掛かって来たのは。


「ガアアアアアアアッ!」

「結婚式に出たかったーッ!」

「ギャアアアアアアアッ!」


 その想いを拳に乗せて、キュアはクマの腹に強烈な一撃を入れる。


 エルフ族は人間にはない魔力を持ち、何かしらの魔法が使える。

 そしてその使える魔法は、親、もしくは祖父母からの遺伝によるモノが多い。


 キュアの家系は、治癒系の家系であった。

 父方は毒を消したりする治療系の魔法を、母方は大怪我をもみるみる治す事の出来る回復系の魔法を代々受け継いで来た。

 だから二人の子であるキュアもまた、どちらかの能力を受け継ぐのが通例であった。


 しかし、何故かキュアにはそのどちらの能力も受け継がれなかった。

 努力不足なんじゃないか、と両親からは叱咤され、エルフのクセに魔法も使えない落ちこぼれだと、教師や同級生にはバカにされたから、彼らを見返すために一生懸命努力した。

 けれども結局キュアが使えるようになったのは、ちょっとした掠り傷を塞ぐ程度の事だけ。父親のように毒を消したりする事は出来ないし、母親のように大量出血の大怪我を塞ぐ事も出来ない。


 そして彼女は絶望する。

 攻撃魔法も使えない、回復魔法も使えない自分は、何れ来る魔女との戦いで、スノウを守る事が出来ないのではないか、と。

 いや、守れないだけではない。はっきり言って邪魔だ。いない方がマシなんじゃないかと思われるくらいには邪魔だ。

 これでは来たる未来にスノウと知り合っても、お荷物エルフのレッテルを貼られるだけで仲良くはなれない。王子との恋を応援するにも支障が出てしまうし、結婚式にだって他のエルフのおまけで呼ばれるか、最悪呼んでももらえないかもしれない。


 それは困る。何とかしなければ。


 危機感を覚えたキュアは、すぐさま魔法を使えるようになろうという考えは捨てて、己の腕を鍛える事にした。

 魔法が駄目なら、物理的な攻撃で相手を打ちのめしてやれば良い。

 そう考えたキュアは、何だかんだで格闘術を覚えた。来たる未来にスノウを守るべく、かなり必死で修行したのだ。


 だから背後から襲い来る人食いクマくらいなら、素手でも倒せる。

 あまり舐めないで頂きたい。


「ねぇ、クマ。あの話、本当だと思う?」

「グ、グア……?」

「スノウ姫って、すっごく素敵な、超絶怒涛のお姫様なんだよね。それこそ彼女の素晴らしさを言葉にするのは無理って言うか? そんな素敵な人が、魔女を殺せると思う?」

「グア……?」


 泡を吹いて引っ繰り返っているクマに、キュアは落ち込みながら話し掛ける。

 クマにとっては良い迷惑である。


「女王様だってそうだよ。あの人、滅茶苦茶強いんだよ? それこそ、ゴッド・オブ・悪役のボスなの。そんな悪魔のようなボスが、天使たるスノウ姫にこんな簡単に殺されちゃうと思う? ちょっと無理があるんじゃ……」


 と、そこまで口にして、キュアはハッと気が付く。


 そうだ。よくよく考えれば、確かにおかしい。

 だって殺されたヤミィヒールは、殺したって死ななさそうな、悪役の中の悪役なのだから。

 王子やエルフ達、そして狩人の力を合わせて、何とかギリギリ倒せたくらいの、強大な力を持つ悪い魔女なのだから。

 

 それに対してスノウは、実は天使の生まれ変わりでした、と言われても頷けるくらいの、可憐で美しいお姫様だ。戦闘能力だってゼロに等しく、それこそゴ〇ブリだって殺せないだろう。

 危険な目に遭わせたくない、守られてなんぼのヒロインなのだ。


 そんなヒロインがボスを殺しただって?

 はあ?

 冷静に考えてみたら、そんな事あるわけがないだろ。


(そうよ、心優しきスノウ姫がそんな事をするわけがない! だってスノウ姫は逆に魔女に危険な目に遭わされて、それを王子様が助けてくれると言う、萌えキュン展開を得てから王子様と結ばれるんだもの! そんなお姫様が女王を殺せるわけがない。これは誰かの陰謀だ! きっとこの事件には黒幕がいて、そいつが姫を嵌めたんだ!)


 だとしたらこんな所で泣いている場合ではない。

 このままではスノウは罪を被せられたまま、女王殺しの大罪人として処刑されてしまう。

 そんなのは駄目だ、絶対に許せない。彼女が処刑される前に真犯人を見つけ出し、姫の無実を証明しなければ。

 そして予定通り、王子とスノウ姫の結婚式に出るんだ!


「そうよ、私がこの世界に転生した理由は、スノウ姫を無実の罪から救い出し、王子と結婚させるためだったのよ! ありがとう、クマ! おかげで私のやるべき事が見付かったわ! お礼に食べないであげるね」

「グア、グアア……?」


 しかし、自分の使命に気付かせてくれたクマに、キュアが礼を述べた時だった。


 どこからか、「うわああ」と言う男性の悲鳴が聞こえて来たのは。


「悲鳴?」


 その声に、キュアは訝し気に眉を顰める。


 ヤミィヒールが殺されてしまった事により、物語の展開が変わってしまった。

 ならばこの男性の悲鳴も、展開が変わってしまった事による影響なのだろうか。

 そうだとしたら、この先に待ち受けているモノとは、一体なんなのだろうか。


 前世とは変わってしまったアニメのストーリー。

 そこに何が起きているのか、確認しなくては。


(そもそも、どうしてアニメとは違うシナリオになってしまったんだろうか……?)


 やはりそれは、アニメには存在しなかった自分がいるせいなのだろうか。

 けれども自分は、スノウやヤミィヒールとはまだ関わっていない。それなのにここまで話が変わってしまうとは、些か考えにくい。


 ならば何故? どうしてアニメとは違う物語が始まってしまったのか。


 白雪姫と七人のエルフ達改め、白雪姫と八人のエルフ達。


 その物語が今、幕を上げた。

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