第25話 全滅村
「二時間使って、
ユリカたちが戻ると、
ドラは「知るかボケ」みたいなシラケ面で、
クロは責任を感じているのかいないのか、少し離れた場所で背を向けて
「あー……修羅場の一歩手前、ですかね」
「いやぁ、たぶん何とかなるんじゃない?」
小声でユリカが問うと、アイダは軽い調子で答えて
アイダが示した先では、鹿野が葛西の
「まぁそうカリカリしない。『全滅村』と比べれば、どうってことないからね」
「あぁああ! 鹿野さぁーん、アレのことは思い出したくないんだって!」
言われた葛西は、笑顔ではあるがキレ気味に返している。
全滅村、というのは元々『じゃすか』の三作目として予定されていたタイトル。
少人数のカルト教団が集団自殺事件を起こした、東北の村が舞台だったらしい。
そこで起きる数々の怪現象について検証する、と二作目の最後で予告されていたのだが、実際にリリースされたのは、中部地方の幽霊屋敷をメインにした、まるで別の内容だった。
三作目の冒頭に「全滅村の取材は諸般の事情で中止されました。この件についての質問にはお答えできません」とのテロップが流れ、ファンの間では村で何があったのかと今でも
その事情を知っているはずのクロと常盤は、葛西ほどではないけれど渋い顔だ。
全然わからないユリカは、似たような表情になっているアイダに訊いてみた。
「アイダさんも、そのロケに参加してたんですよね」
「ああ……残念ながら」
何その不思議な返し、と思いつつ質問を重ねる。
「どんな感じ、だったんですか」
「簡単にまとめると……最悪の状況をどうにかしようと採用した手段が最悪で、結果も最悪になったという最悪のロケだ」
「えぇと……どういうことです?」
想像力の限界に達したユリカに、アイダは長い溜息を吐いてから答える。
「全滅村は……色々とネットの噂とかはあるけど、実際には単なる限界集落でな。住民がゼロになって急速に
「なら集団自殺がどうこう、ってのは」
「事件自体は存在してるけど、もっと別の場所。そこは今ちょっとね、揉めるとシャレんならない団体の私有地なんで、入るに入れない。だから噂に便乗して、あの廃村こそが集団自殺のあった現場、って設定で撮ろうとしたんだけど……」
「けど?」
大体の予想はついたユリカだが、一応確認しておく。
「つまるとこ、何も起きてない単なるド田舎の村だからな。当然ながら、怪しいことも何も起きないんだよ。しかも歴史があるんでもなくて、敗戦後に満洲から引き揚げてきた人らが住んで、平成になって潰れた村だから、史跡なんかもなくて本格的にスッカスカ。いや参ったよアレは」
「それはもう、詰んでますね……」
神社も寺も古民家もなければ、いわくありげな風景なんて作れない。
雰囲気作りすら困難ならば、ヤラセもデッチアゲも空回るしかない。
「そう。詰んだから、将棋盤を引っ繰り返した」
「何を、やらかしたんです?」
「……墓を荒らした」
周囲の制止を振り切り、葛西は村の隅にあった小さな墓場で大暴れをしたらしい。
和久井と二人で墓石を蹴り倒し、悪態を
そんな馬鹿騒ぎは、偶然通りかかったバイク乗りによって通報されるハメに。
その後は
ニュースにならなかったのは、この廃村が変に注目されるのを避けたい関係者の意向が働いた、半ば奇跡みたいな温情だったようだ。
軽めの偏頭痛を感じながら、ユリカは諸事情の正体を確かめようとする。
「結局、そこまでやって何も撮れなかったんですか?」
「それがね、わからん。監督が墓場で暴れてるシーンは、トッキーが一応撮影してたんだが……データが壊れてて、一秒たりとも再生できなかった」
「……ある意味、見事に
想像以上に綺麗なオチで、ユリカは何だか力が抜ける。
そんな話をしている内に、撮影の方針を決める会議の結論を出たようで、葛西がパンパンと手を叩いて皆を呼び寄せた。
「はい、というワケで。今回あまりにも、あーまーりーにーも、何も起きないんで! 鹿野さんの知恵を借りてね、半人工的に起こそうと思いまぁす」
ユリカたちの表情に「全滅村の二の舞じゃないのか』との疑念が浮かぶ。
それに気付いたか、葛西はドヤ顔で右手人差し指をチッチッと揺らした。
「大丈夫大丈夫、今度は、今度こそは大丈夫。アレの失敗した理由は、方向性は合ってたのに、やり方が間違ってたから。だーけど今回は、方向性もやり方も、怪異の扱いに関しては日本有数のプロである鹿野さんが、パーペキな指導と監修をしてくれてっから、もう超大丈夫」
この場にいる全員の目が、一斉に鹿野に集中した。
鹿野は動じる様子もなく、六対の視線をぐるっと見返してから説明を始める。
「じゃあ、まずね。御守りとか護符とか宝石に類するもの、それと金属製のアクセサリーや小物。そういうの、全部外して」
静かだが重々しい、有無を言わせない響きがある鹿野の口調に、皆は理由を訊き返しもせずに黙って外していく。
水晶の数珠、有名神社の御守り、
それを見届けると、鹿野は大きく頷いてから煙草に火を点ける。
落ち着き払っている自分を演出したいのか、動作の一々が芝居がかっていて、そのクサさがユリカの鼻につく。
深呼吸のように深く吸った煙を盛大に吐き出した鹿野は、指先に挟んだ煙草のオレンジ色を向けながらアイダに問う。
「なぁ、アイケン。こちらに興味のない相手を振り向かせるのに、最も即効性があって効果的な方法は何だと思う?」
「えっと……声をかけたり、肩を叩いてみたり」
少し考えてアイダが答えるが、鹿野は残念そうに
次に、アイダの隣に立つドラに煙草の先が向けられた。
「じゃあキミ、何だと思う?」
「ケンカを売る」
ドラが即答すると、鹿野は一瞬だけ顔を
「ウハハハハッ! そうそう、正解だよ。ケンカを売る、挑発する、ヘイトを稼ぐ……名目は何でもいいから、とにかくこちらを無視できないよう、感情的になるように仕向ける。それは、相手が人間でもそれ以外でも有効だ……極めて有効なんだ」
鹿野の言っていることは、わかる。
しかし、何をしようとしているのかが、わからない。
答えを聞かされているようで、一人でニヤついている葛西を除いた面々に、感じの悪い緊張が
「そんなに構えなくていい。ケンカは既に吹っ掛けてある」
「え、それって……どういう」
アイダが訊くと、鹿野は口元だけで笑う。
「細工は
「いや、腹を括れと言われても……」
反論の余地を潰しながら話を進める鹿野に、ユリカはついつい
無視されるか怒鳴られるかを覚悟したが、鹿野は穏やかな表情を向けてきた。
想定外の反応にユリカが
「心配ないから。リスクがゼロとは保障できないけど、殆どはこちらが被ってる。君たちのやることは、行って、見て、撮影する。それだけ。それで、おしまいだから」
そうか、これさえ乗り切ったら、やっと終わるのか。
そんな思いと鹿野の勢いに負けて、ユリカは自然と首を縦に振っていた。
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