第20話 おわかりいただけただろうか

 和久井わくいが苦しげにカレーを完食し、やっと撮影が開始される。

 まずは、肝試きもだめし動画を発見するまでの前フリから。

 ドラと和久井は、撮影をしている一角に他の客が入ってこないよう、周囲の席に陣取った。

 威圧感をアップさせる小道具なのか、ドラはいつの間にかサングラス着用だ。


 店側からしたら迷惑なゲリラ撮影だろうが、今はそう混み合ってもいない。

 時間さえかけなければ、ギリギリ文句は言われないで済みそうだ。

 落ち着かない気分が続くユリカだったが、自分も簡単に化粧を直して準備に入る。

 カメラを回す葛西かさいがキューを出し、ノートパソコンを操作する常盤ときわが驚きの声を上げた。


「あれっ⁉ おいおいおい、これって……」


 皆こういう小芝居に慣れているのか、自然な反応と動作で常盤の周りに集まる。

 ユリカも多少テンポがズレたが、その動きについていく。


「どうしたんです?」

「エロサイトでウイルスでも食らったの」


 クロとアイダが問うが、常盤はブンブンと強くかぶりを振る。

 鹿野かのは鋭い眼光でディスプレイをにらみ、刺々しさを含んだ声で言う。


「これ、あの工場じゃないか」


 あの、に強いアクセントを置いての一言。

 鹿野の発言を受けて周囲はざわめき、ユリカもうろたえた感じの演技を見せる。

 そして、このタイミングで一旦カットが入った。

 ソフトになった時は、この後で動画本編を流すのだそうだ。


 常盤の背後に鹿野とユリカとアイダとクロが立ち、動画の流れるディスプレイを覗き込む構図を作り、撮影が再開された。

 工場内を探検している過程は大部分飛ばし、もうすぐ怪現象が起こるという時間帯に合わせてある。


「あの工場の存在は、ネットで噂になりつつはありましたが……この人たち、曖昧な情報だけでここまで辿り着いたんですかね」

「どうだろう。むしろ、広まる前から知っていた連中、って可能性もあるね」


 クロの疑問に鹿野が答えると、そこにアイダが乗っかる。


「ヤンキーは廃墟の探検とか大好物だから。群馬は人口の二十%がヤンキーだし」

「アイダさん……その辺にしとかないと、群馬国民に怒られますよ」

「いやいやユリカさん、キミのも問題発言だよ?」


 用意されたボケに、アイダがオクターブを上げた声でツッコんだ。

 こちらの緩い空気と正反対に、鹿野は真剣な表情で動画の中の出来事を見つめる。

 やがて動画は、大ネタの内の一つである「上階から響く足音」のシーンに。


『カンカンカンカンカンカンッ――カンカンカンカンカンカンカンカンッ――』


「ヒッ――あの、鹿野さん、えっ? 今の音って⁉」

「わたしが収集した、あの工場に関する体験談にもね……あるんだ。何かから逃げようとしているような、切羽詰った足音が聞こえたって証言が」


 困惑したリアクションのユリカに、鹿野は途中で溜めを作りながら語る。

 他の三人も、真剣な表情で鹿野の話に耳をかたむける演技をしていた。

 そこからすぐに、もう一つの大ネタ「汚れた窓の外にいる髪の長い女」の映像が。


「んんっ?」

「あの……今ちょっと、変なのが」


 クロとユリカは葛西の指示に従い、異変に気付いた風の反応を見せた。

 動画では、撮影していた連中は気付かなかった、との演出になっている。

 なので、髪の長い女――に見える何かが映る時間は一秒に満たないくらいで、ピントも合っていない。

 ここは完成品で「おわかりいただけただろうか」「ではスローでもう一度」的な扱われ方をするのだろうか。


 ユリカがそんなことを考えて最中も、動画は巻き戻しと再生が繰り返される。

 やがて、確実に何か妙なものが映り込んでいる、と断定された空気になっていく。

 クロは呼吸を荒くし、いかにもヤバいものを目にしている様子を演じている。

 ユリカはクロとの対比を作ろうと、両手で口を押さえて息を殺すポーズを選択。

 そんな中、アイダがおずおずといった感じを滲ませつつ、鹿野に訊ねた。


「鹿野さん……もしかして、工場に関する噂の中に、髪の長い女も……」

「あります。髪の長い女と、黒い女。二種類の目撃証言がね、あるんですよ」


 鹿野が静かに告げた言葉で、一同が瞬時に凍りつく――

 といった絵面の後で、葛西からの一発OKが出た。

 そうこうしている内に、他の客からの怪訝けげんな視線が集まってきたり、有名人の端くれであるアイダが写メを撮られたりの状況に。

 管理者サイドからクレームが入ると面倒なので、ユリカたちは急いでパーキングエリアを撤収することになった。


 高速を下りて、一般道を走り続けること約二時間。

 一行を乗せた二台は、目的地である工場の周辺へと到着していた。

 時間はまだ午後の三時前、夏なので日没までは結構な余裕がある。

 車を近場の適当な空き地に停める、八人はゾロゾロと工場への道を歩く。


 道は二車線なのに妙に広く、両脇には幅一メートルほどの用水路が流れている。

 周りは畑や田圃たんぼばかりで、その先には景色を全て取り巻くようにして、不揃いなシルエットの山並みがそびえていた。

 視認できる範囲に民家は少なく、牛小屋か鶏小屋が発生源の悪臭が漂い、鼻腔びこうに不快感を残していく。


「方向、間違ってたりしないよね」

「鹿野さんが先導してるし、大丈夫だろ」


 最後尾を並んで歩くユリカとドラは、小声でそんな会話を交わす。

 ドラと元同級生なんて事実を鹿野や葛西が知ったら、そのことを演出に盛り込まれそうな気がするユリカは、何となく関係を隠すような立ち回りをしていた。


「向こうに現役の工場っぽいのあるけど、何だろ」

「機械系……かな? 場所的に農機具とか作ってるんじゃないか」

「ああ、トライダーとかコンバトラーとか、そっち系の」

「スーパー系じゃねえか。トラクターとかコンバイン、な」

 

 無駄話をしている内に、目的の廃工場らしい場所の外壁が見えてきた。

 分厚いコンクリートの壁で、広い敷地がぐるりと囲まれている。

 壁の上には、まだ銀色を保っている鉄条網が相当な厳重さで張り巡らされていた。

 所々に設置された監視カメラは、まだちゃんと機能している気配だ。


「昭和の終わりに廃業した、って言ってたよね」

「そのハズなんだが……」


 数十年前に打ち捨てられた場所にしては、だいぶ違和感のある状況だった。

 ユリカとドラは顔を見合わせるが、先行した集団からも疑問の声が出ている様子だ。

 首を傾げつつ歩いて行くと、工場の正門へと辿り着く。

 金属製の格子門は閉じられ、鎖で何重にも巻かれている。

 門扉は塗装が剥げて錆が浮いているが、鎖とそこに使われた錠前はまだ新しい。


 門のすぐ後ろには、工事現場で見かけるタイプのパネルゲートが設置されている。

 壁に比べて低い門を乗り越えて侵入されない用心なのだろうが、その向こうにあるものを隠しているようにも思えてしまう。

 工場の建物は、ゲートに邪魔されて上部しか視認できない。

 建物のとりあえずの印象としては、窓が多い開放的な作りのようだ。


「で、どこから入るのかな」

「鍵を預かってるから、脇にある入口から行く感じで」


 アイダの質問に常盤が応じ、八人は広々とした正門前を通り過ぎて、鉄製の無愛想な扉が設えられた通用口へと向かう。

 ここもまた、鎖のグルグル巻きと南京錠のセットで固められていた。

 鹿野から鍵束を受け取った和久井が、モタモタした動作でそれを解錠する。

 短い話し合いの結果、クロを先頭に中に入って行く、という方向でまとまった。


「では、行きますよ」


 静かに宣言するクロを葛西が撮影し、他のメンバーは無言で頷き返した。

 厭な予感と緊張感をぜにした不快さを抱えつつ、ユリカもアイダの後ろについて工場の敷地へと足を踏み入れた。

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