第6話 初対面の面々

「ではでは、今回も『鬼蛇怪会きじゃかいかい』の成功を祝しましてっ、乾杯!」

「かんぱーい」

「ういー」

「お疲れっ!」


 アイダの音頭おんどに、皆がバラバラなテンションでもって応じる。

 ユリカも、アマレットオレンジのグラスを掲げて小声で唱和しておく。

 イベント終了後はいつも打ち上げをやる、というのでユリカも参加することに。

 会場は、葛西かさいの知人が経営している西洋風の居酒屋――そもそもの意味でのバーというのはこういう感じかな、と思わせる作りの店だ。


 貸切の店内にいるのは、イベントで登壇とうだんしていたユリカら五人の他に十数人。

 葛西と『じゃすか』で仕事をしているスタッフや、関係者席に座っていた鹿野かのやクロの知り合いらしい人々が中心らしい。

 参加者は年齢も服装もバラバラで、男女の比率は六:四程度。

 全員に共通している点といったら、誰もが真っ当な社会人の雰囲気をまとっていないことくらいだ。


「どーもー、お疲れお疲れぇ」

「あ、お疲れ様です、監督」


 スタッフらしい金髪の男と連れ立って挨拶に来た葛西に、ユリカは愛想笑いで応じる。


「でもって、どう? 今回、こうして参加してみて」

「そうですね……鹿野さんの、『じゃすか』の人気はわかってたつもりでしたけど、それを改めて思い知らされたっていうか」


 若干のおべっかを混ぜてユリカが答えると、葛西は快活に笑う。


「まぁこういうイベントに来るファンは、ガチっぷりが桁違いってのはあるけど、求められているノリっていうか、相手にしてる客層? その辺の感じを大まかにでも掴んでもらえてたら、実際の撮影ん時のユリちゃんの立ち回りにもさ、プラスになるんじゃないかって」

「ですね。参考にさせてもらいます」


 自然体な「ユリちゃん」呼びにゲンナリするが、どうにか笑顔を崩さず応じる。

 ユリカが今回『鬼蛇怪会』にゲストで呼ばれたのは、最近話題になったホラー映画でヒロインを演じたから、というだけではない。

 近い内に制作が開始される予定の『じゃすか』五作目への出演が決定しているので、その顔見世の意味もあった。


「そうそう、次の撮影で一緒になると思うから、紹介しとくわ。こいつは、助監督の小松。会場で流れてたVで、アイケンがコマって呼んでたのがこれ」

「どぅも、小松です」


 元気があるのかそうでもないのか、ボリュームは大きいけれど覇気はきはない声で挨拶し、小松は金髪が半端に伸びたプリン状態の頭を下げてくる。

 年齢は三十前後だろうか――仕事の疲れが出ているようで、顔には吹き出物が目立つ。


錫石すずいしユリカ、です」


 小松から向けられる視線には、素通りできないねばつきがあった。

 仕事も仕事なので、男から意味ありげな目を向けられることには慣れているし、ある程度は仕方がないと諦めてもいる。

 しかし、小松の瞳には値踏ねぶみをしているような無遠慮さがあって、そのデリカシーの欠如は只事ただごとじゃない。

 指摘しても変な空気になると判断したユリカは、とりあえず流しておく。


「ロケん時は、俺の代わりにコマが指示出したりとかもあるから、まぁ仲良くやって」

「はい。よろしくお願いしますね」

「いやぁ、ヘマしないように頑張りますんでぇ」


 言いながら微笑を向けると、小松からはへりくだった調子の声が返ってくた。

 だけど向けてくる視線は、さっきと全く同質のものだ。

 ユリカは不快感を押し殺し、表情に出さないようにつとめる。


「あと、は……おーい、リンさん、トッキー」


 葛西に呼ばれ、坊主頭の太った男と、オールバックで筋肉質の男が寄ってきた。


「こっちが林さん。本業は編集マンだけど、照明や録音なんかもこなせるし、何ならロケバスも運転しちゃう万能なヒト」

「どもっス」

「錫石ユリカです。これから、よろしくお願いします」


 あの映像に余計な足が混ざり込んでいたのを指摘したのが、確かこの太った男だったな――思い出しながらユリカが頭を上げると、葛西はオールバックの方を手で示す。


「で、こっちがカメラマンの常盤ときわことトッキー」

「逆じゃね? あぁ、錫石さんね。あの映画、良かったよ」

「ありがとうございます! 撮影、よろしくお願いします。常盤さん」


 四十をいくつか出たと思しき常盤は、いかつめの顔つきこそ年齢相応に老けているが、ジム通いで作ったらしい筋肉質の体型で年齢を感じさせない。


「それと、あそこらをチョロチョロしてるアフロが、ADっていうか雑用係っていうかパシリの和久井わくい。プウって呼んじゃって。撮影中は好きにコキ使っていいから」

「はぁ……」


 詳しい事情はわからないが、下っ端として受難の日々を送っているらしい、おそらくは自分よりも年下の青年をユリカは見つめる。

 痩せて背の低い和久井は、一応は客だろうにここでも雑用をさせられていた。

 とことん似合ってないアフロは、そのまま和久井の置かれた立場の微妙さを物語っているかのようだ。


「やー、お疲れさん。急な話で悪かったね、今夜は」


 ユリカが空のグラスを手にカウンターに向かっていると、上機嫌な鹿野から声をかけられた。

 アルコールが回っているのか、声が大きくなっていて顔にも赤みが差している。


「いえ、誘っていただいて嬉しかったです。色々と勉強になるイベントでしたし」


 ユリカが当たり障りなく評すると、鹿野は鷹揚おうように頷いてみせる。


「まぁアレだ。今回はユリカさんのね、御披露目おひろめって意味もあったから。『じゃすか』に参加する新メンバーとしての」

「え――ええ、そうですね」


 何やらレギュラー扱いされそうな気配に戸惑いながらも、ユリカは一応同意しておく。

 その返事を聞いた鹿野は、柔和にゅうわな表情のままに言う。


「そういえば、ユリカさん」

「はい?」

「会場で披露してくれたネタ、良かったよ。期待以上だね……もしかして、ああいう話って他にも沢山、あったりする?」

「あ、はい。それなりにある……にはあるんですけど、人前で話せるレベルでちゃんとしてるのは、そんなにないかなぁって」


 それなりにある、と言いかけたところで鹿野の目がスッと細まった。

 何となく厭な予感がしたユリカは、発言を少し軌道修正しておく。

 拘束時間がやたらと長く、ギャラを時給換算すると高校生のバイト並みになってしまうイベントに何度も呼ばれるのは厳しい、という咄嗟とっさの判断だ。


「ふぅん……まぁ、その辺のこともね、近い内にちゃんと話しとこうか。ロケの打ち合わせとか、ちょいちょいあるだろうし」

「そう、ですね」


 含みを持たせた物言いの鹿野に、ユリカは適当に応じておく。

 鹿野が誰かに呼ばれて離れていったので、ユリカは店員にカシスオレンジを注文すると、空いている席に座った。

 テーブルの上に置かれた大皿、そこに盛られた唐揚げのギトギト感に箸を伸ばしかねていると、背後に人が立っている気配を感じる。

 振り向いて挨拶するべきか迷っていると、その気配はユリカの左の席へ腰を下ろした。


「どぉもー、錫石さん。初めまして……だよねぇ?」

「ええ、多分そうじゃないかと」


 イベント会場の関係者席でも顔を合わせた記憶のない、ユリカと同年代らしい女性が話しかけてきた。

 髪型がツインテールなのと、服装に落ち着きが足りない様子からして、実はもっと若いのかも知れないが、化粧がバッチリすぎて年齢不詳になっている。


「あたし宮島みやじまミクっていってぇ、本業は一応タレントなんだけどぉ、鹿野さんの弟子みたいなことも結構やってるんですぅ」

「弟子……というと、怪談関係のお仕事をしたり?」

「そうなのぉ。そっちの方でTVに出たりも、最近は結構あるんですよぉ。再来月には鹿野さんのプロデュースで、本も出ることになっててぇ」

「え、凄いじゃないですか。おめでとうございます!」


 ミクの舌っ足らずで語尾を伸ばす喋りは、男性になら好印象を持たれるのかもしれないが、同性のユリカからすると中々に鬱陶しいものがあった。

 オマケに、態度や発言に露骨な牽制けんせいというか虎の威を借るマウンティングというか、とにかく悪意をベースにした感情が透けて見える。

 そういうものを正面から受け止めても、大抵はロクなことにならない。

 経験上それを知っているユリカは、とりあえず相手を褒めて持ち上げておいた。


「うん、ありがとぉ。でもでも、昔っからキャラ作りで霊感があるとかぁ、変な体験をしてるとかぁ? そう自称するインチキっぽい人、結構多いじゃないですかぁ」

「はぁ、まぁ……」


 自虐なのか同類への攻撃なのか判断できず、ユリカは微妙な返事でにごす。


「そんな人の居場所をね、失くしちゃう勢いで頑張ってこう、ってのがあるんですよぉ。そこは結構、ホンキなスタイルでぇ」

「……ですか」


 どうやら、後者だったようだ。

 自分も攻撃範囲に含まれているらしいと察し、ユリカは警戒心を強める。


「ニセモノでもホンモノでも、レベル低いのがウロチョロしてたらぁ、結局はお客さんに相手されなくなっちゃうみたいなの、結構あるじゃないですかぁ」

「あるでしょうね」


 対応が雑になっているのを自覚しつつ、ユリカはグイグイ来るミクに答える。

 ケッコーケッコーうるさい――と指摘しないだけ大人になったな、と思いながら。


「まぁ、錫石さんも結構アレなんで……そこらへん気をつけてねぇ」


 唐突に話を終わらせたミクは、テーブルを離れて早足で移動を始めた。

 その行く先では、クロの知り合いだという十代後半の女子二人と鹿野が、楽しげに盛り上がっている。

 アレって何なのさ、と胸倉を掴んで問い詰めたい気分だが、そんな騒ぎを起こせるはずもない。

 ユリカは湧き上がりかけた溜息を、カシオレで無理矢理に流し込んだ。

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