第26話 ばちかぶり
廃工場でのロケから数日が経った土曜日。
ユリカはドラを呼び出し、新宿駅近くのカラオケボックスに入店していた。
まだ昼過ぎだが、週末だからか八割方の部屋は埋まっている雰囲気だ。
店員が二人の飲み物を置いて去ると、ドラはユリカに訊いてくる。
「ところで、どうしてカラオケなんだ」
「他人に聞かれたくない話をするのに、意外と便利なの。居酒屋だと、完全個室っていいながら隣の声が筒抜けだったりするけど、ここなら防音も効いてるし」
その答えに納得した様子のドラは、アイスコーヒーを手に取って言う。
「女優だし、やっぱりそういうのは気を付けるか」
「人気のある有名人なら、もっといい手段があるんだろうけどね」
とはいえ、映画のヒットでそれなりに顔が売れてしまったので、最近のユリカは街中でいきなり写真を撮られたり、声を掛けられたりもしていた。
ユリカがジンジャエールを一口飲むのを待って、ドラが話を続ける。
「にしても、あのロケは……凄まじいことになったな」
「鹿野さんのケンカ売ります宣言から先は、最悪としか言い様がなかったね……」
二人は顔を見合わせ、互いに深々と溜息を吐く。
あの夜に何があったのか、その全容を未だに
というか、あの場にいた人間の全員が似たようなものだろう。
状況を作った
これが、鹿野の言う「挑発」らしかった。
「あの神棚の扱いからすると、
「私も、そうじゃないかと疑ってる」
後で確認した昼間の社員寮探索シーンでは、ただ鹿野とクロが建物内で発生した自殺について真偽不明の話をしているだけで、怪現象は何も起きていなかった。
慰霊碑などの破壊が仕込みなら、鹿野や葛西は異変が発生せず焦っていただろう。
そんな焦りが、倫理や常識を吹っ飛ばして追加の破壊活動に走らせた――
ユリカはそう分析しているが、どんな事情があろうと鹿野の行為は問題外だ。
そしてドラが寮の玄関先で頭を抱えて
鹿野とクロは、いつの間にか揃って姿を消していた。
アイダと
昼間の探索で、強烈な寒気を感じた地下のあの部屋だ。
「鹿野さんとクロ、さ。どうしてあの場所にいたんだと思う?」
「当人がわかってないのに、俺にわかるわけない」
あっさりと片付けるドラに、それじゃ話がそこで終わるだろう、と
「呼ばれたんじゃないか……って気がね、するんだけど」
「んー、オカルトの専門家と霊能者だし、そういうのに呼ばれるのも道理だがなぁ」
どちらの
発見された鹿野たちの姿で、尋常じゃないことが起きたとは感じただろうけど。
あの時、二人の行き先を確信していたユリカは「とりあえず地下から探そう」と主張して、十分ほどであの部屋まで辿り着いた。
相変わらず冷えた部屋の中にいた二人は、髪から水滴が垂れるほどに汗だく。
鹿野は、どうして自分がここにいるのか、まるでわかっていないようだった。
クロは、鹿野が『長い髪の女』に手を引かれて早足で歩み去るので、慌ててその後を追ったらここにいた、と証言していたが実際どうだったのかは不明だ。
「とにかく、あそこは……何かがおかしい」
「
ドラの発言に意外性を感じ、ユリカは思わず数秒の間見つめてしまう。
まともに話し合ったこともないが、こちらに「霊感みたいなもの」があるのだと、信じてくれているようだ。
「あの日の昼にさ、地下を調べに行った時、私がやたら寒がったじゃない」
「ああ、あれもあったから、偶然とも思いづらい」
「工場全体が変だけど、あの部屋は特に何かありそうなんだよね……」
プチ失踪騒動の後、鹿野とクロは汗と震えが止まらなくなってしまう。
他のメンバーの動揺も収まらず、結局撮影を中断して撤退することに。
敷地内から去る寸前、ユリカは何となく工場の正面入口の方を振り返る。
すると、女の子が手を振っているのが見えた――見えてしまった。
あの子が噂にあった『髪の長い女』か『黒い女』、なのだろうか。
距離があったのと、危険を感じてすぐに目を逸らしたせいで、細かい観察は無理だった。
ただ、相手の動きは「さようなら」ではなく「もう来るな」を意味していた印象が残っている。
ユリカがそんなことを考えていると、コーヒーを飲み干してドラが言う。
「定点カメラにも、変なのが映ってたらしいな」
「うん……詳しく聞いてないけど。あと、カメラを回収したアイダさんが帰りの車で言ってた話だと、工場内を移動中はずーっと……数メートル後ろに誰かいる気配がした、って」
ドラは、あからさまに「聞きたくなかった」と言いたげな瞳をユリカに向ける。
あの工場は、確実に危険だ。
鹿野が言っているのとは少し違う意味での、危険が隠されている気がする。
その思いを表す言葉を選び出し、ユリカは口を開く。
「工場を見たとき、あそこは『守られている』印象があった」
「俺としては『
ともあれ、見捨てられた廃工場に
自分だけなら無意味な思い込みかもしれないが、複数ならばそれは意味がある。
小さく頷いてから、ユリカは提案してみた。
「クロさんもあれ以来、ちょっと変になってるし……あの工場のことは、ちゃんと調べておかなきゃいけないかも」
「そうだな。知り合いの
話が長引くのを考えて二時間で部屋をとっておいたが、かなり余ることになった。
どうしようかとユリカが考えていると、ドラがマイクを手に取る。
「折角だから、ちょっと歌ってくか」
「おっ、いいね。じゃあ――」
ユリカはデンモクを操作して、『十年前の流行歌』カテゴリを呼び出す。
それから、積もり積もった
その帰り道、ホームで電車を待つユリカのスマホに、クロからの着信が。
クロは最近、友人知人や仕事仲間に意味不明な電話を繰り返している。
ユリカは数日前にも相手をして、十分足らずの会話なのに特大級の疲労感を味わうハメになっていた。
できれば無視したいと魂は告げているが、そういうわけにもいかない。
深々と溜息を
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