13-3.伏見家再び




 リビングに訪れた沈黙。


 それを破ったのは櫻子だった。



「あはははははっ!」



 大爆笑。


 うっすら目尻に涙を浮かべて腹を抱えて笑っている。



(し、死にてぇ......)



 新手の拷問。恥ずかし過ぎて悶絶もんぜつしそうだ。



「あーあ、ほんと可愛い。美姫ちゃん。こんな甲斐性かいしょうなしな子だけどよろしくね」



「は、はいっ! よろしくお願いします!」



「正臣、可愛い子じゃない。大切にしてあげなさいよ。それと美姫ちゃん、なんか変なことされたらすぐ言って頂戴。私は美姫ちゃんの味方だからさ。ってことで、ビールおかわりー!」



「へいへい」



 話している間に空になったビール缶を突き出す櫻子からそれを受け取って席を立つ。


 飲み過ぎな気もしなくもないが、美姫と打ち解けてくれたし、一本くらいサービスしてもいいだろう。



「ありがとー。そういやあんた、ご飯食べてきたの? こんな時間だし、食べてくると思ってなんも作ってないわよ」



 背中越しにかけられた声で、思い出したように正臣の腹が鳴る。



「なら......カップ麺でも食べようかな」



「カップ麺ですかっ!」



「美姫もお腹空いてるだろ? 食べるか?」



 コクコクと首を縦に振る美姫を手招きして、棚から櫻子秘蔵のカップ麺コレクションを再び並べる。



「......ちょっと正臣ー、お嬢様になんてもん食べさせようとしてんのよ?」



「このまえ家来た時も一緒に食べてるから平気だよ」



「このまえって......まさか、いやらしい事してないでしょうね?」



「してねぇわ!」



 櫻子がソファの背もたれ部分にもたれかかって細くした目を向けてくる。



「付き合うことには反対はしないけど、もしもがあっちゃいけないから、その時はちゃんと......」



「うっせぇな!? なに想像してんだ! 飲み過ぎだぞ!」



「こら正臣くん! お母様に向かってそんな口の聞き方しちゃダメですよ!」



 めっです、と腰に手を当てて頬をむくれさせた美姫がぷりぷりと怒ってきたので、櫻子に浴びせようとしていた暴言を一旦飲み込む。



「そうだそうだ! もっと言ってやれ! 美姫ちゃん!」



 仲間を得て調子に乗る櫻子をジロリと睨んで黙らせて、ぷりぷり怒る美姫にため息をつく。



「あのさ、お前なに言われてるかわかってるか?」



「なにって.........あっ......」



 問われてやっと櫻子の意図がわかったんだろう、途端に耳まで顔を真っ赤にした美姫は正臣と視線を合わせて更に恥ずかしそうに目を伏せてしまう。


 その仕草が正臣にも羞恥心を伝染でんせんさせてしまい、視線を泳がせる。



「あー、その、なんだ、カップ麺、選ぶ?」



 こくんと頷いた美姫が顔を俯かせたまま、キッチンに立つ正臣の元までやってくると、ポスンと胸元に顔を埋めてきた。



「おい美姫!?」



「ううっ......正臣くん......」



 うめくような声を上げて、グリグリと顔を正臣の胸の辺りに擦り付けてくるので、心臓が変な跳ね方をする。


 ブロンドの髪が揺れる度に、花のように甘い魅惑の香りが鼻腔びこうをくすぐり、理性のタガを外そうとしてくる。


 この愛くるしい彼女を今すぐにでも抱きしめたい。


 頭に浮かんだ感情と胸を締め付けるような感覚を、首を振って無理やり頭から追い出そうとするがそれは出来そうにない。


 

 抱き締めたい。でも抱き締めていいのだろうか?



 頭の中を支配するピンクの感情と悶々もんもんと格闘しながら、美姫の背中に回した手を彷徨わせていると、ジッとこちらを見つめる櫻子の視線に気がつく。



「ごめん。お母さんが悪かったわ」



 その通りだと、気持ちを乗せた視線で睨みを利かすと「おーこわっ」っと戯けた声を上げた櫻子が逃げるように背中を向ける。


 そんな櫻子のおかげで理性が勝った正臣は、胸に収まる美姫の肩を掴んで引き剥がす。



「大丈夫か?」



 顔を覗き込もうとするが、すぐに逃げるようにそっぽを向かれてしまい、それは叶わない。



「.........顔、見ちゃイヤです......」



 甘酸っぱい、いじらしいその声が、落ち着きかけた血流を再び加速させ、正臣は思わず両手で顔をおおった。



 今日、美姫がこの家に泊まる。



 果たして理性は持つのだろうか?


 自信を完全に喪失した正臣は美姫から離れて壁に額を押し付けるのであった。



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