昇格試験

 宿屋のアイの部屋で、上機嫌なアイは笑顔で明日の準備を進めていた。


 明日はアイの昇格試験の日だ。


 今までの雑務業務と先日ローンウルフを単独で討伐したことから、パールへの昇格試験を言い渡されたのだ。


 といっても指定された依頼をこなすだけなのだが。

 依頼はスライム一匹の討伐だった。いまいちスライムが強いのか弱いのかカナデでは判断がつかない。ゲームなら弱いと思うかのしれないが、ここは異世界だ。


「前から疑問だったんだけど」

「なに」

「冒険者の等級ってなんで宝石なの」


 カナデの疑問にアイが手を止める。


「……元々は色だったんだ」

「色」

「そう。黒、白、黄、赤、青、紫って」


 なんか色の並びにデジャヴを感じなくもなかったが考えても何も思いつかなかったのでカナデは話の続きを聞くことにした。


 カナデは古典の成績は良かったが日本史は微妙だった。


「昔は制度もしっかりしていなかったみたい。だからゴロツキみたいな人も多かったらしいんだ。それで制度が出来ていって、今の冒険者制度を整えた人が、冒険者のイメージを輝かしいものにしよって、等級の呼び方を宝石に変えたらしいの」

「なるほど。赤の冒険者よりルビー冒険者のほうが言葉のイメージが良いってことか」

「たぶん」


 アイは苦笑する。


「ちなみに常識だったりするの」


 カナデの問いにアイは首を振った。


「ほとんどの人知らないんじゃないかな」

「じゃあなんでカナデは知ってるの」

「昔ね、冒険者に故郷を……ううん、わたし助けてもらったことがあったの」


 思い出すように天井を見上げる。


「剣が振り下ろされて、本当に死ぬかと思った。でも、魔法で盗賊をあっという間にやっつけて、わたしの頭を撫でてくれたの。優しくて……かっこよかった」


 アイの中でその記憶が宝石のように輝くものなのだろう。語り口には熱があった。


「それがすごく憧れで、知りたくて勉強したの。冒険者になってからずっと」


 強くはなれないかもしれない。それでも憧れの冒険者になる為に、アイはアイなりにいろんな努力をしたのだろう。二つ上のトパーズの冒険者とパーティーを組んでいたのも、そういうところを買われていたのかもしれない。


 カナデからしてもアイが冒険者について説明するときはわかりやすく頭にすっと入ってくる。それだけ理解度が高いということだ。


「明日の試験受かるといいね」


 カナデの言葉にアイは力強く頷いた。




  ○●○●




 リヒュルの洞窟入り口。そこが試験の集合場所だった。

 昇格試験には「監督権」、つまり他の冒険者を指導する権限を持つトパーズ以上の冒険者がつくことになる。


 わたしがそこにたどり着いたとき、意外な人物に思わず足を止めてしまった。


「やぁ」

「元気だった?」


 わたしに手を振る二人。


「ジョブルさん! リージョさん!」


 わたしが所属していたパーティーの戦士のジョブルさんと、魔法使いのリージョさんだった。


「心配だったから試験官引き受けた」

「付き添いで来たわ」

「……ありがとうございます!」


 わたしが頭を下げると二人とも安堵したように笑みを浮かべた。


「追い出すような真似をして悪かった。ちゃんと冒険者続けられてるみたいで、嬉しいよ」

「ジョブルったら毎日アイのこと心配してたんだから」

「そういうお前も髪型変わったアイさん見て変なやつに捕まったんじゃないかってパニクってたじゃないか」


 互いににらみ合いながら言い合うジョブルとリージョさん。パーティーにいた頃を思い出して思わず笑ってしまった。


「今のわたし、変ですかね」


 わたしが聞くと二人とも首を振る。


「俺らといるときは切羽詰まってて余裕がなさそうだったけど、肩の力が抜けてていい感じ」

「可愛いわよ。目がちゃんと見えるのも素敵ね」

「そ、そうですか。えへへ……」


 て、照れる……。


『良かったね、アイちゃん』


 頭の中で声が響く。カナデさんだ。

 カナデさんに憑依されてからいろいろなものが変わった気がする。外見だけじゃなくてわたし自身も。


 どう変わったかよくわからないけど。


 ただこれだけは言える。わたしが今笑えてるのはカナデさんのおかげだ。


『ありがとうカナデさん』

『どういたしまして』


 パン、と。リージョさんが手を叩く。


「さぁさくっと倒してお祝いするわよ」

「やるのはお前じゃないけどな」

「うっさい」


 三人で笑いながら洞窟の中へ入った。


 

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