12-2.早乙女財閥 総帥




「......お母様! いくらなんでもそれは失礼過ぎます!」



「事実ですから」



 たける美姫の声などどこ吹く風と言った感じで、一切表情を変えない和葉が紅緒に視線を送る。


 頷いた紅緒は縦に振ると、美姫の部屋の奥に向かって「おい」呼び立てると、恰幅かっぷくのいい男性がアタッシュケースを持ってきてベランダに備え付けてある机の上に置いた。



「決して多くはないですが」



 男が開けたアタッシュケースの中にはぎっしりと詰まったお札。



「そちら差し上げます。手切金てぎれきんということで。これでご容赦ようしゃ願えますか?」



「お母様......! それが早乙女のやることですか!」



 怒りで顔をゆがめ、和葉に向けて一歩踏み出した美姫をせいして頭を下げる。



「すいません、このお金は受け取れません」



「正臣くん! こんな人に頭を下げる必要なんてありません!」



「まだ少ないですか?」



 顔を上げた先あった、不快感をにじませる和葉に首を横に振る。



「いくら積まれようとも受け取れません。美姫......いや、娘さんとはお金で切れるような関係ではないからです」



 長いため息。しらけた表情。冷たく鋭い和葉の視線が正臣を貫く。



「ではどういう関係だと? 何があっても揺るがない固い関係だとでも言うのですか?」



 鼻で笑った和葉の唇は止まらない。



「私事で大変恐縮なのですが、愛だの恋だのといった不完全な物を嫌悪しておりまして。生憎あいにくそういった物を生まれてこの方一度も感じた事がございませんので」



 なら何故ここに娘の美姫がいるんだと問おうとして正臣は口をつぐんだ。


 和葉に視線を向けられた美姫が長いまつ毛を、つと伏せていたからだ。



「私の周りの、早乙女家の人間で恋愛して結婚したという話は聞いた事がありません。結婚は早乙女財閥を大きく強固にする為の手段。いつか時が来たら好きじゃない人と結婚して子どもを作る。そういう物だと言われて育ってきました」



 俯いて話す美姫の声に心が痛む。


 庶民の感覚ではとてもじゃないが理解できるスケールの話ではない。



「人の気持ちや感情、立場なんてものは環境や境遇きょうぐうであっさり変わる。学生の一時のたかぶった感情如きで大切な娘を......命懸けで支えてきた早乙女財閥を揺るがすつもりはありません」



 強い意志を感じる和葉の瞳。明確な敵意が込められた鋭い視線。


 この人も、美姫のことを愛しているんだと痛感する。


 愛する娘を守るために、突然現れた得体の知れない正臣を遠ざけようとしている。


 だけど正臣も引く気はない。和葉と同じく彼女を愛しているから。


 不安げに正臣を見つめる美姫の肩を強く抱き寄せ、力強い視線と対峙する。



「お母さんからしたら、学生の気の迷いと思われるかもしれませんが、僕は本気なんです」







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