強化プランその1「イメチェン」

 ビランテ草原。

 広大な草原が広がっている、グラファイト冒険者におすすめの場所だ。そこでわたしは髪を整えて……いやカナデさんに髪をいじられていた。


 不思議な人だ。

 いきなりわたしに憑依して、その経緯もこれからどうなるかもわからないのに、急にわたしを「可愛くする」とあれこれ買い物をしてここまで来た。


 まぁそのせいで全財産のうち、半分なくなったわけだけど。


 でも、もう故郷に帰るくらいしか選択肢なかったし、この人がわたしに憑依したのには何か意味があるだろうから、少しでもスキルを活かせる方法があるのなら試してほしかった。


「よしミディアムよりのショートカットにして、髪にボリュームを持たせる感じでいこう」


 ボンサックの上に鏡をのせて、布を体に巻くと慣れた手つきが髪を切りだした。


「み、みでぃあむ?」

「まぁ楽しみにしてな」


 あれこれハサミで髪を切っていき、ところどころミルクのワックスクリームを使って整えていく。彼女はわたしに憑依する前にどんな仕事をしていたのだろうか。そう疑問を抱かずにはいられない。


「よしできた」


 手鏡を顔の前に持ってくる。


 暗い雰囲気のする髪型や顔から一転して、明るい印象のする顔に変わっていた。前髪は瞳がはっきり見えるように切られており、鼻筋や顔の輪郭は今まで通り長めだ。

 横や後ろの髪は短いながらもふわりと膨らみがあり、ボリュームがあるように見せている。それが顔に対して瞳が大きく見えるのを防ぎ、かつ以前よりも大人びた雰囲気を出している。


 え、これ本当にわたし!? 本当に!?


「うーんやっぱりショートも良い」


 髪をかきあげ、自慢げに笑うわたし。いや笑わせているのはカナデさんなんだけど。にかっとのぞかせる八重歯が、自分の顔なのに新鮮に思えた。

 使っていたハサミとミルクのワックスクリーム、手鏡をボンサックの中にしまいこみ、カナデさんは立ち上がる。


「うん、可愛いぞアイちゃん」


 満足げに胸を張るカナデさんの言葉に少し嬉しくなった。




  ○●○●




 カナデは冒険者ギルドの中を歩き、依頼達成を伝えるべく受付に向かう。


 正直前の世界に未練がないと言ったら嘘になる。新しいドールパーツや衣装やらゲームにプラモに、ファッショングッズにコスメと楽しみにしていたものはたくさんある。仕事だって引き継ぎを全然していない。


 ただ、カナデの生きがいは「可愛い」を愛でること。そしてそれは異世界でも変わらない。というかアイの容姿や控えめそうな性格が普通に好みだった。


 この原石は磨いてやる。


 そんな意識がカナデの中にあった。


 女の子は誰だって可愛い。かわいいは正義だなんて世の女の子に失礼なスキルだが、確かに世に認知されなければ可愛いは埋もれる。

 ついでにこのスキルにも可愛いというものをとことん思い知らせてやる。


 受付の前に立つと受付嬢が困惑した顔でこちらを見た。


「え、えぇっと、アイさんですよね」

「はい」


 流石に受付嬢とのやり取りはわからないのでカナデは体をアイに任せる。


 アイは急に手の指を合わせながらもじもじしだした。周りを気にしながら、こっそり口を開く。


「ちょっと髪型変えようかと……へ、変、でした?」


 受付嬢はきょとんとした後、満面の笑みを浮かべた。


「とっても素敵です。アイさんってそんな可愛らしい目してたんですね」

「そ、そうですか? えへへ……あ、そうじゃなくて薬草採取してきました」

「依頼の報告ですね。確認します」


 前髪をいじりながら頬を綻ばせるアイ。カエデは、しっかりとその姿を目に焼き付けることできないのが残念でならなかった。感覚は共有できているので姿を予測はできるだが、いかせんせん主観だ。


 百聞は一見に如かず。


 可愛いは鑑賞したいのだ。

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