第11話 コマOUT ドラIN

 葛西に案内された会議室は、「大量の荷物を強引に四方の壁際に寄せた倉庫』としか認識できない、雑然とした空間だった。

 部屋の中心には、学習塾で使うような安っぽい長テーブルが二脚と、折り畳み式のパイプ椅子がいくつか。


 周囲の壁はぐるりと背の高いスチール棚に取り巻かれ、ギチギチに詰められた撮影機材やダンボール箱が、得体の知れない圧迫感を醸し出している。

 棚が窓を塞いでいるせいで換気が悪いのか、おっさん臭さと煙草臭さが空気成分の七割くらいを占めていた。


「おーう、お疲れー」

「今日はよろしく」


 聞き覚えのあるいくつかの声が、ドアを開けたユリカを出迎える。

 出演予定のアイダとクロ、スタッフのリン常盤ときわ、それと初めて見る短髪黒髪高身長の、筋肉質な男が一人。

 同じく鍛えている常盤より均整きんせいのとれた体型は、ゴツさや暑苦しさをあまり感じさせない、武道家やアスリートに似た雰囲気があった。


 同年代か、少し年上かな――男の様子をうかがいつつ、ユリカは会釈えしゃくする。

 もしかして、心霊スポットに格闘家を連れて行ってリアクションを楽しむ、みたいなトンチキ企画でも盛り込むのだろうか。

 そんなことを考えながら会議室に入ったユリカは、総責任者である鹿野かのが不在なことに気がついた。


「あれ……鹿野さんは?」

「別の仕事があるから、遅れて来るって。まぁ最終的には全部、あの人が何とかするからさ。大雑把に固めときゃ、どうとでもなるなる」


 振り返って葛西かさいに訊くと、軽い調子の答えが返ってきた。

 この会議のノリを大体理解したユリカは、空いていた椅子に腰を下ろす。

 すると葛西が、ガタイのいい男の肩を平手でパシパシ叩きながら言う。


「あ、ユリちゃんは初対面だな。このデカいのは、助監督で入ってもらうドラ――永江ながえね。名前は龍之介りゅうのすけで、ドラゴンの介でドラな」

「どうも、永江です。よろしくお願いします」


 永江は想像よりも穏やかな声で挨拶しながら、名刺を差し出してくる。

 中学の頃の同級生に、同じ名前で似たアダ名の男子がいたっけか。

 そんな記憶を刺激されつつ、ユリカは気になる点を葛西に確認しておく。


「よろしくお願いします――あの、助監督は小松さんと二人体制、ってことですか」


 ユリカが訊くと、葛西は苦々にがにがしさと忌々いまいましさを半々でブレンドした顔を見せる。

 何かマズいことに触れたかな、と戸惑っているとアイダが話を引き取った。


「それがさぁ、唐突にバックレたんよね、コマ」

「えっ、バックレって……会社を辞めたんですか? 小松さん」


 ユリカが訊き返すと、アイダはその質問をワンタッチで葛西に投げる。


「どうなんだろ。ここの社員だったの? コマって」

「いや、一本ごとの契約で雇ってる形だったけど、それでも……なぁ」


 呆れた様子で言う葛西に、皆が揃って苦笑いで応じる。


「とにかく、コマがいきなり行方をくらませて、全く連絡がつかない状態なんだわ」

「へぇえ……スタッフが突然消えるとか、噂は聞いてましたが実際あるんですねぇ」

「何でちょっと嬉しそうなの、ユリちゃん」


 泣きの入った葛西のツッコミに、会議室のピリついた空気が若干和らぐ。

 しかし、『じゃすか』を観ていれば、現場の過酷さは伝わって来る。

 芸能人のアイダや監督の葛西も無茶をしているのだから、より立場が低いスタッフの扱いは輪をかけて悪い。


 和久井はわかりやすく酷い目に遭っているが、小松も大概たいがいだった。

 真夜中に自殺の名所と言われる吊り橋を、アイダと一緒にダッシュで渡らされたり、歌を聴かせると涙を流す伝説のある地蔵の前で、和久井とデュエットで『ふたりの愛ランド』を熱唱させられたりと、かなりの暴挙を強要されている。


「とにかく、だ。コマが行方不明だから、このドラちゃんが代理人ってことで!」

「コマさんが映画学校の先輩なんで、その絡みもあって話が来た感じで」


 アイダに背中を叩かれた永江は、自分の黒い短髪を撫で回しながら言う。

 林のようにスキンヘッドに近い丸刈りではなく、それなりの長さを残したオシャレ感のあるボウズ頭だ。

 そこで不意にユリカはある連想が浮かび、反射的に口に出してしまった。


「あの、小松さんが消えたのって……呪いとか祟りとか、そういうのじゃない……ですよね?」


 何気ない一言のつもりだったが、かなり重量感のある沈黙が会議室を支配した。

 数分に思える十秒ほどの間を置いて、葛西がわざとらしい笑い声を上げる。


「ハ、ハハハッ……そんなんないから! 大丈ったら大丈夫!」

「でっ、ですよねー」


 根拠が乏しい発言に、厭な空気を作ってしまったユリカも同意しておく。


「後でメールでも送っとくけど、これが企画の概要ね。とりあえず確認ヨロ」


 葛西から配られたのは、A5のコピー用紙三枚を閉じたもの。

 仮タイトルらしい『じゃすか5 廃工場編』の下に、ユリカら出演者の名前。

 続いてスタッフの名前が並び、撮影日やリリース予定日などが書いてある。

 工場を訪れてのロケが七月の半ばで、発売日は十月に設定されているようだ。


 スケジュールが随分タイトな気がするが、このくらいが標準なのだろうか。

 二枚目には工場周辺の地図と、工場内部の簡単な見取り図。

 三枚目は、予定された撮影内容と収録内容が記されていた。

 撮影内容に関しては、『アイダの単独リポート』『霜月の霊視』『錫石の絶叫探索』などの大雑把なイベントが記載されている。


 他のシリーズの内容からして、現場での鹿野や葛西の思い付きを大量に盛り込んだ、アドリブ主体の撮影になるのは想像に難くない。

 ついでに言えば、自分が無茶をさせられそうな予感が小見出しから伝わって来て、ユリカは軽く手に汗握る気分になっている。


「うーん……随分とその、雑じゃないですか」


 的確だが遠慮を知らない指摘を永江が発し、室内の緊張感が一気に高まる。

 同意見なユリカが黙っていると、アイダがフォローに回った。


「あー、ドラちゃん? そこはホラ、臨機応変っていうかハプニング重視っていうか? 何が起きるかどう展開するか予想できない、ってのがウリのシリーズだから」

「はぁ……それと、工場内の安全性とか、撮影の許可とかは」


 その懸念けねんには、葛西が応じる。


「コマとプウに下見に行かせたが、工場はロケ隊が入っても問題ない状態だ。撮影に関しては、地権者ちけんしゃに話を通してある」

「なるほど。無茶な現場ってのは知ってますし、多少のトラブルは覚悟してるんですけど、訴訟沙汰だの病院送りだのは避けたいんで」

「大丈夫大丈夫、大丈夫だっての」


 葛西は面倒臭そうに、まごころ成分ゼロの「大丈夫」を連呼する。

 立場としては使う側でも、永江には無理を言って来てもらっているせいか、他のスタッフに対するような粗略そりゃくな扱いを出来ないようだ。

 あまりフザケた真似をすると、物理的に反撃される心配もあるだろうが。


「特殊な危険も多い場所、ですからね。不安要素はなるべく除いていきましょう」


 クロの言葉でもって、何となく議論は落ち着いた。

 そして話は、ロケ地の工場の知名度を上げる作戦の進捗状況へと移る。

 場所を伏せてネットの掲示板に噂話を書き込み、来月発売の怪談本の中で鹿野がネタにし、小松が中心になって作った肝試し映像を動画サイトにアップする、といった流れを用意して廃工場への期待値を上げる――といった話でまとまった。


「あの足音、中々イイ感じだったじゃない。編集で挿し込んだの?」

「いや、あれはプウのヤツを現場で走り回らせたんだと」


 常盤と林が、動画の内容に関して身も蓋もない話をしている。

 作中のヤラセや仕込みに関して、キャストに隠すつもりはサラサラないらしい。

 商売としては間違っていないとしても、もっと根本的な部分が間違っている気がしてならないユリカだった。

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