10-4.好きにならないはず、ないじゃないですか




「気持ちはとても嬉しいのですが、今は警備も沢山いるので、すぐに会うのは難しいと言いますか......」



「はーい。美姫ちゃん、そろそろお姉さんに代わってもらってもいいかしら?」



 手を伸ばしてきた結衣に首をかしげてスマホを渡す。



「なんかちょーっと男らしくなったわねぇ伏見くん。きっと愛ね。愛の力がそうさせるのね!」



 ニンマリ顔で話す結衣が、慌てた様子でスマホを耳から離す。


 ちょっと離れた位置にいる美姫でも正臣の声が聞こえたので、かなりの声量で何か物を言ったのだろう。


 からかうような表情をたもったまましばらく正臣と会話した後、スマホをポケットにしまって椅子に座った結衣は、すっかりぬるくなってしまったジャスミンティーに口をつけた。



「結衣さん、正臣くんと何を話していたんですか?」



「んー? なんでしょうね?」



 まるでイタズラする前の子どものような顔になった結衣が部屋の窓の方に視線を向ける。



「今日はとってもいい天気ね。星がよく見えそう」



「は、はあ......」



 なんの脈絡みゃくらくのない結衣の発言に戸惑いつつ、視線を窓に向ける。


 微笑みをたずさえて席を立った結衣がベランダへ続く出窓の辺りに歩いていくので美姫もそれに続く。



「ちょっと夜風にでも当たらない?」



「いいですけど......」



 結衣にうながされてベランダに出て空を見上げる。


 風のない穏やかな夜。


 昼間の残った熱と湿度をはらんだ空気が肌にまとわりついて少しだけ鬱陶うっとうしいが、星の光をさえぎる雲一つない夜空に星々がまたたき、夏の大三角がくっきりと見える。



「まるで降ってきそうな穏やかな星空ね」



「確かにそうですね」



「ふふ。こんな素敵な夜だもん。少しくらい奇跡が起きてもいいと思わない?」



「奇跡、ですか?」



「そ、奇跡」



 微笑みを絶やさず再びポケットからスマホを取り出した結衣は、ライトを付けるとそれを夜空に向かって振り始める。


 突然始めた結衣の奇行に戸惑いつつも、美姫は素直に首を縦に振るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る