第12話 怪異とは何なのか

 その後は、葛西かさいら撮影スタッフからのプラン解説を中心に会議は進行。

 一通りの情報伝達が終わり、あとは鹿野かのからの話を聞くだけの状況になるが、その当人がまだ来ないので一旦休憩を入れることに。

 換気の悪い部屋で紫煙タバコに晒され続けたユリカは、外の空気を吸いに屋上へと向かう。

 さっきよりも雲は薄くなったけど、それでもスッキリしない曇り空だ。

 見晴らしが微妙な景色を眺めていると、永江ながえも屋上へとやってきた。


「あ、どうも。お疲れ様です」


 ユリカが愛想笑いを作って声をかけると、永江は何気ない歩調で近付いてくる。

 改めて動いている姿を見ると、体格の良さが際立っていた。

 身長は一九〇くらい、腕も足も太くて胸板にかなりの厚みがあって、腹は出ていない。

 不思議と威圧感がないのは、眠そうな目がやわらかい表情を作っているから、だろうか。

 そんなことを思いながら見つめていると、永江が短髪頭を撫で回して言う。


「お、やっと気付いてもらえたかな」

「は? 何に、ですか?」

「俺だよ、俺」


 もしや詐欺師かストーカー気質のヤバい奴か、という警戒心をあらわにしながらユリカがにらむと、永江は少し傷ついた雰囲気をにじませて溜息を吐く。


「まだわかんない? いや、見た目は思い切り変わって自覚あるけど、基本的なとこは変わってない……つもりだったんだけど」

「ええっと……」


 どこかの現場で、以前に会ったのだろうか。

 それだけだと馴れ馴れしすぎるし、こんな特徴的なスタッフがいたならば、記憶のどこかには残っているはず。

 となると、学生時代の知り合いとか、飲み会で話したとか、そういうのだろうか。

 永江――龍之介――ドラ――ドラっち。


「……ああ! 『ドラっち』かぁ!」


 中学時代の同級生で、一年二年と同じクラスで、二年の終わりに転校した。

 身長は三十センチくらい伸びているが、言われてみれば顔立ちに面影はあった。


「やっと思い出したか」

「いや、だってあんた……何そのパワー系のガタイ。それに苗字も変わってるし」


 ユリカの問いに、永江はビルダーっぽいポーズをキメながら答える。


「身長は、中三で十センチ、高校で二十センチくらい伸びて、自分でもビックリした。この筋肉は、自主映画の制作費稼ぎで肉体労働しまくった副産物。苗字は親の離婚な」

「そう、なんだ……あー、どう言ったらいいかな。懐かしいとかそういうのより、何だそれってのが強烈で、ちょっとコメントを差し控えたい感があるんだけど」


 永江――ドラに関する記憶は、好印象としてユリカの中に残っている。

 中学二年の時、モテ男子がクラスの中心人物だった女子からの告白を断る際に、気になる相手としてユリカの名前を出したせいで、完全な巻き添えで攻撃対象にされてしまう。

 多少のイヤガラセなら我慢もできたが、小学校が一緒だった連中に「ユリカは昔、奇行が痛々しい霊感少女だった」という噂を流されたのは、かなりキツいものがあった。


 日常的に怪異に遭遇し、叫んだり逃げたりを繰り返していたので、はたから見れば奇行は噂でも何でもなく厳然たる事実だったが、どっちにしろ蒸し返されるのは迷惑極まりない。

 更に、情報の出所でどころが親友だと思っていた幼馴染だったことに、ユリカは深々と傷つけられた。

 程なくして「あいつはイタい奴だからイジってもOK」みたいな空気が醸成じょうせいされ、ユリカの学校生活は危機的状況に。


 それを何とかしてくれたのが、クラスメイトだったドラだ。

 元凶であるモテ男子の友人だったドラが、どんな手品を使ったのかモテ男と中心女の間を取り持ってカップルを成立させ、ユリカを筆頭に多数の人間が救われた。

 改めて当時の礼を言おうかどうか迷っていると、息を切らせた和久井わくいが姿を見せる。


「あの、スイマセン。鹿野さん来たんで、会議の続き始めるそうです、ハイ」


 頷いたドラは、ユリカを振り返って言う。


「じゃあ行きますか、ユリちゃん」

「そう呼んでるの監督だけだし、マジやめてドラ――さん」

「ごめんごめん。行こうか……錫石すずいし


 楽しげなドラの笑顔は、十年前と変わりないものだった。

 ユリカとドラは、階段を二階分下りて事務所まで戻る。

 会議が再開されると、鹿野は遅れたびもそこそこに、次の撮影で使う工場がどれだけ洒落にならない場所なのかを力説。

 鹿野の流暢りゅうちょうな語り口のせいで、会議のはずが怪談を聞かされている空気に転じ、室内のテンションは瞬く間におかしくなっていく。


「――と、いうワケでね。あの工場はガチです。まだ荒らされてないし、かなりレアな映像が撮れるのを期待してもいいんじゃないかってね、そう思います」


 鹿野は相変わらず、霊や怪異を信じているのかどうか不明瞭なスタンスだ。

 それはともかく、工場で過去に起きたという事件や事故、そして廃業してから確認された怪現象の数々を聞かされると、これが普通の仕事ではないことを思い知らされる。

 ユリカが胃の重さを感じていると、やはり元気のないアイダが鹿野に質問を投げる。


「てことは、オレらが率先して荒らす流れじゃないですか。それってワリとマズい感じあるんですけど、どんなモンですかね」

「らしくないね、アイケン。ハデに何か起きてくれた方が、クオリティ高まるじゃない。事故るか事故らないかのギリギリを攻めて、マイルドに事故ってこその『じゃすか』だろ?」

「そりゃあ、まぁ……でも、マイルドで済みますかね。その、コマのこともあるし」


 事故るのは規定路線かよ――とツッコみたいユリカだが、話がややこしくなりそうなので黙っていると、鹿野がヤレヤレと言いたげな態度でアイダに答える。


「本格的にさわりがあるなら、コマと一緒にロケハン行って、動画撮影にも参加したプウにも何かあるだろ……あるか?」

「いえ、自分は特に何も。スイマセン、超問題なしです、ハイ」


 即答する和久井に満足そうに頷くと、鹿野は会議の参加者をゆっくり見回して言う。


「スタッフのバックレも、今回が初めてじゃない。小松は理由がイマイチわからないってのはあるけど、こちらが知らない金や女のトラブルがあったかも知れない」


 煮え切らないまま話が終わりそうなところで、ドラがさりげなく切り込んだ。


「つまり鹿野さんは、祟りとか呪いとかを信じてないんですか」

「それはちょっと、説明が面倒になるが……」


 訊かれた鹿野は、腕組みをして上体をらし、天井を見上げた。

 しばらくして姿勢を戻すと、机に置かれていたオイルライターを拾い上げる。


「怪異と呼ばれるものが発生するシステムは、このライターのようなものではないかと、わたしはそう考えている。『場所』が本体、『いわれ』がオイル、そして『現象』が火、だ。着火――つまり、謂れのある場所で怪異が生じるために必要なのは二つ。『噂』という燧石ひうちいしがあり、『行動』でホイールを回す」

 鹿野はライターに着火すると、そのまま消さずにテーブルの上に立てる。

 テーブルは傾いて不安定だし、周辺には書類やビニール袋もあるので、火気を放置するのは危険だ。


「あの、危なくないですか」


 ユリカが止める前に、リンが声を上げた。

 ここが火事になったら、損害をこうむるのは彼らなので無理もない。


「そう、危ないんだ。だからこうやって、危険をコントロールする」


 言いながら、鹿野はライターの蓋を閉めて火を消す。


「要するに、だよ。どれだけ不思議なことが起きようと、我々には常識というブレーキがある。だから祟りや呪いといった諸々に踊らされることはない。あるかないか、じゃあないんだ。怪異は、霊は恐ろしいものだという先入観が、人の心に祟りや呪いを生み出してしまう……ただ、それだけなんだ」


 よどみなく語る鹿野の言葉には、それなり以上の説得力がある。

 しかしユリカとしては、上手いことけむに巻かれた――というか、高濃度の煙幕えんまくに問答無用で飲み込まれた気分だ。

 反論のしようがない空気になったので、ドラの疑問や小松の失踪などの諸問題は、何となく有耶無耶うやむやになってしまう。

 この先は機材や予算の話になるというので、ユリカら出演者は一足先に会議を離脱することになり、事務所を後にした。

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