第4話 戦場の治療師
「リカルド。久しぶりだな」
私を適当な偽名で呼ぶのは、一人しか心当たりはない。ソムリウム国との国境沿いの小競り合いで負傷した人たちの治療が終り、双方の人たちから引き取ってもらい、私はアスタル辺境領のとある家にお世話になっている。実は重傷者の中に辺境伯の息子が混じっていた。
息子よ。遠目から戦場を見ていた私が言うのもなんだけど、身分がある者は後ろで偉そうにふんぞり返っていようか。前線に出るのは腕に覚えがある人たちに任せるべきだよね。
その辺境伯の屋敷で、滞在して二日目に厳ついオッサンと茶髪が私の元にやってきた。オッサンはいいだろう。茶髪はボスの側近じゃなかったのか?
「あ? ボスの側近を外されたのか?」
思わず茶髪に聞いてしまった。すると茶髪は愚か者を見るような目で私を見てきた。
なに? その目は?
「顔に傷があるような者を送り込んでも、クソガキのやることの支障になりますよね」
確かに茶髪の見た目は好青年に見える。言葉遣いもやや丁寧だ。私のことをクソガキと言っている時点で、品の良さは皆無だとわかるよね。
「一応気を使ってもらったんだね。因みに私のことはリカルドと呼んでもらえる?」
「名前と性別が合っていないように思えますが?」
「え?」
まぁ、茶髪は母さんを見ているから、母さんと私がそっくりだとわかっている。だから性別も女だとわかっていたのだろう。しかし、オッサンは未だに私を少年だと思っていたようだ。ボスからは何も聞いていなかったと思われる。
「もちろん、偽名だよ。誰が本名を名乗るっていうのか」
「そうですか。ではリカルド、俺のことはヒューゲルと呼ぶように」
「オーケー。ヒュー」
「……」
何? その無言。別にどうせ偽名だよね。ヒューで問題ないよね。
「で、オッサンはなんて呼ぶといい?」
「オッサン……これでも26なんだが」
「私はもうすぐ12歳だ! 倍以上だよね」
「ぐ……」
「この者はサルトスです」
「わかったよ。よろしくね。オッサン」
そうして、一年という契約の間、三人の旅が始まったのだ。
とはいっても、きな臭い現場に駆け付け、その日の戦いが終わるまで待って、治療をしていく。そんなことを繰り返していっただけだ。
「よくもまぁここまでピンポイントで戦いの匂いを嗅ぎつけるものですね」
ヒューが私の手元を魔道ランプで照らしながら、言ってきた。
今は、日は既に落ちてしまい、小競り合いをしていた両軍は引いてしまっている。しかし、攻撃が無いわけじゃない。両軍は陣地に戻り、戦地を挟んで睨み合っているのだ。
そう、戦争の形状をした戦いが始まっている。
私はそんな中、巨大な結界を張って、両軍の攻撃が侵入してこない空間を作り上げていた。まぁ、暗闇で戦場の中央でもそもそ動く者がいても、死にぞこないだと思っているだろう。
「それは勿論、裏があるよ」
「それを教えてもらいたいものですね。ボスもここまで来ると、探ってこいと言ってきていますよ」
そうだよね。何の組織に属していない私が、ここまで戦いの匂いを嗅ぎつけて来るっていうのは、おかしいと思い出すだろう。
「残念、そこまで契約には入っていないね。私の行き先をヒューはボスに伝える。そういう契約だね」
「追加料金は支払いますよ」
追加料金か。別にそこまで、うまみはないんだよね。それに、教えたからと言って彼らに使える物でもない。
「次は?」
「こっちだ。腕が取れかかっているから縛っちゃいるが、血が大量に出てしまっているようだぞ」
オッサンが次の患者の容態を教えてくれる。何度か戦場を巡っていると、最初は傷口を見てヒーヒーと言っていたオッサンも最近は、死んだ目をして戦場から重傷者を私がいるところまで運んでくれて、簡易的な処置までしてくれるようになった。
期限はあと半年だ。頑張ってくれ。
「ヒュー。陣形術式は使える?」
「そんなもの使えませんよ。貴女のようにイカれてはいませんからね」
「失敬だね。でも、私は陣形術式を使っているっていうことはわかるよね?」
「その情報収集にも陣形術式を使っていると?」
まぁ、そういうことだ。たとえ、私がどうやって戦場の当たりをつけているかを知っても、結局誰も使えないのだ。いや、訓練をすればできるだろう。だけど、それにどれだけの時間をかけられるというのだろう。
ん? 簡易術式を確立すればいいのか?
確かに誰でも使えるように、術式を簡易的なものにすればいい。
「と、言うことだから、無理だね。はい、次!」
「確かに、貴女の治療を見ていると、普通から逸脱していることはわかりますね。誰が一日で50人の重傷者の治療ができるというのですか?」
「私だね」
「それにこの結界。戦争というのが馬鹿馬鹿しいと思えるほどの強固さ」
結界もね。これは古代魔法の応用だから、ただの剣や魔法では打ち破れないね。
「こう言ってはなんですが、貴女一人でこの戦いを終わらせることが、できるのではないのですか?」
戦いを終わらせる。しようとは思わないけど、できるだろうね。でもそれは……
「その私の行動は何も意味をなさないだろうね」
「戦争を望んでいると?」
「望んではいないよ。だけどさぁ、結局人と人がいがみ合うと喧嘩が始まるように、国と国とがいがみ合うと戦争が始まるわけだよ。そこにポッ出の私が完膚なきまでの暴力を奮うわけだ。すると、国と国が手を取って脅威となる私に敵意を向けるわけ。だから、結局戦争がなくなるわけじゃないってこと」
私が全てを終わらそうとしても、それは人々にとっては知らない者から暴力を奮われたに等しい。だから、何事も手順がある。戦争を終わらせたければ、双方が納得する結末でなければならない。そして、その役目は私ではない。
「リカルド。今日はここまでだ。後は……まぁアレだ」
命を落とした者たちしかいないってことか。それじゃ、治療した者たちを双方の陣地の外側に送ろうか。
「ねぇ、そっちの準備は大丈夫なんだよね」
「いつでも良いと聞いていますよ」
陣地の外側。そこにはボスが用意した場所がある。いわゆる戦場で高ぶった精神を発散させるための場所だ。私には関係ないところなので、近寄ることはないが、暴力沙汰があると呼び出しがかかったりする。まぁ、持ちつ持たれつの関係だ。否定することはない。
着ている軍服で分けた治療した者たちを転移で送るため、魔法陣を展開していく。
「リカルド。俺も送ってくれないか?」
オッサンが、重傷者と一緒に陣地の外側に用意された場所に行きたいと言ってきた。私は否定することはないので、行ってくるといい。オッサンはよく頑張っていると思う。
「わかった。楽しんでくるといいよ」
そう言って治療した者たちと一緒に送ってあげた。そして、私は魔道ランプを手に掲げたヒューを見上げる。
「ヒューはどうする? オッサンと同じ場所に送ってあげようか?」
「私はボスと連絡を取るので、いつもの宿にしてください」
ヒューは仕事にまじめだ。毎回、ボスと連絡を取り合っている。まぁ、その後でどこに行っているかなんては、私には関係ないことなので、どうしているかは知らない。
ヒューも転移で送ったので、私は結界を解いて、この場から去る。死者の弔いは私のすべきことではないから。
私は狭い通路に転移をしてきた。四つん這いにならないと、進めない細い通路だ。いや、通路というよりも通気口と言い換えるべきだ。
その中を私は進んでいく。ここに来たのはとある物の不具合を調整するためだ。
「――――――」
「――――――」
人の声が聞こえだしたので、気配を押し殺して、進んでいく。
ここでバレてしまったら、全てが元の木阿弥だからね。
「ミルガレッド国が武器を集めているようですね。それも闇ルートで調達しているようです」
「闇ルートか。またか。その武器商人をつぶせないのか?」
おお、ボスはミルガレッド国に武器を売りつけたらしい。これは少々きついかな。あそこは一種の宗教国家だ。民を先導して戦いを仕掛ける気かな?
次はミルガレッド国に入って、内情を調べるか。今でもいくつかの手札はあるけど、少々心もとないな。
「その武器商人はかなりの巨大組織で、下っ端は何も知りません。どこから武器を仕入れているかも知りませんでした」
「トカゲの尻尾きりか」
あとで、ボスのところに顔でも出しておこうか。ちょっと動きが目立ちすぎていると忠告しておかないと。
真剣な二人の男性の声を遮るかのように突然ノック音が鳴り響いた。とても慌てているらしく、荒っぽい叩き方だ。
「陛下。ご報告があります! ミルガレッド国が我が帝国に宣戦布告をしてきました」
「ちっ! 軍議を開くと各省に通達しろ。詳しい内容は向こうで聞く」
そう言って一人は部屋を出て行った。思っていたよりミルガレッド国の動きが早かったな。いや、武器を手に入れて強気になったかな?
「何こそこそしているのですか?」
おや? バレていたみたい。いや、バレるよね。
「カルア君。久しぶり」
私は通気口の一部をはがして、顔を天井からのぞかせる。そこには金髪金目の青年が私を見上げていた。そう声をかけながら、私は通気口の床で手を動かして、本来の目的をなし遂げる。
「一つ助言してあげよっか」
「いきなり来てなんですか? 貴女がしでかしたことを私は忘れていませんよ」
はて? 私は何をやらかしたのかな?
「聞くの? 聞かないの?」
「聞きますよ。貴女は馬鹿ですが、愚か者ではないですからね」
「相変わらず、カルア君は失礼だね」
いつも通りのカルアが見れて私は嬉しいよ。このままレオンを支えていって欲しいね。
私は直ぐに逃げれるように転移の準備をしておくのは忘れない。
「オミクレー峡谷だよ。あそこはいつも霧に覆われているからね。霧に紛れて侵入するつもりらしい。だからレオンに霧を吹き飛ばしてもらうといいよ。レオンならそれぐらいお茶の子さいさいだよ」
私が話しているというのに、カルアは剣を振るってきた。そして、通気口ごと切り刻んできた。
私に直接攻撃しても通じないと理解しているから周りを崩すことで、対応してきたのだ。
「カルア君、酷いね」
「酷いのは貴女ですよね」
四つん這いで床に降りたった私は、すぐさま魔法陣を展開する。
「転移はさせませんよ」
カルアは懐から魔道具を取り出してきた。これは魔法封じの魔道具。
「カルア君、犯罪者扱いは嫌だなぁ。せっかくいい情報を教えてあげたのに、それはないよね。でも、その魔導具は意味はないよ」
私は力の塊をカルアにぶつける。それは普通の魔法使いに有用であって、魔力が膨大である私を封じることはできない。
「くっ!」
よし! 思った場所じゃなくなったけど、設置完了。あとは逃げるだけだね。
「私を捕まえたければ、レオン相手ぐらいじゃないと無理だよ」
今度は転移の魔法陣を展開する。そこに重厚な扉が外れんばかりに勢いよく開かれた。
「カルア! 何が……リィ……」
黒髪に赤い目をした人物が室内に侵入してきた。その人物は私を見て驚いた表情をしたあと、くしゃりと顔を歪めた。それを見た私はその場を転移で去った。
ヤバい。レオンとはあそこで会うつもりは無かったのに、思ったより戻って来るのが早かった。いや、人が話しているというのに攻撃してきたカルアが悪い。
まぁいい。初期の頃に設置した盗聴の魔法が劣化していたのを再度構築し直せたから、目的は遂げることができた。
そう私は、各地を巡りながら、国の重要な施設に忍び込んで盗聴の魔法陣を仕込んでいたのだ。
とある異世界では犯罪だが、そんな法整備はれていないこの国では違法ではない。情報戦略は情報網が確立していない世界では生命線と言っていい。
「おい! いきなり床から湧いて出て来るな。今、何時だと思っているんだ?」
私の背後から嫌そうな声が聞こえてきた。別に起きていたんだからいいじゃないか。しかし、お楽しみのところを邪魔してしまったのだろうか。
「ヤっていたところ?」
「やり終わったところだ」
じゃ、問題ないよね。私は立ち上がって振り返ると、床に倒れている人を足蹴にして長椅子に座っている人物がいる。それも月明りを背後に背負っているので、なかなか様になっていると言っていい。
「何か、しでかしたの?」
「こっちの話だ。てめぇには関係はねぇ。それで何の用だ?」
床に倒れている人はピクリとも動いていないので、もう息がないと思われる。金髪のイケオジを怒らすことをやらかしたのだろう。
「ボス。ミルガレッド国に武器を売ったんだって?」
「ああ? 俺は売ってねぇよ。こいつが勝手に売りやがったんだ。あの国は旨くねぇって言っていたのにも関わらず、この馬鹿がな!」
あ、そうなんだ。ボスにしては、賭けにでたなっと思っていたら違っていたらしい。
「あの国は薬を売れって指示したっていうのに、誰が宗教ヤローに武器を売るもんか!」
うん。神の名の元にって言って、戦を始めるから、あの国は見極めが重要だからね。
「それでね。宣戦布告したらしいから、手を引いた方がいいよって、忠告しにきたんだよ」
「ちっ! 魔王に喧嘩売ったのか? あいつらは帝都がどうなったか知らねぇのか?」
知らないんだろうね。知っていれば、レオンのヤバさがわかるんだけど、情報網が確立していないと、こういう事が起きるんだよ。コワイコワイ。
「次はミルガレッド国だね。戦いが長引かずに早々に降伏することを祈るよ」
「武器の供給は止める。はぁ、あの国は国民全員が兵になるから、本当に旨味がねぇんだよなぁ」
恐らくミルガレッド国の戦いが帝国と属国との戦いの口火となるだろうね。
この戦いをどう終わらせるか。それが肝心だよ。レオン。
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