16-1.シングルベッド





「そろそろ寝ようか」



 あぐらをかいた足の上に座るブロンドのつむじに向かって話しかけると、頬をむくれさせた美姫が振り返る。



「おい、そんな顔するなよ。明日、美姫のお母さんに説明しにいくんだろ?」



 もう時間は2時過ぎ。



 想いを伝え合ってからというもの、美姫は正臣のあぐらをかいた足の上にちょこんと座り、腕を身体の前に回して抱きしめている。


 ドキドキし過ぎて正直眠気はないのだが、こんな時間だ。明日に支障をきたしかねない。


 頬をむくれさせる美姫もわかってくれたようで、正臣の足の上から退いたので、立ち上がって部屋のドアを開ける。



「和室に美姫の分の布団敷いてくれてるみたいだからさ......っておい!?」



 ボフンと正臣のベッドにダイブして布団をかぶって顔だけ出した美姫は相変わらずの仏頂面ぶっちょうづらだ。



「イヤです。私もここで寝ますっ」



「おいそれは流石に」



「お願いします。一人になったら明日というか、今日のこと考え過ぎちゃってきっと眠れません......」



 目を伏せる美姫にため息をつく。


 この顔をされると非常に弱ってしまう。



「......わかったよ」



「ありがとうございます」



 卑怯だ。そんな幸せそうに目を細められたら、何も言えなくなってしまう。


 惚れたもん負けと初めて言った人の気持ちが身にしみてわかる。


 こんなんじゃ、これから美姫を溺愛し過ぎてしまいそうで怖い。


 言うべき時はちゃんと言おう。......次からは、と情けない誓いを心で立てつつ、電気を消してベッドの下にゴロリと転がる。



「え? 正臣くん、どこで寝るんですか?」



「床に決まってんだろ」



「なんでですか? まだ寝るスペースありますよ?」



「それはさすがに勘弁して下さい!」



 半身で寝転んでスペースを作った美姫がぽんぽんっとベッドの横を叩く。


 正臣の服を着ているせいか、ダボッとした襟首えりくびの所に大きな隙間が空いてしまっており、その奥が見えそうになって思わず喉がなる。


 部屋が暗くて本当に助かった。今、正臣の顔はきっと真っ赤だ。


 胸を突き破って飛び出すんじゃないかと思うくらい騒ぎ立てる心臓を手で押さえ、美姫に背中を向けて離れようとしたのだが、腕を掴まれてしまってそれは叶わない。



「ダメですっ! それじゃ、私が正臣くんの寝床奪ったみたいじゃないですかっ」



「事実奪ってんだよ!」



 正臣のベッドのサイズはシングルだ。華奢きゃしゃな美姫となら、別に寝られない事はないのだろうが必然、密着する格好になってしまう。


 正臣とて、男だ。


 好きな女の子と一緒にそんなシュチュエーションを迎え入れてしまえば、朝まで理性を持たせる自信はない。


 だが手を引く主はいっこうに諦める気配をみせない。



「寝付くまで! 寝付くまでですから! それまで一緒に......ね?」



 こいつはオレを殺すつもりなんだろうか?


 だがこうなった美姫はきっと折れてくれない。


 観念した正臣は抵抗する力を緩めて振り返る。


 とろんと目尻を下げて、捨て犬みたいな寂しげな目を向ける美姫の顔は直視出来なかった。



「......寝付くまでだからな」



「はいっ」



 了承した途端、今度は嬉しそうに声を弾ませた美姫が再びモゾモゾ動いてスペースを作る。


 彼女が動く度にしゅるりしゅるりと布がすれれる音が耳に届いて、否が応でも心臓の鼓動を加速させる。



「どうぞ?」



 自分のものなのに入ることをはばかれるベッドを見つめて生唾を飲み下し、覚悟を決めて空けられたスペースに身体を潜らせる。


 充満した花のような甘い美姫の香りと心地よい温もり。


 吐息を感じるほど近くにあるエメラルドグリーンの双眸そうぼう


 五感全てで美姫を感じてしまい、脳がぐらつき、心臓がどっ、どっ、どっ、と激しく脈打ち始める。



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