コミュニケーションズ・ハイ

@misaki21

声を無くした日

 とある事件以来、私は失語になった。

 しかし、喋れないことは意外にも不自由ではなかった。

 スマートフォンかノートとペンがあれば筆談ぽく振舞えるからだ。が、周囲からは「大変だね」的な言葉を良く聞く。

 そうでもないよ、とスマホをかざしても、それが大変なんだよ、と言った具合である。

 劣等感は最初のうちだけで、今は殆どない。

 バイト先で店長に事情を説明すると、ほぼ喋らなくて済む裏方に配属され、バイトは続行できた。


 ある日の夜。

 両親が何やら話し込んでいた。悪いかなと思いつつ聴き耳を立てると……。

「あの子が何を考えてるのか、私には分からないの」

「僕にだって分からないさ。でも仕方ないだろう」

 それはそうだろう、私は思った。

 考えていることの全てを文字にしている訳ではないのだから、仕方がない。だが、と考える。

 喋っていた頃だって、考えていることの全部を声にしていた覚えはない。つまり、そんなに変わっていない。

 だのに、両親は「分からない」と繰り返す。


 バイト先、倉庫奥で梱包作業をしていると、一つ上の先輩が声を掛けて来た。

「一人で大変だね。手伝おうか?」

 私は笑顔を横に振り、いらない、と伝える。

「あのさ、ちょっと失礼な事、聞いてもいいかな?」

 こくり、と頷く。

「きみのその、喋れない症状て、治らないの?」

 うーん、と頭をひねり、さあ、とゼスチャーして見せる。

「例えばほら、原因になっていることがあって、それを解消するとか」

 今度は左に頭をひねる。こっちが聞きたい、と喉まで出かかったが止めておいた。

「もしくは、ショック療法てのは?」

 ん? 私は表情でそう伝える。

「例えば、ほら、凄くビックリすることがあって、思わず声が出る、みたいな」

 そう言えば、それは考えたことが無かった。私が凄くビックリすること……何だろう。

 と、先輩が頬に手を当てて、軽く口づけしてきた。

「先輩!」

 ……あれ? 今のは?

「やった! 声、出たね! と言うか、そんなにビックリするような事だったんだ、はは」

「だって……いきなり」

「うんうん、きちんと喋れてるね。これは祝杯モードかな?」

 からからと笑う先輩につられて私も笑みになる。


 私はまた、声を出して笑えるようになったから、黒猫さん、空の上でのんびりしててね。


――おわり

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