13-1.伏見家再び




「それでは私はこれで失礼します」



 美姫と連れ立って車から降りた正臣は、その車が走り去るまで見送り、見慣れた我が家を見上げた。


 時刻は午後八時過ぎ。


 リビングに繋がる窓からやんわりとした光が外にこぼれている。


 さすがにこんな時間だ。親も帰宅しているようで、うっすらとだが、窓に映る母親らしきシルエットを確認できた。



「正臣くん......」



 入るしかないんだが、やはり入り辛くて立ち尽くしていると、袖をくいくいと美姫に引かれてしまう。


 眉を八の字に曲げて不安げな表情で見上げる美姫。



「やっぱり、突然お邪魔するのはご迷惑ですよね......」



 伏せた長いまつ毛が彼女の白い頬にかげを落としたのを見て、正臣は右手で顔を覆った。



(なにを、しているんだ)



 家出同然でここまで来た美姫は不安に決まってる。


 なのにこんな所で立ち尽くしてどうする。


 少しでも早く、美姫を安心させてあげたい。


 その一心で笑顔を作って、恐る恐る彼女の頭にてのひらを置いた。



「ごめん。ちょっとボーッとしただけだから。全然迷惑じゃないから安心してくれ」



「はい」



 絹のようなきめ細かいブロンドの髪を指でくと、気持ち良さそうに美姫が目を細めるので、顔に熱を感じる。


 その時、不意に家のドアが開いた。



「あんたそんなとこで何やってんの?」



 開けたドアの先にいたのはラフな格好でアイスをくわえて首を傾げる、正臣の母親、櫻子さくらこだ。



「母さん......」



 櫻子の視線が正臣から美姫、そして正臣へと彷徨さまよっているのがよくわかる。


 戸惑っているんだろうそんな櫻子に、美姫が慌てて頭を下げる。



「は、初めまして。正臣くんの同級生の早乙女美姫と申します」



「お姫様......」



「え?」



「正臣がお姫様連れてきた!」



 ビシッと指差をさされて、美姫の顔がわかりやすく赤くなる。


 まあ、あながち的外れではないんだけど。


 腰の辺りまで伸びたウェーブがかった金の髪、宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳。


 見慣れている正臣からしても美姫の容姿は浮世離れしている。


 初見の母親がそんな感想を漏らす気持ちもわからんでもない。



「そんな、大層な身分のものでは、ないです......」



 ふにゃふにゃと俯きながら答える美姫からバトンタッチして櫻子に抗議の視線を向ける。



「こら人に指差すなよ。ちょっと事情があってさ、とりあえず中で話してもいい?」



「そうねぇ。こんな時間に立ち話も何だし。はいはーい。どうぞどうぞ」



 自分の親とは思えない人懐っこい笑みを残して、ドアを開けたままリビングの方にスリッパを鳴らして駆けて行った櫻子の背中を追うように正臣は美姫と共に家に入った。




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