第21話 ジサクジエン冒涜

 何となく、辺り一面が草だらけの荒れ果てた光景を想像していたが、敷地内はコンクリートで舗装ほそうされていて野性味にとぼしい。

 所々、ヒビ割れから雑草が突き出ていたりもするが、基本的には綺麗なもの。

 工場の壁にもつたなどはっておらず、日光と風雨によって経年劣化でゆるやかにちつつある雰囲気だ。

 ユリカがキョロキョロしていると、その様子を撮影しながら葛西かさいが訊いてくる。


「えー、ついに例の工場に来てしまったワケですが、ユリちゃん的には、とりあえずどんな印象でしょ?」

「どことなく、居心地が悪い気がしますね……窓が多いせいか、誰かに見られてるような……」


 工場を見上げながら、ユリカはそれっぽいコメントを返す。

 葛西は左手でOKサインを見せ、今度はクロへと近付いていく。

 そのクロは、通用口の左手――工場の奥の方を見据えながら固まっている。

 かたわらの鹿野かのは腕組みして目を細め、ウンウンと頷いていた。


「……やっぱり、そっちなのか」

「はい……工場の中からも、かなり濃い気配がするんですけど……この先からは、もっとこう……警告? いや拒絶なのかな、これは」


 小声で、しかし聞き取れる音量で、クロは独白どくはくを続ける。

 二人を後ろから撮りつつ、葛西が質問を投げた。


「クロちゃん、そっち何かあるの?」

「ある、というか……いる、というか。とにかく『あつ』が凄いです」

「圧? 圧力?」

「ええ。気持ち的に、押し返されます。グッとかギュとかの軽い感じではなく、グググーッと強い力で。詳しい理由までは読み取れませんが、これは……『来るな』って思念のかたまり、ですかね」


 葛西からの質問に、クロはユリカよりもはるかにそれっぽい回答をべた。

 ペラペラの台本には、当然ながらここまで詳細な指示は書き込まれていない。

 となると、これはほぼクロのアドリブか、鹿野のアイデアだろうか。

 この自称霊能者、役者としては中々の素質があるのかも――とユリカはひそかに感心する。


「どう? 行けるかな」

「キツいですけど……耐えられないレベルではない、ですね」


 そんな鹿野とクロのやり取りを経て、全員で工場の裏手に回ることになった。

 葛西のハンディカムだけではなく、常盤ときわも大型のカメラをかついでいる。

 移動中の絵面の間を持たせようと気を回したのか、アイダが先頭の鹿野に訊く。


「で、先生。こっちには何が?」

「社員寮と、慰霊碑いれいひだね」


 サラッと口にされた単語に、周辺の空気がピリッと張り詰めた。

 誰も何も言おうとしないので、ユリカから鹿野に訊ねる。


「あの、それは……慰霊されるような出来事があった、ということですか」

「そういうこと。ここで起きた死亡事故、それと自殺として処理された不審死。その死者を慰めるため、慰霊碑と地蔵が設置されてる」


 何があったにせよ、慰霊碑やら地蔵やらは行きすぎているだろう。

 それはつまり、霊を慰めねばならない何事かがあったから、なのでは――

 ついついそんな思考におちいりかけ、周囲に毒されているのをユリカは自覚する。

 全体の足が止まってしまったのを受けて、鹿野がアイダの肩を叩きながら命じた。


「じゃあアイケン、偵察よろしく」

「マジですか! ……じゃあプウ、行くぞ!」

「ハイ! って、ふゎっふ⁉ スイマセン、行くって、その、自分もですか?」

「ふゎっふって何語だよ! いいから来いや!」


 アイダに背中をドンと押され、和久井わくいはよろけながら走り出す。

 小走りで工場の裏手に消えて行く二人を、他のメンバーはゆっくりと追う。

 工場の裏はちょっとした森が広がってるな、などとユリカが周辺状況を確認していると、アイダと和久井が行きの数倍の速度で駆け戻ってきた。

 この上なく強張こわばった両者の表情が、緊急性の高さを伝えてくる。


「ヤバイヤバイヤバイヤバイ! ちょっとマジヤバイって!」

「なっ、まっ――です!」


 ヤバイを連呼するアイダと、言葉に詰まりすぎている和久井。

 二人の様子は、この先に只事ではないものが待ち受けているのを予感させた。

 鹿野とクロが急ぎ足になったので、ユリカやドラもそれを追って速度を上げる。

 その後ろから息を切らせたアイダと和久井、カメラを回す葛西と常盤が続く。


「ああ、これは……うわぁ、マズいな」

「さっき僕が感じた拒絶は、この有様が原因かも知れませんね……」


 深刻そうな鹿野とクロの会話を耳にしながら、ユリカも何があるのかを確認する。

 プレハブよりはマシだが、明らかに安普請やすぶしんの二階建て。

 ボロアパートのような印象だが、これがきっと社員寮に使われていた建物だ。

 その手前にあるものに、鹿野とクロの視線は注がれていた。


 慰霊碑――だと思われるものは、結構なサイズがありそうだ。

 しかし、碑文ひぶんの内容については、全くわからない。

 土台から引き倒されて、地面に伏せられている状態だから。

 見えている裏面にも文字が彫り込まれているが、苔生こけむしているで判読不能。


「うーわ、うわうわぁ……マズくないですか、アレは」


 カメラを回している常盤が、本気で困惑している感じで言いながら指を差す。

 そこには、紅白のまだらに染められた何かが転がっている。

 めでたいカラーリングにされているのは多分――地蔵だ。

 ペンキとおぼしき液体で汚された石像は、首がどこかに消えていた。

 罰当たりとかそういうレベルに収まらない、ユリカの常識や日常から大幅に逸脱いつだつした惨状に、しばらく思考が停止する。


「ユリちゃん、大丈夫?」

「うぁ、ハイ……ちょっと、ビックリして……」


 あんまりなものを見て、葛西の呼び掛けにほぼ素で応じてしまうユリカ。

 我に返って皆の様子を窺ってみると、鹿野とクロは真剣な眼差しで慰霊碑の様子を調べ、アイダとドラは苦い表情でその様子を眺めている。

 和久井は早口で呟きながら周辺を無意味にウロつき、葛西と常盤は混乱気味な各人をカメラで追っていた。


 自分はどうすべきか、と思いながらカメラの動きを確認するユリカ。

 一見すると無表情の葛西だが、口角こうかくわずかに上がっているような。

 この状況を前にしながら、コイツもしかして笑っているのか――

 なるべくなら気のせいだと思いたいが、脳裏のうりに『自作自演』という言葉が浮かんでしまうのを止められなかった。

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