状況整理と観察

 それから二時間ほどかけてカナデとアイは状況を整理した。


「まず体の主導権はしゃべりたいと思った方にポンポン移るみたいだね」

「そうだね。それで、カナデさんはニホンっていう東の方の国に住んでいたけどいつの間にかわたしに憑依してたと」

「理由はおれにもわからないんだなぁこれが。受け入れるしかないよねぇ」


 天井を仰ぎ見ながらカナデはつぶやく。まぎれもなく二人は会話しているのだが、傍から見れば、ひとり芝居をしているようにしか見えないだろう。ここが個室で助かった。


「というか、カナデさん女性なんだよね」

「うん。ソダヨー」

「おれとか使うんだ……ニホンだと普通なの」

「いや、全然」


 そんな細かいニュアンスまで相手に通じてるんだ、とカナデは思った。都合よく翻訳か何かされているから言葉が通じているのか、相手も日本語を話しているのか、カナデには判断できないが、こうしてコミュニケーションにつまずきがないのはありがたい。


「とりあえずおれ使っておけば男はあんま女として意識してこないしな」


 趣味に時間を費やすために自分をそういう風にキャラ付けした。趣味の説明なんてしても相手には通じないだろう。


「も、モテたんだね」

「まぁね」


 前世……と表現するのが正しいかわからないが、顔立ちはそこそこ整っていた自覚はある。だからといって自慢するつもりはないが。モテるという状況が「ほしいもの」であったのであればカナデは自慢する。しかし、そうではない。

 もし、完成したドールのこだわりや設定を聞いてくれる人がいるのならざっと小一時間は話し込んで自慢するだろう。


 なぜ語るか、なぜ自慢するのか。

 カナデのほしい状況がそれだからに他ならない。カナデはそういう人種だ。


 それに、自分よりも他人のほうが可愛い。


「それで、アイちゃんはパーティー抜けたばっかの冒険者ってわけね。そのユニークスキル? のせいで」

「うん」


 カナデはアイに説明されたスキルを思い出す。

 かわいいは正義。かわいければかわいいほど様々な恩恵があるスキル。

 アイははずれスキルと認識しているようだったが、カナデは違った。


「アイちゃんいくつ?」

「え、えと成人して二年なので十七」


 ピッチピチじゃん! と心の中でガッツポーズをする。いくつでもいいのだが若い方が「長く楽しめる」。


「アイちゃん、これ当たりスキルでしょ」

「あ、当たりってどこが」


 カナデは棚の上に置かれた手鏡を見る。


 前髪をあげるとくりっとした可愛らしい瞳がある。綺麗な黄緑色で、感動的な色味に思わず虹彩をじっくり眺めてしまう。瞳孔が拡大し、カナデの関心を表す。


「可愛い目……もったいない」

「か、かわいっ……!?」


 茶髪に深緑のインナーカラーが入っていて、長さはセミロングぐらいだ。少し傷んでいるように見えるし、髪も整えて切ってあるわけではなさそうだが、インナーカラーが天然だとしたらファンタジー世界さまさまだろう。顔立ちはやや幼く、無表情でもキツイ印象はまずない。あどけなさを感じるくらいだ。口を開けて歯並びを確認してみると八重歯だった。歯並びもいい。


 奇跡では?


 カナデは歓喜した。こんなにも顔つきの系統が部位ごとにまとまっているのは早々ない。メイクがこの世界に存在しているのかわからないが、これならナチュラルメイクがいいだろう。ナチュラルメイクでちゃんと個性を際立たせて可愛さをアピールするのだ。一番好きなメイクだ。なぜなら一番素材を輝かせたという実感がするから。


 少し整えてあげるだけで間違いなく可愛くなる。この子に憑依させてくれた異世界の神に感謝しかない。神がいるのか全然わからないが。


「髪も整えたいね。長さにこだわりはある?」

「え、えとない……けど」


 体つきは平均……ここではわからないが日本人目線からするとそうだ。若干小柄な印象を与える程度だろうか。


 普段着に着替えてもらったが、冒険者だからか無骨というか、布の服に皮鎧をつけた感じであった。腰には短剣がある。

 ファッションセンスどうこうの前に生き死にがあるからだろう。安全性重視だった。


 全身コーデしたいが、冒険者の職業上どこまですべきか吟味すべきものだろう。ここのファッションの主流もわからない。ある程度その場に沿ったようなコーデでなければただの自己満足になってしまう。


 今すぐできるものといえば……。


「うん、髪切ろう。主に前髪」

「え!? で、でもわたし、自分の目嫌いで……」

「大丈夫。おれがもっと可愛くしてあげる」

「あ、あう」


 好んで前髪を隠しているわけでないのなら強引でもやるしかない。こういう子を輝かしいステージに立たせる為には手を掴んで引っ張っていかねばならないときもある。


「強くなりたいんでしょ、なら目はぜっっったい出したほうがいい! ハサミある?」

「あ、あるけど」

「じゃあ切らせて。あと買い物しよう。なんか美容品とか売ってる場所ない?」

「わ、わからない」

「適当に店回るからどんなものか教えてよ。あと買えそうなものは買おう」


 決まったとばかりにカナデは外に出た。

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