第5話 作戦会議

 「明瀬を甘く見たのがいけなかったんだ」


 山田が投げやりに言った。


 その夜のことだ。俺たちが宿舎にしている安ホテルの中だ。俺の部屋だった。加奈が俺の胸の傷を手当てしてくれていた。幸い、傷は大したことはなかった。


 俺は明瀬のかろやかな身のこなしを思い出した。俺は山田に言った。


 「明瀬があんなに使い手だとは思わなかったよ」


 山田が俺と加奈を見ながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。山田が続けた。


 「しかし、オレの武器を見られちまったのは拙かった」


 俺は山田を見た。


 「ブーメランか・・あのブーメランのお蔭で俺は助かったよ。山田さんには礼を言うよ。しかし、俺と加奈の武器は拳銃だが、山田さんはすごい武器を使うんだな」


 山田が笑った。


 「礼はいいぜ。俺たちは仲間だからな。でも、明瀬があんな金属板を持っているとは思わなかった。ひょっとしたら、明瀬がこの小説『暗殺者』の中で、一向に死なないのは、あの金属板で身を守っているからかもしれねえなあ。・・とにかく、ブーメランを知られてしまったら、明瀬には二度と使えねえよ。今日は失敗だった。作戦を練り直そうぜ」


 そのとき、俺の胸に包帯を巻き終わった加奈が口を開いた。


 「ねえ、よく考えてみたら、明瀬って女なんじゃない?」


 俺と山田が驚いて加奈の顔を見た。俺は加奈に聞いた。


 「えっ? どうして?」


 「だって、明瀬って男にも女にも変装するんでしょ。でもね、骨格の小さな女が骨格の大きな男に変装することはできるけど、骨格の大きな男が骨格の小さな女に変装するのは無理があるんじゃないかしら?」


 俺は今日対決した女を思い浮かべた。小柄な女だった。確かに加奈の言う通り、大柄な男があの小柄な女に変装するのは無理がある。


 山田がうなった。


 「う~ん。言われてみれば確かにそうかもしれねえ。こりゃ、加奈、お手柄だぜ。明瀬が今まで女よりも男に変装することが多かったのも、女であることを隠したいのかもしんねえな。そうすると、作戦も変わってくるなぁ」


 加奈が俺の顔を見て、クスリと笑った。


 「でも、進。あんた、今日は危機一髪だったわね」


 「キキ・・何だって?」


 「危機一髪。この時代の四字熟語よ。進、あんたも催眠学習で習ったでしょ」


 俺は頭を搔いた。


 「ああ、習ったかもしれない。でも、俺は昔から勉強が苦手でねえ。で、危機一髪って、どんな意味なんだ?」


 「危機一髪っていうのはね、『髪の毛1本ほどのごくわずかな差で危機に陥りそうな危ない瀬戸際』という意味なの。例えば、1本の髪の毛で重い荷物を引っ張っているとするでしょう。そんな状態は、今にも髪の毛が切れそうで危ないわよね。そういう危ない状態のことよ」


 俺は再び今日の対決を思い出した。山田がブーメランを投げてくれなかったら、俺は間違いなく明瀬にられていた。


 「確かに、あのとき俺は危機一髪だったよ」


 山田が宙を見た。誰に言うともなくつぶやいた。


 「女・・そして、危機一髪か」


 その夜、俺たちは遅くまで作戦会議を行った。

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