17-1.だって、正臣くんは私のヒーローなんですから




「着きましたよ」



 電車を乗り継ぎ、最寄駅からしばらく歩いたところで、豪奢ごうしゃ装飾そうしょくがいくつも散りばめられた黒い洋風のバカでかい門の前で美姫が足を止める。


 早乙女邸。


 昨日は暗くてよく見えなかったが、こうして改めて見てみると、美姫の家の大きさが身に染みてよくわかる。


 黒い門の先には一面芝生が広がり、そのど真ん中には巨大な噴水。


 敷地内にポツポツと建物があるが、噴水の奥にそびえるあの一際大きな白亜はくあの洋館が母屋だろう。


 緊張からきた、大きめのため息を美姫に隠さず漏らし、ダンスパーティで結衣から譲り受けたスーツのネクタイを正していると、ニヤニヤしながら美姫がずいっと顔を近づけてきた。



「あれー? なんか正臣くん、緊張してますか?」



「そりゃするだろ......てかなんでお前緊張してないわけ?」



「なんでって、家に帰ってきてあげたのに、なんでこちらが緊張しなければならないんですか? 謝るのは向こうでしょ? 一日家出した程度で帰ってきてあげてるんだから、感謝して欲しいぐらいですっ」



 眉を八の字に曲げてぷりぷり怒る美姫はたくしくて少し羨ましい。



「お前、すごいな......」



「まあ私が正臣くんの立場なら、娘を誘拐した不審者に断定されているはずなので、絶対行きたくないですけどね」



 誘拐、不届者といった物騒な言葉に思わず身体がピクリと跳ねる。


 冷静に考えて昨日の件、警察に通報されてもおかしくないんじゃないか?



「てっきり門の近くに来たら正臣くんを取り押さえるSPでも配置されてると思ったのに......」



 いないですね、とキョロキョロ辺りを見渡す美姫にこめかみがひくりと動く。



「お前、オレのことビビらせたいの?」



 反応見て楽しんでるだろ、とジト目を向けると「さぁー?」と楽しそうに微笑んだので、単にからかっているだけのようだ。



「でも、こうやって正臣くんが正装して私の家に来るなんて、なんか結婚の挨拶でもしそうなシュチュエーションですよね」



「はあっ!?」



「ふふっ。ま、似たようなもんですかねー」



 先を歩く美姫が少しだけ赤くなった頬をたずさえて振り向く。


 その幸せそうな表情は破壊力抜群で、正臣の中にあった緊張を軽々と吹き飛ばしてしまう。


 美姫の隣に立つに相応ふさわしい男でありたい。



(緊張なんて、してる場合じゃないよな)



 頬を軽く張って、美姫の後ろについて重厚感のある黒い門の前に立つ。



「私です。開けて下さい」



 監視カメラに視線を向けて美姫が言うと、門が勝手に開いた。



「さ、行きましょうか」



 差し出された手。それに首を傾げると、美姫の頬が不機嫌そうにむくれる。



「手、繋いで下さいよ」



「はあっ!? お前何考えてんのっ!?」



「いいじゃないですか。もう関係性バレてるんですし。だったら、堂々と入ってやりませんか?」



「......なんか、タガ外れてないか?」



「一回家出しちゃったら、なんか色々どうでも良くなってしまいました。なんていうか、遅れて来た反抗期、みたいな感じかもしれません」



 ふんわりと笑う美姫につられて正臣の口角も緩んでしまう。



「今ならなんでもやれる気がするんです。だってずっと正臣くんが隣にいてくれるんでしょう?」



 肯定する意味も込めて彼女の指に自分の指をからめる。



「......まあな。じゃあ行こうか」



「はいっ」



 門を潜り、二人で堂々と早乙女邸の敷地内に足を踏み入れた。


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