第5話 ミルガレッド国滅亡のカウントダウン


「うわぁ。めちゃくちゃだ」


 眼下の光景を見たオッサンの感想だ。

 私たちは今、オミクレー峡谷の崖の上に立って峡谷で行われている戦いを見ている。戦いではないな。一方的な蹂躙だと表現した方がいい。


「最悪と最悪が重なりましたね」


 ヒューの言うとおりだ。最悪と最悪がぶつかっただけ。

 何が最悪か。一つは勿論レオンが戦場に立ったことだ。


 レオンの力は皇帝の一族の血を現わしていると言ってよかった。そう、強すぎるのだ。

 そして、相手はミルガレッド国の民兵だ。ボスが旨味が無いと言っていた理由がこれだ。数はいる。数はいるのだ。だが統率力がない。

 レオンと民兵がぶつかれば何が起こるか。それは阿鼻叫喚地獄だ。

 ただの集団でしかないミルガレッド国にして、王の中の王が力を奮うのだ。逃げ惑うミルガレッド国兵。しかし峡谷ため、逃げ道は後戻りしかできない。だが、数で押し通そうとしているミルガレッド国兵の後方はまだまだ続いている。

 あとは谷に落ちるしかない。


 これは戦ではない。ただの蹂躙だ。


 私は悲鳴を聞きながら空を見上げる。私が泣くのは違う。私は傍観者でしかない。

 そして、ここでどれだけの命を助けられるかが大事だ。


「谷を降りよう」


 私は自分のしなければならない行動を示す。レオンに直接攻撃されれば、ほぼ即死だ。ならば、谷に逃げ落ちた命を拾いあげるしかない。


「なぜ、そこまでするのか聞いてもいいですか?」


 ヒューが私の行動の理由を聞いてきた。

 ここの谷は深い。無事である可能性は低い。そこまでする必要があるのか。

 ないだろう。普通はそこまでしない。

 理由を上げるとすれば……。


「レオンが、皇帝になることを決めたからなぁ。レオンとは友達だからね。陰から支えるのも友達の役目かなぁって」

「それは隣では駄目だったのですか?」

「ヒューは知っているよね。私がスラム出身者だって」

「……どう見ても貴女はヴァン「あああああああ」……」


 私は声を上げて耳を塞いだ。私は聞く耳は持たない。


「君たちはここにいるといい。私一人で谷に降りるから! じゃあね!」


 私がそのまま谷の下に飛び降りようとすると、両肩がガシリとつかまれてしまった。なぜ、二人して引き留める。


「行きますよ。貴女の手伝いをすることが、俺の役目ですからね」

「ボスの命令は絶対だからな」


 ああ、ボスにバレた時が怖いってやつだね。二人が付いてくるというなら、転移で下まで降りるよ。


 転移で降りた瞬間に私は魔法を放つ。


「『氷結!』」

「なぜ、川の水を凍らしたのですか!」


 ヒューに怒られてしまった。

 でもさぁ、上はレオンが霧を吹き飛ばして見晴らしがいいけど、谷には濃い霧が漂っている。人の捜索に川が邪魔になると思うんだよ。だから、川の上を移動するのはこれの方がいいよね。


 そして、片手を上に上げて別の魔法を使う。


「『くもの網くものい』」


 頭上に八角形の糸を放射状に広げて谷を覆った。これで上から落ちてくる人は受け止められるだろう。さて、川に落ちた人を助けるよ。霧のおかげで、谷に糸が張り巡らされているなんてわからないだろうからね。


「視界が悪いから川に落ちないようにだよ。それに取り敢えず三人で助らえる人を探す。治療はその後。解散!」


 川の水を凍らせておいてなんだけど、この水は山からの地下水だからとても冷たいのだ。低体温症になる前に見つけなければならない。それに上から落ちて来て無事な確率が低い。


 そして私たちは谷の川から見つけられたのは10人ほどだった。やはり、流されてしまったのと、人の原型をとどめていない人が多かった。

 ただ、私が張った蜘蛛の糸に引っかかって助かった人は多くいた。これが救いとなるだろう。



 助けた人たちはミルガレッド国の国境に転移した。が、困ったことに誰も生き残れたことを喜んでいないのだ。だから、宗教に洗脳された民は面倒なんだよ。ミルガレッド国の神ってなんだっけ?


「生き残ったのはソル神の命です。あなた方の命は神がここで果てるものではないと示されたのです。いいですか? あなた方の命は神命がなければ、果てることは許されないのです」


 という感じでうそぶいて見ると、助けた人たちは地面に跪いて祈りだした。いや、私に向かって祈らないで欲しい。



「流石にボスが悪魔というだけあって、人々を騙すのがうまいですね」

「うまく先導したと言って欲しいね。納得して元の街に帰ってもらえたんだからね」


 といっても、この後に命を落とさない保証はない。

 帝国の軍は既に国境を越えている。遠くの方に帝国の軍が列になって、ミルガレッド国の王都の方に向かって行っているのが見えるのだから。


 あ……私は周りを見渡す。隠れるところはないな。ちっ!


「ヒュー。オッサン。一旦、ボスのところに戻って行って欲しい。戦禍はミルガレッド国の王都に向かっているって報告!」


 私は二人の返事を聞かずに、転移でボスのところに送り付けた。

 遠くの軍の列からこっちに単騎で駆けてくるヤツがいる。転移で逃げてもいいけど、向こうも何か言いたいことがあるのだろう。


 フルプレートアーマーをまとっている奴が馬型の騎獣に乗って近づいて来た。


「なに?」

「リィ。陛下から来いと命令だ」

「嫌だね。さよならはきちんとしたよ。それにしても、私がここにいるってよくわかったね」

「あれだけ大規模の術を発動すれば、陛下じゃなくても気が付く」


 まぁ、バレるだろうなとは思っていた。でも人命を優先しなければならなかった。


「カルア君。私も言いたいことがあるんだよ。レオンに伝言。殺し過ぎはよくないって」

「戦に殺し過ぎも何もない。殺されるか殺すかのどちらかですよ」

「はぁ、だから最悪の未来になるからダメだって言ったのに、じゃもう一つ伝言。ミルガレッド国の戦いは落としどころが肝心だよ。これにより属国の行動が変わってくる。今はまだ様子見だ。そこから一気に動き出すよ」

「相変わらずの慧眼ですね。それを陛下の側で使おうと思わないのですか?」


 レオンの側でねぇ。それは今までも何度も言ってきたけど?


「レオンは皇族として、私は民として生きる。それは交じることのない未来。ただ、友としていることはできるよ」


 私はその言葉を残して転移を発動した。フルプレートアーマーをまとっているカルアがどんな表情をしているかは窺い知ることはできなかったけれど、きっとあきれた顔をしていたと思う。いつまで同じことを言っているのかと。




「ったく、俺を便利屋か何かと勘違いしているのか?」


 私の目にはまばゆいばかりの太陽と空を映したような海が視界を占めた。おお、海の上じゃない!


「ボス! 旅行中?」


 私は振り返ってみると、赤い世界だった。うん、色々ダメな時に転移をしてしまったようだ。


「海賊共をぶちのめしているところだ!」


 説明されなくても、それはわかったよ。なんだか雰囲気がある髑髏マークの帆にいろんなモノが転がった甲板。それが何かは詳しくは言わないよ。


「ちょうどよかった。手伝え、あと二隻ある」


 二隻ねぇ。確かにこちらに魔道砲を向けている船があるね。ん? そう言えば、ヒューとオッサンはどうしたんだろう?


「ボス。ヒューとオッサンはどうしたの?」

「ああ? あいつらはあっちだ」


 あっちと言われた方に視線をむければ、三隻目があった。これはもしかしてボスの船が四隻の海賊船に襲われていたっていうこと?


「ボス。四隻の海賊船に襲われてよく今で無事だったね」

「ああ? 五隻だ」


 ……もうすでに一隻は沈めていたのか。で、この血の惨劇なわけか。でも、ボスが乗っていた船が見当たらないってことは、沈められた?

 素手で人の頭部を勝ち割っているボスに確認してみる。


「ボスの船は?」

「逃がしたに決まっているだろう!」


 おお! ボス。流石イケオジだ! 部下を逃がして自分は海賊どもの足止めをするなんて。


「あの船にどれだけの荷が乗っていると思っているんだ! 沈められてたまるか!」


 荷物の方ね。まぁ、ボスの漢気に応えてあげようじゃないか。


「いいよ。これも人助けだよね」

「おう! 船は壊すなよ!」


 すでに一隻沈めたボスに言われたくないね。

 私は船のヘリに立って、こちらに魔道砲を向けている海賊船に向かってジャンプする。とはいっても届くはずもなく、海に落ちる。

 海面に足が着いた瞬間、私は海の上を駆けだした。波しぶきを立てながら、走る私に魔道砲を撃ってくるけど、そんなものは当たりはしないよ。


 海賊船に近づいて行って、跳躍して船に乗り込む。

 どこから湧いて出てきたと言われても転移だよ。

 船は壊したら怒られるから、氷の刃を手にまとい、横から剣を振るってきた海賊がいるけど、私の強固な結界に阻まれて、剣は動きを止めた。そこに横一線に刃を振るう。


 私が結界を張っていることに、気が付いていないのか、結界ごと斬ろうとしたのか、背後から刃を下ろす海賊。そいつも氷の刃で切り伏せる。

 なんだか、うざいなぁ。雑魚のくせに数が多い。


「『氷花刃ひょうかじん』」


 花びらのような細かい氷の刃が舞い踊る。それに続くように血の花が飛び散っていく。

 そして、動く者はいなくなった。いや、この下にいるな。床を強化した踵でぶち抜いて下の船底に降りる。人の気配に氷の刃を向ければ……


「あれ? 女の人だ」


 なんだか、服というよりも、ぼろ布のようなものをまとった女性が、十人ほど固まって震えていた。それも首や手首や足首に枷が付けられている。これは、ボスに任せた方がいい案件だ。


 そして、私は氷の刃を背後に向かって振り下ろす。そこには剣を持った海賊が船底に倒れていっていた。海賊はこれで終わりかな?


「もう一つ船の制圧を言われているから、待っていてね」


 私はそう言って、もう一つの船の制圧に向かって行ったのだった。




「もう少し転移というものを考えて欲しいものですね」


 ヒューから文句を言われた。水も滴るいい男というより、血を被った殺人鬼になっている。ヒューが荒事をしているところは見たことなかったけど、普通に強かったようだ。


「死ぬかと思ったぞ!」


 どちらかと言えばオッサンの方が弱かった。オッサンは腹を刺されて倒れていたので、私が治療してあげた。


「いや、タイミング的には完璧だったな」


 ボスは木の箱の上に座って、煙草を吹かしている。まさかイケオジが片手で人をひねりつぶす程の怪力だとは思わなかった。強いだろうとは思っていたけど、船を沈めるほどとは……。


「帰りも転移で帰れるしよぅ」


 帰りを転移で? どこに?


「悪いんだけど。ボスのところに転移しているのは、ボスの魔力を目印にして転移しているから、ここからだと、どこに転移すればいいのか、わからないのだけど?」

「ああ? 使えねぇな」


 一応、場所の転移もできるけど、今回はちょっと多人数になるので、転移が定員オーバーっていうのもある。まさか、一隻に女性の奴隷が10人づついるなんて、流石に40人の転移は無理かな?


 その女性たちは枷を外すカギがどこを探してもないので、専門の解呪師という人に頼むしかないらしい。だけど、とても高額の料金を取られるらしく、ボスがそんな金を払うわけもなく、私はただでさえ、ただ働きをしているので、ほとんど収入はない。そう、戦場での治療はお金を請求してはいない。


 結局彼女たちの行き場所は決められてくる。いや、私なら枷を外すことはできる。解呪の魔法は知識としては知っている。

 だけど、私は彼女たちのその後を保障することはできない。海を渡っているということは、遠いところから連れて来られたのだろう。そこに送り届けられるかと言えば、無理だ。


 この海賊船でボスが帰港するはずだった港に向かうまでに、どうするか彼女たち自身で決めなければならない。


 そう、ボスに借金をして奴隷から解放してもらい、ボスの元で働くか、奴隷商に連れて行かれるか。結局誰かの元で働くしかないのだ。


「で、向こうはどんな感じだ?」


 ボスがミルガレッド国の戦況を聞いてきた。私はちらりとヒューを見る。私が出した水で血を洗い流して、まさに水も滴るいい男になっているヒューにボスに報告しろと、視線を送ったのだ。


「魔王に勝てる人など存在しませんね」


 ヒューそれは戦況ではなくて、ヒューの感想だね。


「ああ? まだ悪魔と手を組んでないからましだろう?」


 ボス、なぜ私を見て言うんだ?

 私はあんな酷いことはしないよ。


「それは言えますね。人は海の上など走りませんから」

「違いねぇ。っということは、ミルガレッド国は敗戦するってことか、これは早めに引き上げないといけねぇな」


 なんか。私の悪口しか言ってないよね。二人とも酷くないかなぁ。



 結局、奴隷の女性たちはボスが全員買い取った。彼女たちにやってもらうことがあるらしい。それで、出費がチャラになるどころか儲けになると言っていた。何をしてもらうのかは私にはわからないけど、奴隷のままの方が良かったのか、ボスの下で働く方がいいのか判断するのは、彼女たちだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る