第3話 囮

 俺たちは都内の安ホテルに宿を取った。


 俺は翌日から早速行動を開始した。都内のスーパー、交番、区役所などを手当たり次第に回って・・明瀬のことを聞いていった。俺には見えないように、山田と加奈が俺を見張っているはずだ。


 しかし、反応はなかった。誰も明瀬のことを知らないし、明瀬が俺を襲うこともなかった。


 3日が無為に過ぎた。4日目になった。


 俺は方法を変えた。百貨店に行って、店内アナウンスで『明瀬功』を呼び出してもらうようにしたのだ。しかし、午前中に行ったA百貨店とB百貨店では、明瀬は現れなかった。そして、午後、俺はC百貨店に行った。


 3階の婦人服売り場にある『ブティックK』のショーウンドウの前に俺は立った。俺は黒のスーツを着ている。上着の内ポケットには、この時代の武器であるサイレンサー付きの拳銃を忍ばせていた。ドイツ製のワルサーPPKだ。俺たちは小説のワンシーンとして明瀬をらねばならない。だから、俺たちの時代の光線銃は使えないのだ。


 俺は周囲を眺めた。周りは女性客ばかりだ。このフロアで俺以外の男というと・・遠くのエレベーターの前でモップを使っている清掃員だけだ。小説『暗殺者』の中では、明瀬は女にも化けるが、圧倒的に男として現れることが多い。ここなら男が現れたら、すぐに分かるはずだ。


 少しすると、俺が頼んだアナウンスが女性の声で店内に流れた。


 「お客様のお呼び出しを申し上げます。都内からお越しの明瀬様。明瀬功様。ご友人が3階、婦人服売り場、『ブティックK』の前でお待ちでございます」


 アナウンスは2回同じことを言って終わった。


 俺の前を何人もの女性客が通り過ぎて行った。少しすると、向こうから中年の紳士が歩いてきた。高そうな紺のスーツを着ている。紳士が俺の横で立ち止まった。俺はいつ攻撃されてもいいように身構えた。紳士は俺のすぐ横に立って、黙ってショーウンドウの中を見つめている。俺はそれとなく内ポケットに手を入れた。拳銃に指を掛けた。俺の心臓が高鳴った。


 やがて、紳士はショーウンドウから離れて、向こうに歩いて行った。


 違ったようだ・・


 俺はフーと息を吐いた。いつもは狙う立場だが、狙われるのは初めての経験だ。


 すると、紳士が去った方向から小柄な若い女が歩いてきた。水色のブラウスに薄いピンクのミニスカートを履いて、麻のトートバックを肩に掛けている。どこにでもいる女性客だ。


 女が俺の前に来た。トートバックが肩から床に滑り落ちた。一瞬、俺の視線がトートバックに走った。女の手が俺に向かって一閃した。手の中に光るものがあった。ナイフだ。


 俺は横に飛んだ。しかし、トートバックに視線がいった分だけ反応が遅れた。女のナイフが俺のワイシャツの胸を切り裂いた。胸に痛みが走った。俺は床に転がりながら、上着の内ポケットから拳銃を取り出した。女が床のトートバックを手にした。そのままトートバックを胸に掲げた。その間に、俺は回転を利用して、床から立ち上がった。女の胸に向けて拳銃の引き金を引いた。


 ズンという鈍い音が響いた。この時代のサイレンサーは完全に銃声を消すことが出来ないのだ。女が後ろに倒れた。俺は勝利を確信した。


 次の瞬間、俺は眼を疑った。女が立ち上がったのだ。トートバックを床に投げると、女が宙に飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る