第4話 対決

 女が俺の前に飛び降りた。手を振り下ろした。ナイフが百貨店のLEDライトを反射して光った。光の円弧が俺の頭上に落ちてきた。速い。逃げられない・・


 咄嗟に俺は身体を女にぶつけた。女が俺の身体を蹴り上げた。手でナイフを振り下ろしながら、足で俺を蹴ってきたのだ。俺が見たこともない動作だった。女の赤いパンプスが俺の腹に食い込んだ。俺はウッとうめいた。俺の背が丸くなった。その背中にナイフが落ちてきた。られる・・


 何かが飛んできた。女がそれを避けようとして、身体を傾けた。『何か』が女のブラウスを切り裂いて、向こうに飛んで行った。女の振り下ろしたナイフが俺のスーツをかすめて、床のコンクリートに当たった。キーンという音がして、ナイフの刃が半分、俺の後ろに飛んだ。


 俺の前に百貨店の清掃員が立っていた。山田だ。


 さっき飛んでいった何かが・・女の背後で大きな円を描いて、山田の方に戻ってきた。山田が器用にそれを手で受け止めた。山田の手の中にあるのは・・ひらがなの『く』の字の形をした金属板だった。


 山田がそれを再び女に投げつけた。『く』の字の板が回転しながら高速で女の方に飛んだ。


 ブーメランだ。山田の武器というのはブーメランだったのか・・


 女が床に落ちているトートバックを再び掴んだ。ブーメランが女の顔に迫った。女が顔の前にトートバックを持ち上げた。ブーメランがトートバックに当たった。


 キィィーンという鋭い音がした。トートバックの麻の繊維が宙を舞った。ブーメランが方向を変えて、向かいにある下着店に飛んで行った。ブーメランが下着店のショーウンドウにぶつかった。ショーウンドウが音を立てて崩れた。下着店の中で、事務服を着た女店員が「キャー」と悲鳴を上げるのが見えた。


 俺は、女の持つトートバックを見た。麻の布に穴が開いていて、その中に金属の板が見えた。そこから金属が焼ける匂いが漂ってきた。金属の板で金属のブーメランを跳ね返したのだ。


 そうか。俺の拳銃の弾丸たまもこの金属の板でけたのか!


 女が再びトートバックを投げ捨てた。そして、スカートの中に手を入れた。次の瞬間、女の手には小さな拳銃が握られていた。3インチバレルを装備したベレッタだ。女性用の護身銃だ。太ももにテープで張り付けていたに違いない。女がベレッタを山田に向けた。

  

 バンという銃声がした。女の足元で銃弾が跳ね返った。女の銃ではなかった。俺は女の背中の向こうに眼をやった。下着店の前で、さっきの事務服を着た女店員がこちらに拳銃を向けていた。銃口から煙が出ている。加奈だった。


 加奈が再び女の背中に照準を合わせた。女が「チッ」と声を出した。俺は女の声を初めて聞いた。加奈が引き金を引く寸前に、女が天井に向けてベレッタを撃った。ダン、ダン、ダンという鈍い音がして・・天井から大量の水が落ちてきた。女がスプリンクラーの配管を撃ったのだ。


 俺と山田の周囲を水のカーテンが覆った。俺たちはずぶぬれになって、女のいた場所に飛び込んだ。


 女の姿は消えていた。床のトートバックも無くなっていた。

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