第22話 寝起きドッキリかよ

 破壊された慰霊碑いれいひと地蔵、それを目撃して愕然がくぜんとする一行。

 そんな状況を撮影していた葛西かさいは、不意にカメラを止めると鹿野かのに訊く。


「それで、次はどうします? 下調べしたコマの話じゃ社員寮はかーなーり地味ってことだし、全員揃ってワラワラと見物ってのは、ちょーっと違うんじゃないか説、ありますけど」

「確かに、人が多いと雰囲気も壊れるか……」


 鹿野と葛西が相談を始め、途中で他の面子も次々に加わる。

 お呼びが掛からなかったユリカは、同じく放置されていたアイダと二人、酷い有様になっている石碑と石仏を眺める。


「これはちょっと、引きますね」

「……やりすぎてるなぁ」


 ユリカと似た感想ではあるものの、アイダの口調

には誰かを非難する響きがあった。

 皆には聞こえないだろうが、気分的な問題もあってユリカは小声で確認する。


「社員寮の方から妙な気配とか、あります?」

「いや、特には……ユリカさんは?」


 訊き返されて、ゆっくりと頭を振る。

 さっき葛西に答えたように、居心地の悪さは常にまとわり付いている。

 しかし、それ以上の悪意や害意といったものは、現状では察知できていなかった。

 アイダもそうらしいので、恐らく何事も起きていないのだろうが――


「あそこで、誰か死んでるんでしたっけ」

「鹿野さんが言ってた、自殺として処理された不審死、だっけ? そいつの発生場所が、確か社員寮だったような」

「それって、工場が現役だった時の話、ですよね」


 ユリカの問いに、アイダは自信なさげに頷き返す。

 どれだけの無念や怨念があれば、何十年も残り続ける怪異となるのか。

 めでたい色合いにされた首無し地蔵を眺めつつ、ユリカは考える。


「ユリちゃん、アイケン、ちょっと」


 声の方を向けば、プチ会議が終わったらしい葛西が手招きしていた。

 ユリカとアイダはそちらに向かい、寮の玄関前に出来ている輪に混ざる。


「それで、どうなりました」

「えっとね、鹿野ちゃんクロちゃんは、この寮を探索して色々とイヤンな感じのブツを大発見。そっちの撮影は常盤トッキー。残りのスタッフは夜の撮影に備えてのセッティングで、アイケンとユリちゃんには、工場内のライトかつマイルドな探索をやってもらう感じで」

「わかりました」


 ユリカが答えると、葛西はドラを指差しながら言う。


「ドラさん、まだロケ車のキー持ってる?」

「はい、あります」

「そんじゃ、この軽の鍵も持ってって、両方から撮影用の機材、全部工場の入口前にある小屋に運び込んじゃって。まぁ、急がなくていいけど、なるはやで」

「……了解です」


 ドラは「どっちだよ」とのツッコミも入れず、鍵を受け取ると通用口の方へ走って行った。

 ユリカとアイダは、特に説明なく歩き出した葛西と和久井わくいの後をついていく。

 工場の正面方向へと回ると、入口の右手にプレハブ小屋があった。

 従業員の出入りを管理していたのか、警備員の詰所だったのか。

 どちらにしても、巨大工場でもないこの場にあるのは、ちょっと不自然にデカい。

 ユリカが小屋を気にしているのを察してか、葛西が説明を加えてきた。


「アレもねぇ、何に使ってたかわからんけど、妙に新しくて広くて不気味だよな。工場が潰れた後になってから、わざわざ作られたって感じもあるし」

「へぇ……どういうこと、なんですかね」

「何なんだろうねぇ。とにかく、コマとプウに下見させた時に片付けといたから、あそこが撮影中の休憩所兼指令所――要するに拠点になるんでね、そういうことで」

「ですか……あ、小屋の脇にあるトイレって、使えるんですか」


 工事現場なんかでよく見る、簡易式かんいしきのヤツだ。


「まだ鍵かかってるけど、もう出そうなら開けるよ。 でっかいの? 小さいの? 中くらいの?」

「そういうセクハラっぽいの、本気でやめて下さいよ。あと最後の何ですか」


 ユリカの抗議を笑って受け流し、葛西は鍵束を回してジャラジャラ騒音を鳴らす。

 敷地内の各所の鍵らしきものが、金属のリングに通してまとめてあった。

 工場正面のメイン出入り口は、トラックが行き来できそうなサイズだ。

 そのシャッターの前では、アイダが首をかしげている。


「監督ぅ、ここ開けちゃうの?」

「そこは開け閉めがメンドくせぇ。だから、隣のドアからな」


 見れば、シャッターの横に目立たない感じにドアが設えられていた。

 そして葛西は、アイダに鍵束を手渡しながら言う。


「じゃあアイケン、軽くふざけながらも実は緊張してる、みたいな匙加減でお願い。ユリちゃんとプウも、続いて恐々こわごわと入って……あ、プウ! お前は一回来てるけど、初めて来た場所で景気よくテンパってる空気、キッチリ出せよオゥイ!」

「ああぁあ、ハイ! スイマセン!」


 早くもテンパってるようなので、和久井の準備は問題なさそうだ。

 葛西がアングルを決めるのを待って、アイダが鍵を準備する。


「それでは、いよいよ……工場の中に入ってみようと思いまぁす」

「寝起きドッキリと勘違いしてません?」


 何故か小声でカメラに喋るアイダに、ユリカは義務的にツッコんでおく。

 ただ、語尾を少し震わせて怯えを演出している辺り、プロの仕事ぶりではある。


「じゃあ改めて……あれ?」

「いやいや、鍵の大きさ! 縦の長さで、もう鍵穴の倍くらいあるし!」


 アイダがボケを重ねてきたので、ユリカはやたら大型の鍵を指差しつつ、追加でツッコミを入れておく。


「アイダさん……三度目になると、きっと丸ごとカットですよ」

「いやユリカさん、そういうメタなのいいから! 普通にヘコむから!」


 言いながらアイダは、普通に鍵を差し込んで普通に開けた。

 それから円筒状の取っ手を掴んで、右方向へと引っ張る。

 油の切れたきしみ音を立てて、重たい金属のドアがモッサリと動く。

 ドアの先の薄闇から、カビと鉄錆てつさびを混ぜて希釈きしゃくしたような臭いを含んだ、少し冷えた空気が流れ出た。


 これが、あの動画に映っていた工場か――

 出所でどころのわからない居心地の悪さは、さっきより更に増している。

 だけど、このに及んで「入りたくない」と言えるハズもない。

 ユリカは一つ大きく息を吐いて、建物内への一歩を踏み出した。


 外見のシンプルさに比べると、工場内はかなり複雑な構造をしていた。

 かつて存在していたものを何もかも撤去したようで、入口付近は広々としている。

 窓が多いから採光はいいらしく、ライトなしで視界が確保できる程度には明るい。

 見える範囲に、地下に続くスロープと上階に続く階段がある。

 ここが稼動している時の様子が、ユリカにはまるで想像できなかった。


 やはり初めて来たアイダも、ユリカと同じく物珍しげにキョロキョロしている。

 葛西から景気よくテンパれと命じられた和久井は、ユリカやアイダの足音に何度もビクついたり、不意の物音に反応して素早く床に伏せたりと、頭の悪い小動物のような挙動を見せていた。

 そんな三人を撮影していた葛西が、カメラを止めてからパンッと一つ手を叩く。


「じゃーまー、なーんかゴタゴタあったりなんかしちゃいましたけど、改めまして工場内の撮影開始ってことで、ユリちゃん! 突撃ソロレポートォ、シクヨロッ!」

「……は?」


 奇怪なテンションの葛西にカメラを渡され、ユリカは完全に素になってしまう。


「いやいや、そんなキョトンとするタイミングかぁ? 企画書にも書いてあったでしょ、『錫石すずいしの探索』ってもうバッチリと。何なら二回書いてたかも」

「いやいやいやいや、書いてあったにしても、どうして事情説明なしに決定済みなんですか⁉ こんなとこ、一人で回れないですって!」

「大丈夫大丈夫、まーだまだ明るいし、危なくもないってぇ、ね? 夜に回るのはさ、アイケンとかクロがメイン。となると、ビジュアル的な対比としても、ここでユリちゃんのね、頑張ってる絵が欲しいわけよ。わかるでしょ?」

「わかりません!」


 ライトかつマイルドな探索、って話はどこに行った。

 あせりを抑えつつユリカは反論するが、葛西はそれにシラケ面で対応する。


「あれあれ、予想外のワガママぶっ放しイベント発生、きちゃったの?」

「そういうんじゃなくてっ! おかしくないですか? ねぇ、ちょっと!」


 まずは和久井、それからアイダの方を向いて目で訴えるユリカ。

 だが和久井はそっと目をらし、アイダは苦笑だけを返してくる。

 これが多分、葛西が無茶をゴリ押しする時の、お決まりの流れなのだろう。

 ユリカが無駄に逆らっているせいで撮影が滞っているかのように、場の空気が捻じ曲げられている。


 我慢して要求を受け入れてしまえば、丸く収まるのは間違いない。

 しかし一度やったら最後、この先も次から次に無茶振りをされるのは確実。

 そうなれば和久井までは行かなくとも、すぐにアイダと同程度の扱いまで落ちる。

 経験上それがわかっているユリカは、どうしても首を縦に振れなかった。


 都合よく作られた関係性は、意識的にぶち壊さないと執拗しつように人を縛ってくる。

 そんな危機感から、ユリカは諦めの悪い葛西との押し問答を続けて抵抗。

 険悪な雰囲気を漂わせて揉めていると、機材の運搬を終えたドラが戻ってきた。

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