第13話 隠れ家風バルにて

「じゃあ、オレは次の仕事があるんで、お先に!」


 アイダはそう言い残し、駅方面へと足早に去って行った。

 時間は夕方の五時を過ぎた辺り、何をするにも中途半端な時間帯だ。

 自宅に戻ってゆっくりするか、それとも誰かに連絡して食事にでも行くか。

 決めかねてスマホをいじっていると、不意にクロから声を掛けられる。


「あの……この後に予定なかったら、軽くお酒でもどうですか」

「あっ、ハイ」


 不意打ちで言われたせいか、反射的にOKしてしまった。

 ちょっと失敗した気もするが、仕事仲間と交流を深める意味ではアリだろう。

 クロという人物が正体不明なので、ロケに出る前に多少は性格を把握しておきたい、とも考えていたので、丁度いい誘いだったかもしれない。

 ユリカの笑顔に安心したのか、クロは少しくだけた様子で説明をしてくる。


「ここから大久保方面に進んだ先に、ちょっと知ってる店がありまして」

「どんなお店なんです?」

「普通の飲み屋ですよ、お酒と軽食を出す感じの。けど、常連に若手のクリエイターが多いからか、凄く居心地いいんで僕は気に入ってて」

「へぇ、それは楽しみです」


 ユリカの脳裏には、自称アーティストがつどう、しゃらくささ百万点の空間が浮かんでいる。

 しかし、先入観での決め付けはよくないな、と笑顔を崩さずに相槌あいづちを打つ。

 互いの最近の仕事についての話などをしながら、二人は並んで歩く。

 こちらの歩幅を全く考慮しなかった和久井わくいと違い、クロは絶妙に歩調を合わせてくれている。


 長身で細身だが貧弱な印象はなく、女性受けの良さそうな端整たんせいな顔立ちと柔和にゅうわな物腰、そして低めで通りのいい美声。

 売れっ子ホストっぽい仕上がりすぎて、ユリカは若干距離を置きたい心境になってしまうが、世間的には非常にモテるだろうと思われる。

 どんな判断を経て、わざわざ怪しげな業界に――と訊きたくて仕方ない。


 クロとの当たり障りのない会話を続けたユリカは、ふと正解らしいものに辿り着く。

 掃き溜めに鶴、底辺校で成績トップ。

 子供相手に大人が無双、オタサーの姫。

 最後のは何か違う気がしなくもないが、つまりはそういうことだ。


 クロ自身が考えたのか、鹿野がレールを敷いたのか、どちらかはわからない。

 だが、オカルトとイケメンの組み合わせは、明らかに金のニオイがする。

 女性客多めなイベントの客層からしても、ミクよりよっぽど集客性が高いだろう。

 ユリカが一人で納得して感心していると、クロが不思議そうな顔で見つめてきた。


「何か、気になることでも?」

「えっ、いえ……さっきの会議で聞いた、鹿野かのさんの話がちょっと」


 適当に誤魔化そうとそれっぽく返すと、クロは複雑なあやの混ざった表情を見せる。


「僕としては、そっち方面の突っ込んだ話もね……しておきたいんです」


 無意識に声を潜めているのは、演技ではなく自然にそうなった雰囲気だ。

 鹿野の弟子というか手下というか、そういったポジションに甘んじているだけの男かと思っていたが、どうやらそう単純な性格でもないらしい。

 そうこうしている内に、目的地へと辿り着いたようでクロが足を停める。


「ここです。この上」


 ユリカはクロに先導され、パッと見では何の店なのかわからない、というか店だと認識するのも難しい建物の外階段を上って行く。

 外観は古い洋風の民家に見えるが、窓からのぞけば内装は普通に飲食店の構えだ。

 やや行き過ぎたオシャレ感が漂っていなくもないが、若い女の子だったら連れて来られたら大抵は喜ぶだろう。


 一応は若い女子のカテゴリーに入っているのに、ユリカはそんなことを考えながら凝った外観を眺めたり、店内から流れてくるスパイスの香りを嗅いだりする。

 金属製の小さな看板らしいものが、入口の脇に掲げられていた。

 しかし、文字がかすれて読み取れないので、看板として機能してない。


「じゃあ、入りましょうか。平日のこの時間なら、混んでないから話もしやすい」

「随分、早くからやってる店なんですね」

「ランチの時間から、休憩なしで開けてるんですよ。その分、閉店もちょっと早いんですけど」


 店内は意外に広く、四人掛けのテーブルが四つとカウンター、そして奥まったところに半個室が三つ、といったレイアウトだ。

 カウンター内には多彩な酒瓶が並んだ棚や、ピカピカのビールサーバーが見える。

 客はテーブル席に男女が二組と、カウンターに女性が一人。

 クロは店員の案内を待たずに、奥の半個室の方へと歩いて行くので、ユリカはその後を追う。


 向かい合って座り、こちらが落ち着いたタイミングで、店員がメニューや水を持ってくる。

 クロはギネスとミックスナッツを注文し、もう飲み始めようという気配だ。

 昼食を抜いたせいで空腹感があったユリカは、アルコールは後回しにして、見たことない名前のパスタとミニサラダとアイスティーのセットを頼んでみる。


「いい雰囲気のお店、ですね」

「そう? 気に入ってくれたなら、ユリカさんも普段使いにどうぞ」


 自分のテリトリーにいる安心感からか、クロは急速にフランクさを増してくる。

 それはそれとしてこの店、内装や小物にも押し付けがましさはなく、値段も良心的という程ではないが常識的で、客層がヤバいとの前情報がなければかなり好印象だ。

 そんなことを考えつつ、壁に飾られたキリコっぽい油絵を眺めていると、飲み物とナッツが運ばれてきた。


「じゃあ、打ち合わせお疲れ様でした、ということで……乾杯」

「乾杯。お疲れ様です」


 クロの掲げたビールのグラスに、紅茶のタンブラーを軽く当てる。

 紅茶は特にこだわりがないようで、大容量業務用パックの味わいだった。

 まぁサービス品だしね――と気を取り直してガムシロを多めに入れて対応する。

 そこからは世間話がしばらく続いたが、話が今日の打ち合わせに戻ってきたところで、クロの表情がスッと引き締まった。


「どう思いましたか、ユリカさん。改めて『じゃすか』の撮影プランを聞かされて」

「そうですね……想像以上にメチャクチャというか行き当たりバッタリというか、正直かなり不安になってくる内容でした」


 ユリカが包み隠さずストレートに答えると、クロは満足そうな笑みをひらめかせた。

 それからギネスをグイッと干すと、困り顔に表情を作り変えて溜息を吐く。


「やっぱり、そう思いますよね」

「よく今まで事故が起きてないな、と逆に不思議です」

「新聞に出ない程度の事故は何度も起きてますし、トラブルもしょっちゅうですよ。ロケ先での警察沙汰も、片手じゃ収まりません……僕が知ってるだけでも」


 やっぱりそうなのか、と思いつつユリカは質問をぶつける。


「霜月さんは、鹿野さんと仕事するようになって、どのくらいになるんです?」

「どうなんだろう……知り合ったのは、三年くらい前だけど」


 アイダよりは付き合いが浅い、ということか。

 それよりも、妙に含みを持たせた言い方が引っかかる。


「えっと、霊能者として『じゃすか』の出演してるのは二作目から、ですよね」

「ああ、僕が表に出たのは、その辺りからになるか。それだと、二年前ぐらいだ」

「ふぅん……じゃあ、表に出てない頃は、どんなことを?」


 ユリカが訊いてみると、クロの眉がピクッと動いた。

 そして店員に二杯目のギネスを注文した後、軽く身を乗り出しながら小声で言う。


「ブレーン、みたいなものです。いや、ネタ元と呼ぶべきかな」

「ネタ元……鹿野さんの怪談の?」


 ユリカが問えば、クロは微妙な溜めを入れてから首肯しゅこうした。

 直後に、かんで頼んだパスタが運ばれてくる――魚介メインのクリーム系だった。

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