第5話to be FREE
Jリーグの開幕戦。大吾はなんとベンチ入りを果たした。
他の選手が合宿中に集団食中毒に当たるという、
試合に出る選手も多かれ少なかれ、こぞって調子が悪い。
開幕戦の相手は、アウェーの名古屋。ワールドカップで正ゴールキーパーを務めたこともある、河崎英五を守護神に据える古豪である。
対して岡山は、日本代表のエースである大吾の実兄・向島真吾を擁するも、他の選手は可もなく不可もなく、コンディションも開幕戦からして最悪である。
ピッチ状態は試合前に少し雨が降り、やや重馬場である。
――点入れられろ! 点入れられろ! 負けろ! 負けろ!
祈るように両手を握り、大吾はそう念じた。
『チームの勝利が一番です』とよく選手は言うが、それは『試合に出られて活躍する選手』のヒーローインタビューである。
大吾のような、ベンチ入りのチャンスさえほぼ無いような選手にとっては、チーム状態が悪ければ悪い方が良いに決まっている。
『レギュラー、風邪引け!』『俺とポジション被るやつ全員怪我しろ!』とまで願うものも居る。
正直、大吾は料理人に金一封差し上げたい気分である。
個人の不幸を願わないだけ、大吾はマシである。
しかし、このことがサポーターに知られれば、大吾はスポンサードを受けられない、愛されない不幸な選手になるであろう。
前半終了の時点で岡山は0-4で負けていた。
これは後半になって足が止まると、夢スコア(0-5)、無慈悲スコア(0-6)、炭鉱スコア(0-7)、サウジスコア(0-8)を越えて二桁の点数で負けるかもしれない、と遠征に赴いた岡山のコアサポーターは
――名古屋まで来たけど試合が終わったら早々に帰ろう、
と憤慨し始めた。
審判が大きく笛を吹き試合を一時中断させる。
後半開始15分、3-4-3というより5-4-1で戦っていた岡山のMFが傍目からでも目を引くすっ転び方でフィールドを舞った。
緑の芝に大きく叩きつけられた彼に救護班が担架を持って駆け寄り、頭の上に×印を両手で掲げる。
どうやらプレイ続行は不可能のようだ。
「大吾、行くぞ!」
父である向島博監督は大吾を一瞥するや言った。
「完全な負け試合だ。とにかく、プレイする機会をお前に与えてやろう。プロの1部リーグという舞台に少しでも慣れて来い!」
完全な身内びいき采配である。
ルーキーの大吾が出ることに気付いた岡山のコアサポーターからは、『試合捨ててんじゃねーよ!』と容赦ないブーイングとサムズダウンサインが浴びせられる。
アップをする時間は少ない。
急ぐようにとせかす審判を尻目に、大吾は充分に柔軟体操で身体をほぐす。
そして、選手交代を告げる電光式ボードが芝生の緑を鮮やかに彩る。
15out
38in
岡山のコアサポーターの鬼の形相のブーイングは留まることを知らず、ホームの名古屋の歓声すら遮るかのようである。
望まれないルーキーの望まれないデビュー。
しかし、当の本人は、どんな形であれ希望が叶い、緊張と喜色を交えた不敵な笑みを浮かべながら、プロデビューのピッチへと左足から踏み出した。
――まずはファーストタッチだ。ファーストタッチさえ上手くいけばあとは
試合再開後15秒、そう一瞬だけ思っていた大吾の上空をボールが飛び越え、センターフォワードの実兄・真吾のもとへとロングパスが通る。
「大吾、落ち着け! ファーストタッチがゴールになるなんて甘い考えを持つなよ!」
そう言って、真吾はまるで軟体動物のようなポストプレーで大吾にボールを渡し、兄弟愛によるファーストタッチが完成された。
が、大吾はそのボールを真吾にダイレクト・フライ・スルーパスで返した。
ボールの放物線はきれいな糸を引いた。
観衆、そして敵は一瞬硬直し、0.001秒、人間の感覚では判らない時間、彼らの時計の針を強制的に止めてしまった。
それは絹のような、奇妙に滑らかさを感じさせる味方をも欺くパスであった。
「なっ!?」
真吾も、名古屋のディフェンダーも一瞬虚を突かれる。
それでもボールに反応し、抜け出した真吾は圧倒的なフィジカルで2人のディフェンダーを押さえつけながら突貫する。
――あのフィジカルは僕にはないものだ
パスを出した大吾は、兄の突破のゆくえを羨望のまなざしで傍観する。
――180cmの父、169cmの母。そこから生まれたのは188cmの兄と168cmの自分。兄を見据えて絶望した時もあった。けれども、僕の
真吾はゴールキーパーとの1対1を冷静にゴール左隅に決め、岡山は1点を返すことに成功した。
「この野郎ッ!」
真吾は大吾に駆け寄り、弟の頭をぐしゃぐしゃになるまで掻きむしってやった。
それが、今季初ゴールの彼のゴールパフォーマンス。
「おい、いつからプロ初デビューのファーストタッチで、フライスルーパスを出すって考えてた?」
「なんとなく行けそうだなって。兄貴ならまあ決めるだろうって、思った中で一番難しいプレーを選んで反応しちゃった」
「おまえはロベルト・バッジョか!」
ぐしゃぐしゃにした弟の頭を、兄は上からゴンと軽めにゲンコツを加える。それがまた、大吾の身長コンプレックスを少し刺激する。
「さあ、まずは1点だ! あと3点返して、勝ち点1取って帰るぞ!」
岡山のバンディエラであり、キャプテンであるセンターバックの利根亮平が手を打ち鳴らしながら、そう言ってチームを鼓舞する。
「トネさん。そこは『あと4点とって勝ち点3取って帰る』でしょう!?」
真吾は、利根の背中を先輩であることを気にせず思い切り叩き、的確にツッコミを入れた。
――このチームは決して弱くない、点差ほどの力の差はない!
そう思った大吾は両拳を握り締めながら、試合再開のキックオフの笛の音を
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