11-3.オレさ、お前のこと好きみたい




 飛び降りた瞬間、訪れた浮遊感は意外にもすぐにおさまった。


 しばらく滑空するとすぐにパラシュートが開いたのだ。


 開いてしまえば夏の夜風が心地よく、荒ぶっていた心臓が徐々に落ち着いていく。


 飛ぶ前、あれだけ遠くに感じたあわい光がどんどんはっきりしていく。



「あれが早乙女邸です」



「え? あれ全部?」



 眼下に広がる広大な敷地。この土地全てを1家族だけで住んでいるというんだから、恐れ入る。


 東郷とうごうの巧みなパラシュート操作によって、一際ひときわ大きな建物の方に近づいていくと、淡い光に混じって小さな白い光が点滅しているのに気づいた。



「あの光......」



「結衣お嬢様です。着地点を合図すると言われておりますので。......降りますよ。衝撃に備えて下さい」



 点滅する光目掛けて降りていく。


 地上が近づくにつれて早乙女邸を制服姿で慌しく駆け回る警備員達の声がはっきりしてきた。


 そして、見えた。


 光輝くブロンドの髪が。



「美姫ーっ!」



「正臣くんっ!」



 祈るように胸の前で手を組んで、エメラルドグリーンの瞳を潤ませて美姫が正臣を見上げている。


 不安を宿やどした美姫の表情。


 すぐにでもその顔を笑顔に変えたいと願ってしまう。


 ベランダとおぼしき場所に足がついた瞬間、ベルトを緩めた正臣は、瞳から大粒の涙をこぼしながら駆け寄ってきた美姫の身体を抱き止める。



「なに無茶なことやってるんですか!?」



「ごめん」



「こんなのっ! ......こんなの、正臣くんらしくないです! 心配過ぎて、心臓が止まっちゃうかと思いました!」



 胸に顔をうずめられて、ポスポスと叩かれてしまう。



「オレ、らしくないか......」



 呟いて思わず笑ってしまう。



「だよな。オレもそう思うよ」



 早乙女美姫。


 彼女はどんどん正臣を変えていく。


 正臣自身が驚くくらいに。女性恐怖症だった心の中にどんどん侵食して、今では彼女への想いでいっぱいになってしまった。


 胸に顔を埋める美姫の肩に両手で触れ、彼女を引き剥がして顔を覗き込む。


 ベランダの外から向けられる強烈なトーチライトが美姫の顔をくっきりと写し出す。


 紅潮した頬。震える肩。


 何度も何度も細く白い指で溢れる涙を拭っているが、エメラルドグリーンの瞳から流れる涙は止まらない。


 胸が苦しい。


 その涙を心の底から止めたいと強く願ってしまう。


 泣きじゃくる美姫を再び自分の胸に抱き寄せる。


 強く抱き締めたら壊れてしまいそうな細い身体。感じる温もりが正臣の心を熱くさせる。


 もう、止められそうになかった。


 心の中に押し込めていた想いが、まるでダムが決壊してしまったみたいにほとばしる。

 

 その勢いに逆らわず、正臣は美姫の耳元でささやくように、告げる。



「オレさ、お前のこと好きみたい」



 破裂しそうなくらい高鳴る心音。


 腕の中の美姫がピクリと跳ねて肩を震わせている。



「ご、ごめんっ」



 突然告白だ。戸惑うに決まっている。


 慌てて引き剥がすと、その顔は先程とは打って変わって笑顔で満たされていた。



「正臣くんの心臓、すごいことになってますよ?」



 上気じょうきした頬。潤んだ瞳。


 笑顔をたずさえたまま、再び美姫が正臣の胸に体重を預けてくる。



「ほら。バクッ、バクッて......」



「っ......んだよ、こんな時までからかうなよ......」



 不満を隠さずに混ぜ込んだ言葉を不意に塞がれてしまう。


 唇に感じる感じたことのない柔らかさと熱。


 頭が真っ白になって、身体が硬直したみたいに動かせない。


 しばらく唇を重ね合ったのち、耳まで赤くした瑞々みずみずしい美姫の唇が動き出す。



「私も、正臣くんのこと大好きです」



 花の咲いたような笑顔で応える美姫。


 自分でも驚くほど彼女が愛おしい。もう離さない、何があっても。


 心の中でそう固く誓った正臣は再び美姫を抱きしめた。



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