強化プランその2「表情と姿勢」

 宿の部屋。

 鏡の前でカナデさんはいろんな表情をつくる。彼女に憑依されてから数日が経ったが、毎朝、夕でカナデさんはこれをやっていた。


「表情筋」を鍛えているのだそうだ。それとわたしに「笑顔」をつくれという。引きつった笑みしかでないことをいつも咎められる。


「アイちゃん笑顔の練習するよー! 可愛いんだから自信を持つ! ほらにぱぁー」

「に、にぃ~」

「口角ヒクついてる! もっと自然に」

「む、無茶な」


 毎日のようにカナデさんは「可愛いを鍛える」ことをやっている。わたしは薬草採取などグラファイトでもひとりで出来る依頼をこなして、少しずつ稼いでいた。


「ほ、本当にこんなので強くなれるの」

「自分のスキルを信じる! ほら、次は筋トレ」

「はい」


 カナデさんの提案してきた筋力トレーニングは全然きつくなかった。仰向けに寝ておしりをあげる運動だとか、うつ伏せになって上体を起こす運動とか、腕立て伏せの上げ下げしないバージョンみたいな筋力トレーニングばかりだ。


 冒険者として走りこんだり、魔物討伐したり、短剣術を磨いたりということは一切ない。


 なんでこんなことをするのか。わたしにはわからなかった。


「表情が豊かになれば顔のお肉のたるみもなくなるし、インナーマッスルを鍛えれば姿勢がよくなるから見栄えもよくなる」


 言っていることが全然わからなかった。

 要は表情が柔らかいこと、姿勢がいいことは可愛いにつながる……みたいだった。


「はいっ腕を組んで横に伸ばす運動ー」

「うぅー」


 これで強くなれたら苦労しないんだけど……。




  ○●○●




 カエデがアイと数日過ごして思っていたこと。


 表情はまぁ、本人が感情を表に出せるようにと促しているだけに過ぎない。できるかどうかは本人次第だ。


 笑顔は人をいい気分にさせる。笑顔が可愛い女の子は一発で男をオとせるし、なんならカナデもオちる。


 問題は姿勢のほうだ。

 自身のなさや性格も相まってか姿勢が悪い。下をよく見るし、前のパーティーでは雑務をしていたらしいからか猫背気味だ。本人は気づいてないかもしれないが手鏡で何度も確認した。


 悪化させてしまえばそれだけ矯正する時間がかかる。なるべく早めで行いたかった。


 姿勢が良ければ他者から見られたとき良いイメージを与えられる。肺を圧迫しないでいいから呼吸もしやすくなる。しっかり呼吸ができれば代謝も上がるから健康にもいい。そして健康的な生活は可愛いをつくる。


 ファンタジー世界らしい魔物や魔法の概念がこの世界にはある。冒険者ということでたぶん戦闘をするだろうから呼吸も重要になる……だろうおそらくきっとたぶん。


 冒険者稼業のことはアイに任せるしかない。この体はアイのもので、アイの人生なのだから。


 だからカナデはアイが許してくれている間、自分の趣味に没頭するだけなのだ。

 

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