第7話 生か死か
「カルア君」
私が声に魔力を帯びさせて呼びかけると、鏡に映っているフルプレートアーマーはびくっとして剣を私が仕込んだ魔法陣の方に向けてきた。おお、地下で声が反響しているのに、ピンポイントで剣を向けてきたね。
因みに声に魔力を乗せないと向こうに伝わらないようにした。私は学習できる偉い子なのだ。
『相変わらず神出鬼没ですね。今度は何ですか?』
ちょっとイラついている感が出ているカルアの声が聞こえてきた。別に神出鬼没ではなくて、私が先回りしていただけだね。
「この城の中庭に教会があるんだよ。そこに一旦全ての地下道が繋がっていて、教会からしか外に繋がらないようになっているよ」
『ちっ! それは王族しか知らないことではないのですか?』
なんだか本当に機嫌が悪いね。カルア。地下道のことは敵索魔法の応用で簡単にわかったよ。別に大したことじゃない。まぁ、わざわざ言うことではないけど。
「カルア君。お疲れ?」
『誰の所為だと思っているのですか?』
「レオンの所為だよね」
『ちっ!』
舌打ちで返されてしまった。それはお疲れだと思うよ。あの後ミルガレッド国に精鋭だけで強襲しているんだから。
「わかったよ。誰も座らない玉座に特製の回復の飴を差し入れしておくよ」
『怪しい飴など必要ありません。貴女の所為で陛下が……客ですね』
カルアは何かを感じたのか話を止めて、私の魔法陣に向けていた剣を背後に振り、鏡の端に鮮血が飛んだ。
『きゃーーーー!』
女性の声が響いてくる。これはもしかして王族の誰かを逃がそうとしていた?
『これはこれは、王太子殿下の第三王女様ではありませんか』
王太子ってあの神器を使って事をなそうとした人物だよね。その子供がそこにいるってこと?
カルアは画面の端で剣を振り上げるそぶりを見せる。ちょっと待って! 声から成人していなよね。
「ちょっと待ったぁぁぁ! カルア君。子供に罪はないよ」
するとフルプレートアーマーからまた舌打ちが聞こえてきた。
『子供でも王族です。陛下は王族のみなごろしを決められました。その血は一滴も残してはならないと』
王族の血を絶やすということは、ミルガレッド国を消滅させるということだ。
王族は国の頂点であるとともに、国が国として存在するための象徴だったりする。たとえ、戦に負けたとしても、王族の血が残っていれば、国は再興できる。だけど、レオンは王族の血を絶やすと決めた。
それは禍根を残さないためでもある。と同時にこのミルガレッド国は別の形に変貌することになるのだ。
だけど……だけど……それではダメだよ。レオン。
「カルア君。王族の死は尊厳をもたなければならない」
私は心の中で血の涙を流しながら言葉にする。王族の死は簡単に与えてはならない。
するとフルプレートアーマーは私の魔法陣の方に視線を向けた。
『貴女にしては良いことをいいますね。見せしめに公開処刑するように言うなんて』
…………
「誰もそんなことは言っていないからぁぁぁぁ」
『陛下に進言しておきますね』
そう言葉を残したカルアは、泣いている少女の声と共に去っていった。
ちょっと待って、私は公開処刑だなんて一言も言っていないけど?
「ねぇ、私そんな変なことを言ったかな?」
私は振り返って二人に聞いてみる。すると、オッサンは青い顔色をして首を横に振った。そうだよね。私は言っていないよね。
「ただ単に腹の虫の居所が悪かったのでは?」
ヒューはただカルアの機嫌が悪かっただけだと。……あり得るかもしれない。
基本カルアは皇帝に忠義を尽くしている。重苦しいほどにだ。そこに私が横から口出しをする。皇帝の意に反することを言うのだ。そうか、私への嫌がらせか。
そして、姿鏡は玉座の間を映し出した。
床に血だまりと動かない人がいることから、ここで何があったかは予想はできる。レオンに歯向かった者がいたということだ。
玉座には黒髪の人物が足を組んで偉そうに座っている。
「俺、魔王を近くで見たことなかったけど、まとっている気配だけで人が殺せそうだな」
オッサン。これは映像なので、その場の雰囲気までは伝わらない。強いているなら、機嫌の悪さはわかる。
レオンの背後にはカルアが立っているため、あの時のお姫様は殺されたか、ここまで引きずられながら連れて来られたかどちらかだ。
そう、ひときわ高い場所からレオンが見下ろす下段の床には、縄でぐるぐる巻きにされたきらびやかな衣服をまとった人たちが、座らされているのだ。それも猿ぐつわまでされている。これは魔法を使えないようにしているだけだ。
いや、恐らく魔道具でも魔法阻害を掛けているのだろう。映像の乱れが酷い。それに声もブツ切れで聞こえてくる。
「魔法陣の設置に失敗していますよ」
この映像の乱れと声のブツ切れを私の不手際だとヒューは指摘してきた。いや、私が悪いわけじゃない。
「私がいくつか残しておいた魔法阻害の魔道具を使っているからだね。だから、私が悪いわけじゃない」
「それはまわりまわって、貴女が悪いという事ですね」
いや、確かに魔法阻害の魔道具はレオンのために置いて行ったけど、それをどう使うかは私にはわからないことであって、これは私の不手際ではない。決っして違う。
「ん? あ?」
上手く聞き取れなかったけど、レオンの背後にいるカルア君。君、今なんて言ったのかな?
「ねぇ、今、公開処刑がどうとか言ったよね」
「言いましたね。聞き取りにくかったですが」
そうか。あれは、私への当てつけではなくて、本気でレオンに言ってしまったんだ。これはちょっと困ったことになるなぁ。
『―――かm―――さばk―――!』
は? 捉えられている王族らしき人物が奇妙な動きをしたと思ったら、首が飛んで行った。その足元には金色のゴブレットみたいなものが転がっている。
『古代魔道具なんて簡単に使えるものではない。それに何度もやすやすと使えると思えるな』
レオンの声だけがはっきりと聞こえた。
ミルガレッド国の王族はやらかしてしまった。この状況で起死回生を計ろうとして、返り討ちされてしまった。
そして、私の仕掛けた魔法陣が機能しなくなったのか。何も映さなくなった。
これはあれだ。怒ったレオンの魔力で魔法阻害の魔道具も私の仕掛けた魔法陣も壊れてしまったのだ。
もうこれは救済も不可能な状態だ。属国であるミルガレッド国が帝国に喧嘩を売って負けた。その後に二度も歯向かったのだ。
実は救済の手札も用意していた。ミルガレッド国を探っていくと金鉱脈を隠し持っていることを偶然知ってしまった。どうも神聖な山に鉱脈があるらしく王族が管理している……らしい。
それで手を打たないかとカルアに耳打ちするつもりだった。だが、私が救済を口出すことはできなくなった。
帝国に逆らう属国の王族の血を残す意味がない。そして、他の属国に見せしめのように知らしめるのだろう。帝国に逆らうとどうなるかと。
これで収まるのは、じぃの存在があればの話だ。レオンはその力をまだ世界に知らしめてはいない。だから属国はこれぐらいじゃ怯まない。
帝国に対する各国の不満はこんなことで収まることはない。
「ああー。ここまで色々頑張ってきたのが水の泡だ!」
私は髪の毛をぐしゃぐしゃにして、荒れていた。最悪も最悪だ。
「誰もミルガレッド国があそこまで馬鹿だと思っていませんでしたよ」
ヒューも呆れているようだ。そうだよね。馬鹿だよね。
「リカルド。このままだと、ミルガレッド国は完膚なきまで滅ぼされるんじゃねぇか?」
オッサンもそう思うよね。はぁ、ミルガレッド国はこのまま帝国に蹂躙される未来しかなくなってしまった。
「撤収だね。これ以上、私は手を出さない」
「おや? 聖女もどきにならないのですか?」
「ヒュー。なにそれ? 私は偽善で動いているわけじゃない。それに帝国から追随の軍がミルガレッド国に向かってきている」
「リカルド! それを先に言えよ。ここにいると巻き込まれるじゃねぇか」
完璧に巻き込まれる。帝国がミルガレッド国を歯向かう気もなくすほどの一方的な戦いにだ。それに戦場はここから一気に広がっていく。私もそれに対応しなければならない。
だけど希望があってもいいのではないのだろうか。そう、希望だ。
「あの王太子の第三王女を攫ってから撤収!」
「何を言っているのですか? 王族はみなごろしだと魔王が言っていたのでしょう?」
「王族の血を残す意味はないことは私も理解できる。だけど、この国の生き残った民には希望が必要だと思う」
「ちょっと待てリカルド。そんなことが、バレたら魔王の追手が来るだろうが!」
追手がくるかな? 来ても私には傷一つつけられないのはわかっているから、そんな無駄なことはしないと思うけど……これは、姫は攫って行ったと怪盗風にメッセージを残せばいいかな?
でも私が攫ったってわかるようにしておかないと、色々被害が出ると思うからなぁ。どうしようか……あ! よし!
「ヒュー。代筆してよ」
「何ですか? 代筆って、文字ぐらい書けるでしょう。仮にも皇城に五年もいたのですから」
いや、チート能力の所為で文字が書けないんだよって言って通じるかなぁ。通じないよな。でも説明のしようがないよね。いいや、そのまま言ってみよう。
「私ってどんな文字でも読める能力を祝福されているんだよ」
「最悪ですね」
なに? その感想は? 普通はすごーいってなるところだよね。
「だからさぁ。普通の文字がどんな形をしているか認識できないんだよ。ということで、人が読める文字が書けない」
「悪魔が読める文字なら書けると」
「ヒュー。私のことをどう思っているのか聞いていいかな?」
「能力の無駄使いをしている小娘です」
酷い。でも、言いたいことはわかるよ。ヒューにもカルアにも言われたことだよね。
なぜ私の力をレオンの側で使わないのかって。
それじゃ、駄目なんだよ。
「じゃヒュー。出だしは『王族みなごろしってイカれているじゃない』から行こうか」
「せめて、皇帝を称える挨拶にしましょう」
「それは私らしくない」
「それもそうですね」
「いや、第三王女を攫ってくるのが一番の問題じゃあねぇのか? そこはいいのか?」
私は、王族が軟禁されている場所を盗聴兼盗撮の魔法陣で確認して、第三王女がいる部屋に転移をした。
そこは王族の部屋というよりは、簡素な部屋で元々は使用人の部屋だと思われる。なぜなら、この部屋には明り取りの窓がなく、魔道ランプの明かりしかなかったから。
「こんばんは。お姫様。名前を聞いてもいいかな?」
「きゃ!」
簡素なベッドの上に縮こまっている私より二つ上ぐらいの少女に声をかける。が、背後から殺気を感じで睨みつける。ったく皇帝の犬は同じ鎧を着ているから誰かわからないんだよね。私に悲鳴を上げられてしまったじゃないか。
いや、突然人が現れればただの侵入者か。
「火だるまから元通りに治療してあげたんだから、そこで黙って見ておいてよね」
「火だるまになった元凶の言うことを聞く必要はない」
くぐもった声で反論されたけど、まぁ、その通りだ。
皇帝の犬は私に向かって剣を振り下ろしてくる。君たちのその融通の利かなさには、毎回あきれるよ。
「私に敵わないってことをいい加減覚えてくれないかなぁ?」
私は親指と中指をはじく動作をする。いわゆるデコピンだ。魔力の塊を作って指ではじいた。それは鎧の頭部に当たり、鎧はうめき声をあげて崩れていく。
「さてお姫様。私だったら、お姫様だけなら助けてあげる。このまま処刑を待つか。私の手を取るかどっちがいい?」
私はニコリと笑みを浮かべて第三王女に選択を迫った。
そう、これは彼女が選択しなければならない。
これから彼女はこの選択肢を後悔することになるかもしれない。だけど、ここで彼女自身が決めたということが大事だ。
私が有無を言わせずに連れ去ることは容易だ。だが、そうすると彼女は人の所為にしてこれから生きることになる。いつまでも自分の足で歩こうとしなくなるだろう。それでは希望にはなれない。
彼女には光り輝く希望であって欲しい。美しく光を反射する金髪が風に舞い、空を映したような青い瞳を煌めかせて、世界を歩いて行って欲しい。
だから私は選択肢を迫る。生か。死か。
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