第6話 神器で起死回生を計った愚策


 私たちはミルガレッド国のボスが撤収した拠点にいる。え? 戦地に行かないのかって?

 はっきり言って、それどころじゃなくなってしまった。

 予想外の方向にミルガレッド国は転がっていってしまった。


「ああー。ここまで色々頑張ってきたのが水の泡だ!」


 私は髪の毛をぐしゃぐしゃにして、荒れていた。最悪も最悪だ。


「誰もミルガレッド国があそこまで馬鹿だと思っていませんでしたよ」


 ヒューも呆れているようだ。そうだよね。馬鹿だよね。


「リカルド。このままだと、ミルガレッド国は完膚なきまで滅ぼされるんじゃねぇか?」


 オッサンもこのヤバさを理解している。それぐらい最悪のことが起きてしまった。


 何が起こったか。


 レオンが戦場に出たことで、ミルガレッド国の勝機は皆無だった。それはどう未来が転がろうと変わらなかった。ミルガレッド国は王都に帝国軍が侵攻してくる直前で降伏をした。

 そうだろう。王都まで進行を許せば、被害は甚大だ。


 その後は勿論停戦処理に入るわけだ。両国で協議して落としどころを決めるのだ。それが帝都の皇城で行われることになった。本当なら、敗戦国に帝国が入るのだが、ミルガレッド国は国王の首を差し出して、降伏を申し出てきた。そして、こちらから、帝都に向かい講和条約を受け入れると言ってきた。

 これはもともと属国だからだろうか。帝都に足を運んで帝国の言い分を全て呑み込むと言ってきたのだ。


 まぁ。ここまではいい。問題はここからだ。


 私は帝都のスラム街の一角でその内容を盗み聞きしようとしていた。そう、皇城はかなりの数の盗聴の魔法を仕込んでいた。元々はレオンを護るためだったけれど、最近は帝国の動きを知るために使っていた。


 ミルガレッド国からは王太子と第二王子が国を代表して、皇城に来ていた。そこの控室で二人が話している内容を聞いて、背筋が凍ってしまった。


『皇帝を確実に仕留めるための神器の準備はできているか?』

『はい。兄上。抜かりはありません』


 それを聞いて私は叫んでしまった。


「神器ってなに!」


 魔法の本を色々読み漁っていた私でも知らない言葉だった。


「ミルガレッド国の有名な神器はアスクレプスですね」


 ヒューは知っているようだ。アク……って何!


「それって何?」

「知りませんが、ミルガレッド国はそれがあるから強気でいるのではとボスが言っていましたね」


 使えなかった。ボス! どこにいるんだ!

 最近は色々なところに行っているから、殆ど帝都には居ない。ボスなんだから、動かないで一所にいればいいのに。


「くそぉー」


 私は何重にも魔法陣を展開させる。何がいるんだ? とりあえず物理防御に、高魔力の反射。精神攻撃の防御。属性反転。ええーい。古代魔法の術式強制解除も突っ込もう。


「何をしているかわかりませんが、一人で戦争できそうな物騒なものを創っていますよね」

「魔法陣って立体になるのか?」


 そこうるさい! 私は集中しているんだ。


 これを玉座の間に仕込んでいる盗聴の魔法陣に転送できるようにしておけばいい。


「俺には貴女の行動に矛盾を感じるのですが、何がしたいのですか?」


 私が魔法陣を仕込み終わって、一息つているとヒューが疑問を投じてきた。私の行動の何に矛盾があるっていうわけ?


「この前は皇帝の友と言いつつ、皇帝の敵側を助けていましたよね。今までは双方平等に助けていましたから、特に何も思いませんでした。そして、今回は皇帝の危機だとわかれば、助けようと何か恐ろしいものを創っている。貴女の行動に一貫性が無いように思えるのですが?」


 一貫性ね。まぁ、側から見れば、私の行動に矛盾があるように見えるかもしれない。でも、私の行動の理由は何も変わっていない。

 

「まぁ、あれだね。友のために拳を振るうこともあるってことだね」

「その拳の振るう先に、矛盾があると言っているのですよ」

「そうかな? 友は国のためには動かない。友は友のために動くんだよ」

「貴女の行動が、皇帝のためだけに動いていると?」

「私はレオンカヴァルドという友のために動いているんだよ。だから、何も矛盾はない」


 私が笑顔で堂々と言い切るとヒューは理解できないと肩をすくめた。別に誰かに理解されようとは思っていない。それにヒューたちとの契約もそろそろ期限となる。恐らく、この講和条約が結ばれれば……結ばれるのか?


 私はとんでもないことに気が付いて頭を抱えた。私が作った魔法陣は発動後の何か起こる事に対して対処するものだ。その神器っていうものを無効化させるものではない。


「ヤバい。失敗した」

「リカルド。何一人、頭を抱えているんだ?」

「私は違う物を作ってしまった。今から作れば間に合うか?」

「そうですね。一人で戦争ができそうな物ですよね」

「ヒュー。これには攻撃性はない! ……げっ! 王子二人が玉座の間に入ってしまった!」


 終ったかもしれない。



 玉座の間でつらつらと建前の口上が述べられている。しかし、私は王子たちがいつ行動しだすか見当がつかない。


「あー、なぜ私は映像機能をつけなかったんだ」

「リカルド。頭がぐちゃぐちゃになっているぞ」

「仮にも女の子なのですから、髪ぐらいは綺麗にしておきなさい。ただでさえ短いのですから」


 今は私の髪なんてどうでもいい! 盗聴の魔法陣に映像の機能があれば、こんなにもやもやすることは無かったのに!


「うるさい」

「一人騒いでいるのは貴女ですよ」


 はぁ、今更私の失敗を嘆いても仕方がない。


「ヒュー。ボスは今どこにいるの?」

「確か、ガーティーオですね」

「また海? ああ、仕入れね。オッサン、ボスに連絡。即刻ミルガレッド国から撤収した方がいいって」

「即刻なのか?」

「即刻」


 私はボスへの伝言をオッサンに頼みながら、耳は玉座の魔法陣で拾った音に集中している。


「わかったよ」

「ああ。それから、空いた拠点を少しの期間だけ使わせて欲しいとも言っておいて」

「……なんだか知らねぇが、了解した」


 そしてオッサンには転移でボスのところに行ってもらった。


「それはさっき貴女が言っていた『神器』が関係するのですか?」

「そうだ……よ! 今なの!」


 ミルガレッド国の王太子と第二王子はやりやがった。帝国の言い分を全て聞き入れるという態度をして、何も問題なければ、誓約にサインをしろという状態まできて、そこで何かを発動させた。くそぉー、映像機能を持たせておけばよかった!


 私は何かわからない物に対処するため、盗聴の魔法陣を経由して、色々機能を盛り込んだ防御陣を発動させた。


 バリバリっという雷が落ちたような音や悲鳴、風が吹き荒れる音、ガラスが割れる音に何かが軋む音。そして、パキリと何かが割れる音が聞こえた。


 流石にあれだけの威力の魔法陣を転送させれば、盗聴の魔法陣に使っていた魔石にもヒビが入るか。ここの盗聴の魔法陣はもう使えないな。


『こんなところに、とんでもない物を仕込んでいたな』


 盗聴の魔法陣が低い声を拾い上げた。その声に心臓がバクバクと鳴りだす。

 バレてしまった。いや。流石に玉座の装飾品の一部に仕込んでいたらバレるか。


『リィ。助かった。流石に古代魔道具には対処できなかったな』


 そうか、神器というのは古代魔道具だったのか。なんの魔道具かは知らないけど。


『アレが発動していたら、皇城どころか、帝都も消滅していただろうな』


 ……なんてものをミルガレッド国は持っていたんだ。いや、だからボスは強気でいられると言ったのか。


『流石に許せるものじゃないよな。だまし討ちのようにしたミルガレッド国は灰燼に帰すべきだ』

「それはダメだよ。レオン」『それはダメだよ。レオン』


 ん? 私の声が盗聴の魔法陣から、かぶさって聞こえてきた。

 え? どういうこと? 私そんな機能はつけていないよ。


 ……あれか! もりもりに盛り込んだ防御陣を送り込んで繋がってしまったのと、魔法陣を仕込んでいる魔石にヒビが入って収音と音の放出が同時に行われるようになっている?


『っ―――。……リィ……ブツッ』


 あっ。魔石が持たなくなったようだ。玉座の間に設置してある盗聴の魔法陣からは何も聞こえなくなった。うん。私が仕込んだ痕跡は消滅した。


 さてと、私は振り返ってヒューを見上げる。契約期間は残っているけど、どうするか聞くためだ。


「ヒュー。あと二か月ほどで契約満了になるけどどうする?」

「何がどうするのですか?」

「レオンがミルガレッド国のやり方にブチ切れて、灰燼に帰すって言っているんだよね。私についてくる? それともボスのところに戻る?」

「なぜ、そこに私の意見が入ってくるのですかね? ボスの命令は絶対です」


 そうなんだけどね。ボスの思惑はこれで果たされると思うんだよ。これ以降は私の助言など必要ない。帝都のスラムで収まっていたボスが、今は世界中を駆け巡っている。彼は彼の行く道を確立した。ならば、これ以上はヒューもオッサンも私に付き合う必要なんてないのだ。


「ミルガレッド国は大いに荒れると思う。一度ボスのところに行って、確認してみてよ。私はボスへの恩義に報いた。今では裏社会でかなり名を上げているよね。もう、私の助言は必要ないし、最初に言ったとおり、戦禍は帝国中に広がっていく。ヒューはボスを支えていくべきだと思うんだよ」

「契約は一年。その契約を反故することは、ボスのプライドを傷つけることになりますのでしませんよ」


 ボスのプライドねぇ。あの男は何かと情に厚い。なんだかんだと言って、結局奴隷の女性たちの行き場所を確保したぐらいだしね。

 まぁ、ボスが手を広げ過ぎて、人手が足りなくなったというのもある。きっと彼女たちはボスを裏切ることはないだろう。その打算もあったのかもしれない。


「そう、だったらオッサンを回収して、ミルガレッド国に潜伏だね」




 そして、私たちはミルガレッド国のボスの組織が使っていた隠れ家をそのまま使わせてもらった。見た目は飲み屋だ。しかしこの国は宗教国家。飲酒の規制がある。いや、そもそも夜9時以降は外出してはいけないとある。門限が早すぎるだろう!

 そういうことで、飲み屋と言っても実質開店休業という状態だ。だが、飲み屋ということで、人の出入りが多くても疑われないということだ。


「ちょっと、王城に侵入して来たんだけどさぁ」

「普通は侵入してきませんよ」


 ヒューそれはわかっているよ。だけど、仕込みは必要だ。それに今の状況の把握はしておかないといけない。


「うん。まぁ、私の行動は横に置いといて。王城の中はお祭りの準備をしていたんだよ。きっと王子たちが勝つって信じているんだね」

「貴女の人外な魔法ですべてが無になってしまいましたね」

「あいつらは、絶望に叩き落されるんだろうなぁ。リカルドに」


 ヒュー。オッサン。失礼だね。叩き落すのはレオンだよ。


「祝賀パーティーでしょうね。それが、貴女の所為で最後の晩餐になるのでしょうね」

「ヒュー。嫌な言い方をするね」

「本当のことですよ。それで帝国はどれくらいの位置にいるのですか?」


 レオンがどの位置にいるかって? 私は遠い目をして答える。


「王城から目視できる範囲だった。それも精鋭数人だけで行動している」


 行動が早すぎる。私がボスに言って、組織の撤退と同時にミルガレッド国に入ったのだ。だから、そこまであれから日にちは経ってはいない。それなのに、レオンは精鋭を連れて早駆けでミルガレッド国まで侵攻してきたのだ。


「ということは?」

「すでに王城に入っている。だから私は慌てて戻ってきたんだよ」


 私はこのミルガレッド国に到着して三日間の間に各所に盗聴と盗撮を可能とした魔法陣を設置してきたのだ。そう! 今回は抜かりなく映像と音を鏡のような魔道具に映し出されるように、こね回して作ったのだ。


 私は姿鏡のような魔道具を二人に見えるように設置する。これは普段は姿鏡に擬態させるためにこの仕様にしている。いや、姿鏡を再利用したと言い換えよう。

 その姿鏡に王城の入り口である広いホールを映し出す。既に王城に帝国の兵は侵入しており、華やかに飾られている入り口で逃げ惑う使用人を殺している。

 どっちに正義があるのかわからない状態だ。

 いや、正義なんて言葉では簡単に片付くものではなくなっている。


 しかし、レオンの姿が見られない。既に先に行ってしまったのか。

 私は次々と画面を変えながら、レオンの姿を探し出す。


「いったい、どれほど仕込んできたのですか? こんなもの王城が丸裸になってしまっているではないですか」


 ヒュー。丸裸だなんて、そこまで仕込んではいないよ。


「しかし、これを見ると貴女が手に取るように情報を得てきた理由がわかりますね。悪魔を敵に回すのは恐ろしいと再度ボスに報告しておきましょう」

「ヒュー。さっきから失礼だね。それから、これは主要な部屋にしか設置していないよ」

「地下みたいなところも見られましたが?」

 

 地下は重要だよね。地下道は侵入もできるし、逃げることもできる。


「さっき映っていたけど、地下は既に皇帝の犬が入り込んでいたよね。よく鼻が利く犬だからね。コワイコワイ」


 流石カルア。誰も逃がさないと言わんばかりだね。だけど、地下はそこだけじゃないよ。ちょっと助言しておこうか。


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