第14話 信じるか信じないかは

 ユリカがパスタを食べている間、クロは自分の存在がどれだけ鹿野かのの助けになったか、という話を続けていた。


「いくら人脈があるっていっても、結局はあの人のコネがある映像系とサブカル系しか広がらないんですよ。ファンからネタを貰ったりしてたけど、素人は実体験だと言い張ってネットの怪談を平然とパクったりするんで、ソースを確認しないと安心して使えない」


 ソースの主役である魚介は材料の種類こそ少なめだが、シーフードミックスで手抜きをしていないのは好感が持てる。


「で、業界人から聞いた話ばかりになると、自然と似た内容が増えてしまうんです。それにタレントやライターは、自分の仕事で体験談を使うことも多いから、いいネタは出し渋る。既出のネタでも演出次第でモノにはなるでしょうが、客が期待するのはやっぱり鮮度のいい新作で」


 鮮度はわからないが、エビはプリプリしていて美味しい。


「だから、実話怪談をウリにしている作家は、量を書こうと思えならネタ元が必要になってくるんですよ。実話、って銘打めいうちながら創作ばっかりなら必要ないんでしょうけど、あの人はそもそも小説で失敗してますし」


 パスタの量はユリカにとって丁度よく、味も創作料理では久々に当たりだった。

 空になった皿にフォークを置いたユリカは、満足の吐息といきの後で訊く。


「もしかして……鹿野さんと上手くいってないんですか」

「おっと、直球で来ますね」


 面倒ですから――と言いたいのを我慢し、ユリカは愛想笑いで答えを待つ。


「あの人が信用できなくなってる、ってのは……実際問題として、あるんですよ。そもそも、信用できるのは商才だけで、人間性は問題点が山盛りですからね。他に評価できるのは、話術とアイデアくらいのものかな」

「……はぁ」


 直球に直球で返す、随分とけな打ち明け話をしてくる。

 困惑が態度に出てしまったユリカに、クロは端整な顔に懊悩おうのうを滲ませながら言う。


「その商才がね、怪しくなってきてる。そして、あやうくなってきてる」


 そこで言葉を切ると、クロは腕組みをして黙り込む。

 しばらく無言が続いていたら、店員が空いた皿を下げに来た。

 そこでユリカがスプモーニを頼むと、クロはタリスカーをロックで注文する。

 店員が二つのグラスを運んできた後、ユリカから話を再開させた。


「鹿野さんへの危惧は、その……具体的な? それとも印象的な?」

「どちらかというと印象の話になる、かな。でも付き合いも長いし、色々とガタが来てるのがわかるんですよ。企画がとにかく、粗いし荒い。ユリカさんも感じてたでしょ?」


 今日見せられた廃工場探検の企画は、基本的に『現地で発生するであろう不可解な心霊ハプニング』頼りで、素人目にも不安定かつ不確定なシロモノだ。

 ドラにも雑だと一刀両断されていたし、クロが危ぶむ気持ちもわからなくはない。

 そんな意見をユリカが告げると、クロはゆるゆるとかぶりを振ってから、泣き笑いに似た表情を浮かべる。


「立場的に、僕は鹿野さんの弟子みたいな存在だと思われてます。去年の秋には共著で怪談本も出してますから……まぁ、あれは全部僕が書いたのに、あの人が監修で名前を貸してやるって言い出して、気が付いたら共著にされてたんですけど」

「うわぁ……」


 思いがけずドス黒い話を聞いてしまい、ユリカはクロへの同情心と鹿野へのドン引き、その二種類の感情をうめき声に込めて吐き出す。


「そんなわけで、あの人がダメになると僕も巻き込まれるし、どうにか低空飛行を続けたとしても僕は便利な燃料タンク扱いですよ。だから、身動きが取れなくなる前に、逃げる準備をしておきたい」


 しぼり出すように言いながら、クロはぐに目を見てくる。

 今までよりもっと面倒な展開が始まる予感に、ユリカはどうにか話をズラせないかどうかの検討を始めた。

 しかし、有効な方法を思い付かないまま、クロの演説めいた話が始まってしまった。

 クロの話には、オカルト業界的に重要な情報がたっぷり含まれているのだろう。

 しかしユリカとしては、その方向に深入りするつもりもないのでほぼ無意味だ。


「とにかく、ですよ。鹿野は敵を作りすぎてるんです。ネットで金と女絡みのトラブルについて色々書かれてますけど、あれって殆ど真実ですから」

「いやいや……私もちょっと読みましたけど、あれが本当だったら黒ひげ危機一髪くらいのペースで刺されてますよ?」

「刺されてもおかしくないんですって! さっきも言いましたけど、鹿野は商才と話術の他は、本格的にクズなんですから」

 評価が更に下がっているし、鹿野のことが呼び捨てになっている。

 そんなクロの変化に気付いたユリカだが、面倒なので指摘はしない。


「金払いが渋いからスタッフもすぐ抜けて、トラブルメイカーだから同業者にも距離を置かれる。その結果、ネタへのアンテナも低くなる。悪循環なんですよ、悪循環」

「ですねぇ」

「女関係もなぁ……ファンに手を出すのも困るけど、コネを求めて近付いてきた地下アイドルだの無名グラドルだのを、プロデュースを餌にしてどうにかしようとするのもね」

「ですかぁ」

「あの工場だって、最初に噂を掴んだのは北戸きたとさんですから。いかにも自分で拾ったネタみたいな顔してますけど、僕はちゃんと知ってるんです」


 危険な発言が多くなってきたクロに対し、深入りを避けたいユリカが雑な合の手を返し続けていると、耳慣れない人名が出てきた。


「キタトさん、というのは?」

「北戸大介、ですよ。鹿野の本に出てくる『ダイスケ』って人が、北戸さん」

「ああ、その名前だったら、古めの本でよく見ましたけど」


 最初は怪異の体験者として登場したダイスケだったが、やがてネタが豊富な霊能者を鹿野に紹介したり、取材旅行に同行したりと、助手か相棒のようなポジションに収まっていた。


「北戸さんは、今の僕とアイケンの役回りを両方やってたような人、ですかね。鹿野と組む前にも、オカルト系ライターの活動をしてました。で、鹿野と知り合ってからの無茶な取材をネタにしたコメディ寄り実録本がヒットして、それでメジャーな仕事も入り始めたんですけど……『誰の御蔭で売れたと思ってるんだ』的なことをあいつが言い出して、監修費を要求するように」

「ああ、霜月さんが今されてるみたいな」

「まさにそうですね。僕はとりあえず、出版の実績が欲しかったんで我慢したんですけど、既にそれなりの評価を受けてる北戸さんにしてみたら……」

「キレるのが当たり前、ですね」


 ある時期を境に、鹿野の作品にダイスケの名前が一切出てこなくなった理由はこれか、と思いつつユリカは応じる。


「それで喧嘩別れになったんですけど、鹿野からの様々な妨害工作があって、仕事が次々に潰されて大変だったらしくて。先日、北戸さんと会って色々と鹿野のヤバい話を聞いたんですけど、その時に二年前から調査を進めてる案件だった工場のネタを盗まれた、って話も出て」


 ここからクロの話は、鹿野の仁義を弁えない仕事ぶりや、北戸の前に組んで仕事をしていた作家との揉め事や、『鬼蛇記きじゃき』を原作にした映画作品が作られた際、出演予定の新人女優が唐突に降板をした理由は鹿野のセクハラが原因、といった暴露に至る。

 ウイスキーの注文回数が二桁に達した頃には、クロは完全に出来上がっていた。

 会話は成り立つが動作は覚束なく、外見的には酔っ払い以外の何者でもない。


「だからねぇ、とにかくユリカさんも気をつけて。女の子の場合特に、特にね。仕事が欲しくて近付いたはずなのに、いつの間にか愛人にされてたりとか、意味わかんないでしょ」

「えぇ、それは全力で回避したい、ですね」


 鹿野にベッタリまとわりついたミクの姿を思い出し、ユリカは渋面を作る。


「ユリカさんはまぁまぁ美人ですし、トークもまぁまぁいけるですから……鹿野は確実に狙ってきますね。間違いなく、です。何かね、危険を感じたらね、すぐに僕を頼って下さい」

「ありがとうございます、気をつけます」


 その二回の「まぁまぁ」いらなくないか、と思いつつも礼を言っておく。

 要するにクロは、鹿野より先に自分を囲い込んでおきたかった、ということか。

 高評価されるのは嬉しいが、どうせなら演技の方で評価されたい――そう思わずにはいられないユリカだった。

 相手は遠慮がなくなってるようだし、こちらも遠慮の必要はないか。

 そう判断したユリカは、クロに関して最も気になっていた疑問を投げてみる。


「あの……霜月さんは今、霊能者として仕事してるわけじゃないですか」

「まぁ、そうですね」

「実際のところ、どうなんです? 霊感、本当にあるんですか」


 軽いノリで訊けば、酔った勢いでぶっちゃけてくる気がした。

 だけどクロは、据わった目をユリカに向けて冷たく言い放った。


「この世界はですねぇ、ユリカさん。あるのかないのか、本物か偽物かの問題ではなく……『信じる』か『信じない』か、なんです。そこを理解してもらいませんと」


 クロの言う「この世界」が、オカルト業界なのか世界全体なのか判別はつかない。

 だが、覚悟を決めているらしい態度には、ユリカを頷かせてしまう迫力があった。

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